13話 不気味な勘ほど
どこかこう、言い表せない違和感のあるゾワゾワって怖いですよね
皇帝の招聘状が届いた2日後。
モルテナウスからの返答を携えて閉館後の博物館にレオナルドが再び訪ねてきた。
「明日開館前に迎えに来る。それと突然で申し訳ないけど、今日から護衛を付けるから」
そう言って半歩横にズレたレオナルドの後ろから見慣れた紅い髪と赤い瞳が飛び出してきた。
「アルバさぁん!会いたかったよ〜」
「お久しぶりですガーネットさん。あなたが私の護衛を?」
「そうだよ。レオ団長から直々に…あ、『ご指名されたので』?えへへ」
「歓談中ところ悪いけど、アルバ、この子が泊まれる場所はあるの?」
ゲルフォルトが水を差すような発言をしたが、アルバは大丈夫、と答えた。
「なんとなーく模様替えとお客さん用の布団を干しておこうかなって思いついてやったばかりなんですよ。最近感がよく当たるというか」
「それじゃあアルバさん、今日からガーネットが護衛と軽い身の回りのお世話を担当するから、よろしく頼む」
「わかりました、こちらこそよろしくお願いします。ガーネットさんもよろしくお願いしますね」
こうしてガーネットと共に自宅へ戻ったアルバは「お世話される側」の洗礼を受ける。
「いや、あのっガーネットさん?服は自分で着替えられますし、あの」
「なぁに言ってるのアルバさん。貴族様のお屋敷にいったらこんなの比じゃないから今のうちに慣れておくほうがいいんだよ、そーれ」
「んやあぁぁぁ!!」
翌日、ルーラー選帝侯領に向かう馬車の中に遠い目をしてやつれたアルバは乗っていた。
心做しか、肌ツヤや座る姿勢が良く、いつもの帽子はベージュのレースのヘッドドレスに変わっている。
「全部見られた……服苦しい……マナー怖い……」
隣にはガーネットが座り、向かいにはいつもの紺色の制服に身を包んだレオナルドが笑いを堪えて座っている。
「何でもできそうなアルバでもダメなことがあるんだな…っくく」
「当たり前じゃないですか…私は平々凡々の一般人なんです…っう、服っ」
「おいおい、キミが平々凡々なんて言うのか、っはははダメだ苦し、っふはは」
「……もうさっきから笑いすぎなんですよレオナルド団長。ていうかガーネットさんはどうしてあそこまで手慣れているんですか」
「えっ…とそれは〜……」
ガーネットはしどろもどろに答えた。
冷や汗ダラダラ、目のよく泳ぐこと。
その様子を見てもうひと笑いしたレオナルドはサラッと暴露した。
「ガーネットは俺の家の元メイドだからな」
「いやぁ!言わないってお約束だったでしょレオ坊ちゃん!」
「お前こそ坊ちゃんは辞めろって!」
やいのやいの言い争っている横で、ガーネットの面倒見の良さが腑に落ちたアルバはふっと笑った。
可愛らしい赤毛の騎士さんはただの騎士ではなかった。
理由は何であれ、彼女にも隠しておきたい秘密があってそれをサラッと笑って暴露する仲間にポコポコ怒って。
表情が豊かでコロコロ変わるのが愛くるしい女の子だ。
「ちなみにな、騎士団に入ったのは市井で流行っている闘うメイドに憧れたからなんだぞ」
「ぎゃ!それこそ秘密だって言ったじゃないもおぉぉ!!」
蜂蜜色の髪を揺らしてニコニコで暴露を続けるレオナルドに対して、キィィ!と顔を真っ赤にして怒るガーネットに思わずアルバも吹き出してしまった。
人は、こういう子を「愛されキャラ」と呼ぶのだろう。
ガーネットの昔話に花を咲かせる内に、ルーラー選帝侯邸に到着した。
御者によって馬車の扉が開けられると、ガーネット、アルバ、レオナルドの順に降車する。
馬車の上に載せていた荷物を取りに邸から使用人だろう男たちがわらわらと出て来た。
「レオナルド=ダンダリオ団長様とアルバ=ノービレ様でございますね。遠路はるばるようこそおいでくださいました、わたくしルーラー家の侍従長を任されておりますヴェルゴノートでございます」
「ヴェルゴノートさん、お久しぶりです。しばらく世話になります」
「はい、皆さまのご滞在の間、我々一同最高のおもてなしをさせていただきます」
こちらへどうぞ、と案内されレオナルドたちはルーラー邸の中に足を踏み入れた。
真っ赤なカーペットが敷かれたエントランスホールに煌びやかなシャンデリア、壁は白く磨き上げられ汚れやシミは一切なく、まさに清廉潔白な選帝侯の邸。
ホール中央に設置された大階段を邸の主、モルテナウス=ルーラーが大きく手を広げ降りてきた。
「ようこそ僕の屋敷へ。久しぶりだねレオ」
「…久しぶりだなモルト。報告書のやり取りはずっとしてたけどな」
「そういう細かいのは気にしない方がいいよ。あぁ、あなたがアルバ=ノービレさんだね。初めまして僕がモルテナウス=ルーラーだよ」
モルテナウスはスッと右手を差し出したが、アルバはそれに応えることが出来なかった。
モルテナウスの目が、蜂蜜色の瞳が、表情の一つ一つが恐ろしく感じ、身動きが取れなくなってしまったからだ。
治りかけている腕の傷が痛み、耳の奥でチリチリチリと耳鳴りがする。
「……っお、お初に、お目にかかりま」
「すまないモルト。彼女は慣れない服と緊張で体調が優れないらしい。遠征での怪我もまだ完治していないからな」
レオナルドはそっとアルバを背で庇い視線を遮ると、深呼吸して少し落ち着いた雰囲気を感じ取った。
「おっとすまない。噂の"帽子のガイドさん"に会えることに浮かれて気が付かなかったよ。ヴェルゴ、彼女を部屋に案内してあげて」
「かしこまりました旦那様。ノービレ様、ご案内致します」
「今後の予定を調整したいから、頃合いを見て声をかけに行くよ」
ガーネットに支えられ客室に向かうアルバを見送り、レオナルドは小さく息を吐いた。
──やっぱりベッキオ館長の思った通りになったな
『ダンダリオ団長、私はね、彼のこの書状も先日の書状も何か執着のようなものを感じて仕方ないんだ。勘とかそんな生ぬるいものじゃない。私の中の"言葉の民"の血がね』
昨夜アルバとガーネットと別れ、博物館から出る直前にゲルフォルトがこっそりと伝えてきた警告が頭を過ぎる。
確かに階段を降りてきた時のモルテナウスはどこか恍惚とした表情だった。
幼なじみとしてこんな事は思いたくないが、どこか狂気じみた一面を見てしまったようだ。
「ん?どうしたのレオ」
「いや、なんでもねぇよ」
「そう?じゃ、僕の執務室で陛下への謁見の打ち合わせをしようか」
鼻歌混じりに歩き始めるモルテナウスに複雑な感情を抱きながら、レオナルドは後を追いかけた。
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