21話 日常、新天地へ
GW最終日特別更新です。
第3章突入となります。
次は日曜日に更新します。
よろしくお願いいたします。
特別褒賞の式典から半年。
帝国立歴史博物館は今までと同様、「帽子のガイドさん」目当ての来館者が後を絶たなかった。
森で負った左腕の怪我も完治し、あっちへバタバタ、こっちへバタバタ。
忙しそうに歩き回るアルバの胸元には授与された羅針盤の勲章が輝いている。
勲章の意味は分からずとも、来館者はアルバが国に認められたすごいガイドさんである、ということは認識していた。
だからこそ今まで同様の人気ぶりなのだ。
「ガイドさん!この展示物についてなんだけど」
「ガイドさん、このジオラマってさ」
「ガイドさんや、いつも丁寧に教えてくれてありがとうねぇ」
「皆さま、本日も帽子のガイドことアルバ=ノービレをご指名いただきありがとうございます」
いつもの格好、いつもの笑顔、そしていつもの決まり文句が博物館を賑やかにする。
アルバの日常が今日も穏やかにすぎていく。
はずだった。
ガイドツアーの予約枠のラスト1組を案内していた頃。
最後の展示品、"惑わせの森"の全体ジオラマの前であとはご自由に、と伝えた直後のことだった。
展示室の端で姿勢よく立っていたアルバの背中に、硬い何かが当てられた。
「……う、動かないでくださいっ……」
硬い何かの持ち主は小さく震える声で脅してくる。
呼吸、震えから自主的なものではなく、誰かにやらされているのだろう。
アルバは前を向いたまま冷静に対応し始めた。
「お客様、何をされているのかお分かりですか」
「わかっ、わかって、います!……でも、旦那様が、あなたをお連れするようにとっ」
「あなたの旦那様は、どこに私を連れて来るようにと言われたのですか」
「そ、れは……言えません。ごめんなさい」
「……では、旦那様の爵位を教えていただけますか」
「爵位、ですか?……っせん、」
「あぁ、わかりました。ありがとうございます。ですがあなたの旦那様は皇帝陛下より誰であっても私に接触してはならないとお達しがあったはずです。今日のことは見なかったことに致しますので、どうかこのままお引取りを」
「ひっ、ダメです!あなたをお連れしないと、ぼくは……僕の家族がっ」
硬い何かがグッと背中に食い込む。
刃物ではなさそうだが、人1人を脅すために使っている物だ、何かしら危害を加えられるものに違いない。
はぁ、とため息をひとつ漏らしてアルバは言葉に魔力を乗せる。
「どうか 深呼吸をして落ち着いて ください。私の背中に押し込んでいる物を 離して もらえますか」
脅してきた男は硬い何かを離し、深呼吸しながら落ち着き始めた。
アルバはくるりと振り向いて、男の人相を確認し手に持っていた黒い魔石付きの杖を服の下に隠させた。
「落ち着かれましたね。やはりあなたはペストスルー博士の付き人をされていた方ですね」
「……はい。あの時は先生が申し訳ございませんでした」
「いいえ、私も博士の事を暴露してしまいましたのでおあいこです。ですが、何故…」
「選帝侯様が、先生の研究を支援する代わりにやって欲しいことがあると仰ったんです。先生はこの博物館に興味がなくなってしまわれたのか、行かないと一点張りで……代わりに私が来たんです」
「そうでしたか……しかし先程も申し上げたように、選帝侯様は私への接触を固く禁じられています。あなたが接触したことは伏せて、ご報告はさせていただきますが……よろしいでしょうか?」
「……はい…」
「ありがとうございます。それから」
アルバは男の服の下の杖を指さした。
「その杖は一刻も早く燃やすか粉々にするか、入口に来ている開拓騎士団の方に渡して処分した方がいいでしょう。それはダメな類の物です」
男はペコペコと頭を下げ、博物館の出入口へと歩いて行った。
それを見送ったアルバは壁に背を預け、帽子を深く被り何度も何度も深呼吸をした。
あの黒い魔石の影響だろうか、風邪に浮かされたように頭がぼんやりとして上手く思考が働かない。
情けない、平和ボケが過ぎる。
