壱 数学大好き
太陽がギラギラと照りつける中、躑躅森靑はダルそうに歩いている。
はぁー。なんでこんなに暑いですか!
石畳に赤レンガの倉庫の洒落た街並みは、靑にとって移り変わりの無い景色である。
歩いていると女学生の“元町、寄ってかない? おっ行こ行こ! 餡蜜食べよう。”なんて声が聞こえてくる。
あー、ボクも餡蜜食べたいですねー。
ボクもセーラー服、着てみたいですねー。
それにしても、どうしてあんなに元気なんですかね?
女学生達の跳ねるようなブーツの音に元気を貰う。
だんだん石畳から並木道になり、少し傾斜がでてきた先にぽっかりとした空間があり、そこに大きなレンガの建物が堂々と聳え立つ。
木々が生い茂って入道雲はもう見えない。
「やーっとーついたですー!」
思わず口にだしながら、ピョンとジャンプした。
あっ、まずい・・・・・・またやってしまったです。
痛々しい目でまた見られるです。
靑は、そっと辺りを見回した。
誰も居ない・・・・・・・・・・・・。
よしっ、だれにも見られていないですっ!
ホッとして建物の中に入っていった。
中に入ると、目の前に重厚そうな木の階段があり、壁や天井は乳白色で床に緋色のカーペットが敷かれている。
絵に描いた様なこの光景も、靑には見慣れたものだ。
靑は階段を上がってから、長い廊下を行く。
「失礼しますっ。」
そう言うと、廊下の途中にある分厚い木の扉を開ける。
「おー。はやかったねですね。」
男が部屋の真ん中に置かれた机で何か書き物をしながら応えた。
「お父さんっ。また寝てないですねっ? 寝なきゃダメですよ! そして今度はいつ帰ってくるですかっ?」
机の男、靑の父親の武雄は唯でさえ家に帰らないのに徹夜続きなのだ。
「うっ、まぁイイじゃないですか。そう言えばさっき外で何をやってたのですか?」
武雄は話を逸らした。
一瞬、靑は武雄が何を言っているのか分からないという顔をして、ハッとする。
「・・・・・・・・・・・・。見てたんですか??」
「はい、見てたですよ。」
武雄の即答に靑は頭を抱える。
「あぁー。今日は一体何の用ですか?」
靑の様子に察し、武雄は話を変えた。
「え?あ、はい。『0の0乗』はいくつですか?」
靑の質問に武雄はそれまで動かしていた手を止め顔を上げた。
あれ?
近頃の学校は、こんな難しいことをやるですか?
・・・・・・いいや、違うです。
そんな筈ないハズです。
「えーと。靑は、今年で何年でしたっけ?」
恐る恐る訊く。
「え?尋常小学校、第四学年、・・・・・・。我が娘の年齢も忘れたですか・・・・・・。」
呆れた様に靑は言った。
「そんなわけないですよ。『0の0乗』なんて、気にしない方が良いです。」
武雄は白墨で黒板に式を書いていく。
「え?どういうことですか?」
靑は武雄を怪訝そうに見る。
「1かもしれないですが、考え出したらキリがないですよ。普通は定義しないです。教えてあげたいのですが、僕には答えかねます。」
武雄は早々に諦めて言った。
「うーん。」
靑は黒板の式の前で唸る。
そんな中、コンッコンッコンッと扉をノックする音がする。
「失礼しまーす。」
「どうぞです。」
ギィーと音と共に学生服を着た男が入って来た。
「清君? 珍しいですね。どうしたのですか?」
「躑躅森教授宛ての手紙があったので、届けに参りました。」
「ありがとうございますね。えーと、え? 秋さんから・・・・・・。」
え? 僕、何か手紙を出される様なコト、したですかね?
怖い怖い怖い怖い怖い。
武雄の顔から血の気が徐々に引いていく。
あれ?・・・・・・。
秋さんって、教授の妹さんだよな。
では、何故教授は怯えているのか?
何があるんだろう?
・・・・・・・・・・・・いや、これはオレの関わることじゃない。
深く考えるのは止めよう。
「では、失礼します。」
清は少し考え込み、怯えた武雄を置いて部屋を出た。
「誰からですかー?」
「・・・・・・・・・・・・。」
靑の質問に武雄は答えない。
「おーい、どうしたですか?」
靑は武雄の顔の前で手をパタパタさせる。
「は、靑さんっ。手紙、あけて下さいぃ。願いしますぅ。」
武雄はガタガタと震えながら瞳を潤ませ上目遣い。
あー。
本当、この人は性別間違えて生まれてきたですね。
『武雄』の名前にこの顔は不釣り合いです。
パッと見だと、女性にしか見えないです。
おまけに体が華奢ですからね。
靑は父親の姿に苦笑いして手紙を開けた。
急啓
娘を預けに至急来い。
草々
七月九日
躑躅森 秋
躑躅森 武雄 様
靑 様
「――だそうです。てっあれ?」
靑が振り返ると、既に武雄は居なかった。
武雄がさっきまで座っていた机の上に置き手紙がある。
「えーと、何々? 届いた手紙は僕の実家からです。一人で行って下さい。返事は僕が出しておきます。行き方についての詳細は後日。非常に残念ですが、僕は行けません。武雄。・・・・・・てっえ?」
一瞬、何を書いてあるのか靑には分からなかった。
え? ボク一人で? 行ったこともないのに? ムリですよ!! 絶対に無理です!
と、いうか、実家からの手紙、短過ぎですよっ!!! 電報で十分ですよね?
靑は心の中で突っ込むのであった。




