第87話 判断基準
相変わらずの噛ませ犬です
外に出ると、フレッドが待っていた。
「兄さん? なんでここに居るのですか?」
アニカがフレッドに詰め寄る。
「なんでって、アニカが心配だからに決まっているだろ」
「数日かかるから宿屋で待っていてくださいって言いましたよね。なんでここに居るのですか?」
「いや、だから、アニカが心配で……だな」
「不合格ならすぐ終わることも知っていましたよね。つまりボクが合格するわけが無いから待っていたのですね」
「断じてそれは無い! 俺はアニカが心配で――」
「心配で幾日も待つつもりだったと?」
「そ、その通りだ」
「食べ物も無いのに?」
「従者に買いに行かせればいい」
「おトイレはどうするつもりだったのですか?」
「なにを言っているんだ。貴族はトイレなど行かない!」
「兄さんは貴族じゃないよね」
「貴族みたいなものであろう!」
「この世界に貴族はいないと教えてくれたのは、誰でしたか?」
「なに?! そんなことをアニカに吹き込んだものが居るのか!」
「はい。確かフレッドとかいう不審者でした」
「アニカ?! 兄を不審者扱いするでない!」
「そうですね。こんなところで野宿しようとするバカを不審者扱いしたら、不審者に失礼ですね」
「アニカ!?」
「みなさん、コレは放っておいて、帰りましょう」
アニカが1人、宿屋へ向かって歩き出した。
「ま、待つのだアニカ! イフリータが覗いていて教えてくれたのだ!」
「主様?! それは内密にと申したではないか」
突如イフリータが現れて、フレッドに詰め寄った。
以前はフレッドと大差ない大きさだったのに、今は手のひらサイズだ。
相変わらず主人の召喚が無くても、好き勝手に出てくるんだな。
そういえば、アニカの契約精霊も勝手に出てきていたっけ。
精霊ってそういうものなのだろうか。
「なにを言う。主人の危機を救えるのだ。光栄に思うがよい」
「イフリータ? どういうことだい?」
「我はルゲンツがまたおかしなものを召喚しないか、心配での。案の定変な――」
「案の定?」
「あ、いや。これは言葉の綾というものじゃ。事実、そこの人間を召喚したではないか」
イフリータがビシッと俺の後ろに隠れている子夜さんを指さす。
「え、なに?」
子夜さんは更に縮こまって、俺の背中にしがみ付いてきた。
「なんだと! 精霊ではなく人間を?! それは本当か?」
「ほんとうじゃ。その者は精霊ではない。正真正銘の人間じゃ」
「……ん? イフリータよ、なにを言っている。彼の者は妖精のタイムではないか。ふむ、少し背が大きくなっているな」
「いや、彼の者はタイムではないのじゃ」
「どういうことだ?」
「じゃから、ルゲンツが召喚した――」
「イフリータ、そこまでだよ」
「う、うむ。分かったのじゃ」
「イフリータよ、俺様よりアニカの言うことを聞くというのか!」
「主様がルゲンツに嫌われるのを未然に防いだのじゃ。精霊として主様のお役に立てたのじゃ。とても光栄なのじゃ」
それってただの屁理屈なんじゃ……
上位精霊って、そうすることで主の命に反しても存在を維持できているのか?
「ぐ……貴様ー! アニカよ、兄に説明してはくれないか?」
「兄さんには関係ないよ。とにかくトキコさんはタむー!」
「タイムちゃんじゃないのよ!」
咄嗟にアニカの口を塞ぐ。
それをカバーするようにエイルが言葉を続けてくれた。
さすがはエイル。分かっていらっしゃる。
「違うのか? どう見ても同じ顔で同じ服装だと思うが」
「時子の方がタイムちゃんより胸が大きいのよ」
「おい! そこで判断させるのかよっ」
タイムも気にしているっぽいことを堂々と言うのはどうだろうか。
しかも相手は男だ。
そこで判断させるのはナシだろ。
と思ったのだが、「他に目が行かなくなるのよ。瓜二つなのが誤魔化せるのよ」と耳打ちされた。
本当かそれ。
「ばっ……なにを言って。くっ。と、とにかく、別人なのだな」
誤魔化せているっぽい?
「別人なのよ」
「別人ならば、何処の誰なんだ。姉妹か?」
当然の疑問だ。
それも事前に決めていた。
かなり苦しいが、中々いい案がなかったから仕方がない。
「中央省から預かったのよ」
「中央省から? どういうことだ」
「それ以上は話せないのよ」
「む……中央の秘密主義も大概だな。イフリータよ、見ていたのであろう?」
「主様、世の中には知らぬことがよいこともあるのじゃ」
「むむ……アニカが召喚したという話はどうした」
「我はそのようなことは言っておらぬ。主様はもうボケもうしたか?」
「むむむ……まあよい。アニカが無事なら些末な問題だ」
適当に誤魔化されるフレッド。
アニカ以外にはあまり関心がない重度のシスコンで良かった。
行きと同じくフレッドの馬車で家路につく。
馬車の中でお互い軽く自己紹介だけを済ませておく。
といっても、俺がみんなの名前を教えて、俺との関係性をちょこっとだけ説明しただけだ。
フレッドも居るから、詳しくは話せない。
途中、アニカが宿屋に泊まろうとせがんだ。
行きは試験開始の時間があったから泊まりになったが、帰りは関係ない。
泊まらずとも夕方には帰り着けるだろう。
宿を取っていた町で昼食を取り、そのまま泊まらずに帰ってきた。
「モナカくん」
「なに?」
「凄い量だね。いつもそんなに食べてるの?」
「ま、まぁね」
こういったことも含めて、ちゃんと説明しないとな。
これにて第5章終了です
次回から第1部最終章となります
2022/04/17
次は89話です
88話は非公開になりました