バタバタと複数人の足音が聞こえてきたが、顔を上げて確認するのも億劫だった。
頭が重い。
もううんざりだ。
「アルバさん!もう大丈夫だよ!」
「……がーね、と」
「うんアタシだよ。アルバさんの指示通りに黒い魔石の杖は粉々にしたからね」
「ガーネット、アルバさんのこと任せていいか。鳩飛ばしてくる」
「わかった、報告よろしくねウィル。もしかしたら場所移動してるかもだから、受付のジーンさんって人にアタシたちの場所聞いて」
「了解」
「……ちょっとおでこ触るね」
ガーネットの少し冷たい手がアルバの額に当てられる。
「うん、ちょっと熱あるね。さっきの魔石は人の魔力を奪って動けなくさせる物の粗悪品みたいなものなんだけど、アルバさんは風邪ひいたみたいになるんだね」
「さっきの男の人は……」
「大丈夫、開拓騎士団で保護してちょっとお話聞いてるだけ……あー…たぶんレオナルド団長の耳にも入るから…」
「暴走注意報?」
「ほんとだよ!ちょっと移動するけど動けそ?」
アルバは壁から背を離そうと動くが、身体は言うことを聞かず鉛のように重たい。
「ごめんなさい動けないかも」
「大丈夫!じゃ、運ばせてもらうね」
ガーネットはアルバの腋に肩を入れ、膝裏を掬うようにヒョイっと抱き上げた。
突然の出来事に、アルバは身体を強ばらせてしまった。
「びっくりさせちゃってごめんね。アタシ、肉体強化の魔法が得意だからこういうのできちゃうんだよね。でもしっかりアタシに捕まっててね」
言われるままにガーネットの首に捕まり、されるがまま運ばれていくアルバであった。
ガーネットがアルバを運び込んだのはやはり館長室だった。
ゲルフォルトはガーネットにはハーブティーを淹れ、アルバには解熱作用がある薬草を煎じた白湯を出した。
あとから合流したウィルにもハーブティーを淹れて情報の共有を行った。
「この半年、君たちが定期的に顔を見せてくれていたおかげで何事もなく過ごせてきたけど」
「申し訳ありません。今回の騒動は予見できませんでした」
「仕方ないよ。予想の斜め上を遥かに超えた行動だったからね。君たちに落ち度はないよ。いつもありがとう」
「いえ、こちらこそベッキオ館長の寛大なお心に感謝致します」
ウィルは深々と頭を下げた。
どうやら彼は、この半年でレオナルドの交渉補佐役として表に立つことが多かったらしく、多方面で成長していたようだ。
「ところで、新しいお家はどうなんだい?」
「まだ仮設営の家や施設は多いですが、生活の基盤は整ってきました。アルバさんの住居も」
「……本当にアルバを連れていくんだね」
「連れていく、のは……その、」
「困らせてしまってすまない。アルバをダンダリオ伯爵領に連れていく話は、ルーラー選帝侯への布石も兼ねてであることは分かっているよ。私も何度も話し合いをして決めたことだからね。でも、ここに来て家族が1人離れていくことの実感が湧いてしまってね」
ゲルフォルトは気まずそうに笑い、自分を落ち着かせるために手指を動かしている。
誰も何も言わず、ハーブティーを啜る音だけが響く。
ギィとロッキングチェアに身体を預けていたアルバが、おもむろに身体を起こし窓の外に顔を向けた。
それと同時に窓ガラスをくちばしで突く白い鳩が止まる。
「ウィルさん、この子って」
「あ、団長に送った子。ベッキオ館長、少々失礼します」
ウィルは立ち上がり窓を開けて鳩を指に乗せ、足に取り付けた小さな筒の中身を確認した。
「……?すぐ行く?」
「やっば」
ガーネットがボソッと呟いて頭を抱えた。
やっと回復したのか、チェアから立ち上がったアルバがゲルフォルトに耳打ちする。
「グーフォ、ハーブティー追加した方がいいかも」
「ん?どうして?」
「早馬が来るよ」
西陽の逆光で顔に陰が落ち、アルバの蜂蜜色の瞳が異様に光って見える。
ゲルフォルトは背に這い上がる恐怖を感じ、生唾を飲み込んだ。
「……アル、まさか…」
何かを言いかけたゲルフォルトを遮るように、外が騒がしくなった。
荒々しい蹄鉄の音、馬の嘶き、階下で響くスタッフたちの声。
「あんの暴走領主…」
ガーネットは立ち上がり扉の前で仁王立ちして待ち構えた。
ドカドカとこれまた荒々しい足音が近づいてくる。
足音に合わせてガーネットが右腕をぐるぐると回し大きく振りかぶって拳を突き出すと、扉を勢いよく開けて入ってきたレオナルドの鳩尾にクリーンヒットした。
「ぐぉぶっ」
「ぃよし!……頭冷えた?」
鳩尾を抑えて蹲ったレオナルドは頭を縦に小刻みに振る。
本来であれば部下が上官の鳩尾にパンチを食らわせるなどあってはならない事ではあるが、レオナルドとガーネットの関係性を知っている者たちは、「あ、いつもの」程度で終わらせるらしい。
ウィルがレオナルドを一瞥してゲルフォルトとアルバに何やら書類を取り出していた。
しばらくして、ドア前で蹲っていたレオナルドが大きく息を吐き、呻きながらゆっくりと立ち上がった。
「……すまなかった」
頭をガシガシと掻きながら小さく謝罪するレオナルドに、今度はウィルが頭頂部に手刀を振り下ろしていた。
「あだっ」
「メリダがいなくて良かったな。領主らしくしろって徹夜の説教コースもんだぞ」
「おっしゃる通りです…」
「……ったく…ベッキオ館長、アルバさん、騒がしくして申し訳ありませんでした」
「まぁいつもの事だしね、この唐へ…ん゛ん゛っレオナルドくんの暴走具合は」
「そうですね。お久しぶりです、レオナルド団長」
否定される訳もなく、さらりと社交辞令のように挨拶を交わすアルバに、レオナルドは二ヘラと頬を緩ませながら右手を上げて返す。
「アルバさん甘すぎるよ!ダメだよ甘やかしちゃ」
「甘やかしてないですよガーネット。暴走領主様にご挨拶しただけですから」
明らさまにレオナルドの顔がしょげた。
大型犬が怒られてペタンと耳を下げる幻覚すら見える。
「……はいはい、レオナルド団長が来たから最終調整しましょうね」
ウィルは軽くあしらうように書類を机上に広げ、ダンダリオ伯爵領のルールや区画割り、アルバのポジションと開拓騎士団同行ルールなどの最終確認が行われた。
「……以上で確認は最後です。引越しの荷造りであったり仕事の引き継ぎであったり、やる事が多いと思いますので、本格的な引越しは1ヶ月後になります。我々もそれまでに領地内の整備を整えます」
「承知致しました」
「引越しのお迎えはアタシとメリダがするから。先に言ったからね」
「お、俺は」
「領主としてお出迎えして」 「領主しとけって」
「はい」
「ぶはっ……んふっごめんなさ、ふふふ」
「おーい何笑ってんだよ」
「領主様になられたのに、扱いが雑になって、っふ」
「軽く傷つくから勘弁してくれないか…」
「でも事実だし」
ガーネットがボソッと呟いたのがトドメとなり、館長室は爆笑に包まれた。
穏やかな日常が、新しい場所でも築かれて行く気がする。
そんな期待を膨らませ、アルバは1ヶ月間荷造りから引き継ぎから、心残りのないようにこなしていく。
博物館の対応としては、アルバの後釜はイーサンとジーンが任され、新人も募集することになった。
イーサンがアルバに一世一代の告白をしたが、優しく振られていたのはまた別の話。
こうして1ヶ月はあっという間に過ぎ、出発当日となった。
たくさんのスタッフやアルバのファンたちが見送りに集まる。
「いつでも帰ってきていいからね」
「グーフォがこっちに来てくれてもいいんだよ?」
「……言うね」
ゲルフォルトはアルバを優しく抱き寄せてハグをした。
「我々は森がある限り死ぬことはできないけど、怪我や病気を防ぐものはない。健康には十分に気をつけること。いいね?」
「うん。グーフォも身体は労わってね」
2人は背中をトントンと叩きあって離れる。
その後アルバは集まってきた人々に深々と頭を下げ、迎えの馬車に乗り込んだ。
馬車はゆっくり走り出す。
新天地、ダンダリオ伯爵領へ向けて、アルバの新たな日常と"言葉の民"の架け橋となる第一歩として。
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