第89話 携帯とはなにか
2022/04/17
第88話は非公開になりました
「フブキー、たっだいまー!」
馬車から降りて一犬家へダッシュしようとしたが、エイルに首根っこを捕まれてしまった。
「母さんに無事な顔を見せてからにするのよ」
「えー」
「えーじゃないのよ。フブキのご飯を抜きにするのよ」
「なんでだよっ。抜きにするなら俺のにしろよっ」
「モナカのご飯を抜きにできる訳ないのよ。そもそも抜きにしたところで罰にならないのよ」
「う……分かったよ」
自分のご飯は耐えられても、フブキが食べられないのは耐えられない。
エイルはよく分かってやがる。
フブキよ、今暫く待っていてくれ。
「兄さん、送り迎えご苦労様。気をつけて帰って」
「アニカ?! お、俺も一緒に……」
「さっさと帰りなよ。人が多いとトレイシーさんに迷惑が掛かるでしょ」
「我は構わぬよな?」
「なに言ってるの。ご主人様と共に居るのが精霊でしょ」
「それは……そうなのじゃが。我はもう暫くルゲンツと供に居たいのじゃ。じゃが主様が居ないと我はここに留まれぬ故、その……」
「そうだよね。またね、イフリータ。ご主人様と一緒に帰らないとね」
「ルゲンツ?!」
アニカよ、それは少しフレッドとイフリータに冷たすぎやしないか?
「シルフィード、ありがとう。とっても乗り心地良かったよ。機会があったらまたお願いね」
アニカはたてがみを撫でて苦労をねぎらってやる。
シルフィードはアニカに顔をすり寄せている。
シルフィードに別れを告げ、フレッドとイフリータを置いて、みんなで階段を上って2階の玄関へ向かう。
気になって振り返ってみると、3人がアニカを寂しそうに見送っている。
気をつけて帰ってね。
「ただいまなのよ」
「ただいま」
「えっと、お邪魔します」
「ただいま帰りました」
「あらお帰りなさい。早かったわね」
試験に落ちてしまったことを報告し、エイルに子夜さんの説明をしてもらった。
「分かったわ。我が家だと思って過ごしていいのよ」
「――って言ってるよ」
「ありがとうございます。トレイシーさん、お世話になります」
「それで、タイムちゃんは……姿が見えないようだけど」
「タイムちゃんのよ……モナカが怒らせたのよ。ちょっと拗ねてるだけなのよ」
「おいおい」
いつの間にそんな設定が……
「あらダメよ。ちゃんと仲直りしないと、お夕飯抜きにしちゃいますよ。ふふふ」
「あはは、善処します」
とはいえ、タイムは拗ねている訳ではないから、どうしたものか。
子夜さんと会いたくないのだから、子夜さんが居る限り出てきてはくれないのかも知れない。
だからといって子夜さんを追い出すなんてことはできない。
困ったな。
考えても仕方が無い。
と、いう訳で、トレイシーさんに無事な顔を見せたことだし、フブキに会いに行こうではないかっ。
フブキにも無事な顔を見せてやりたいしな。
「じゃ、フブキの散歩に行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい。その間にお夕飯いっぱい作っておきますね」
「あ……ありがとうございます」
〝抜きにしちゃいますよ〟と言いつつ、ちゃんと作ってくれる辺り、トレイシーさんは本当に優しいな。
それとも、作るだけ作ってお預け的な? ……無い無い。
しかし暫く会えないと思っていたが、こんなに早く会えるとは思っていなかった。
「フブキ?」
「ああ、エイルが飼ってる犬だよ」
「犬?! 犬居るの?」
「居るよ。子夜さんは犬が好きなの?」
「時子も飼ってるんだよ。花ちゃん、元気でいるかな。ああ、花ちゃんは花子っていうんだよ」
「そうなんだ。それじゃあ心配だね」
「朝夕のお散歩は毎日の日課だったから」
「そっか。じゃあ一緒に散歩に行こうか。それに1人で居てもつまらないでしょ」
「いいの?! あ、じゃあさ、フブキ……くん?」
「フブキは女の子だよ」
「そうなんだ。フブキちゃんの写真撮ってもいい?」
「写真か。エイル、子夜さんがフブキの写真撮りたいって」
「構わないのよ」
「構わないってさ」
「ホント! ありがとう」
しかし写真か……
携帯は持っていないけど、カメラは持っているってことだよな。
デジカメじゃなくて、インスタントカメラとかかな。
でもそうなると、こっちだと現像ができないよね。
帰ってから現像するとなると、問題しか起こらないような気がする。
大丈夫かな。
そもそも帰れるのか不明だけど。
エイルが玄関を開けると、モナカは玄関を飛び出ていく。
フブキに早く会うべく一犬家へと急いでいる。
その後を時子が置いていかれないよう、ついて行く。
そしてゆっくりと、エイルとアニカが続く。
「ねえモナカくん」
「んー、なにー?」
「……なんか、ご機嫌だね」
「だってフブキに会えるんだもーん」
「犬、好きなん――」
「大好き!」
「……そ、そうなんだ。先輩も犬が大好きなんだ」
「おー! ならその先輩はいい人なんだねー」
「そう思う?」
「だって、犬が好きな人に悪い人なんて居ないよー」
「なら、モナカくんもいい人なんだ」
「んーどうだろー」
「さっき自分で言ったじゃない」
「自分では言いにくいなー」
「先輩もね、犬が好きな人に悪い人は居ないって言ってたから、きっとモナカくんもいい人だよ」
「はは。だといいなーあ、ほら。この子がフブキだよっ」
「お、おっきいね」
「ただいまー、フブキに逢いたくて早く帰ってきたよー」
「わふっ!」
モナカはフブキに抱き付いてワシワシと撫で回す。
「んーフブキは今日も美人さんだなー」
「時子も触っていい?」
「おう、一緒にワシワシしようかー」
時子もフブキに触ろうとする。
「あ、ダメなのよ!」
「え?」
遅れて到着したエイルが叫んだときには既に遅く、時子はフブキに触っていた。
フブキの柔らかい毛並みを撫でる。
モフモフして、そしてヒンヤリとしていて気持ちが良い。
フブキは時子から逃げようとしたが、モナカががっしり掴んでいるから逃げられない。
しかしフブキが逃げる必要は無かった。
時子もまたモナカ同様、フブキの冷却効果を受け付けなかった。
つまり時子も魔力を持っていないということだ。
「時子も魔力が無いのよ?」
「魔力が無いと、大丈夫なんですか?」
「……アニカは何ヶ月モナカと一緒に暮らしたのよ」
「えっと……1年です」
「はぁー。いい加減理解して欲しいのよ」
「ご、ごめんなさい」
初めこそ遠慮がちに触っていた時子も、次第に慣れてきたのか大胆に触るようになった。
そして首に抱きついた。
「あは、ヒンヤリしてて気持ちいいー」
「だろだろ! フブキは雪狼っていう狼の血を引いているんだってさ」
「へー。あ! 写真写真!」
時子は背負っていた学生鞄を下ろし、かぶせを開いて中に手を突っ込むと、ゴソゴソとなにかを探している。
鞄の中から目的の物を掴み、取り出した。
二つ折りになっているそれの側面にあるボタンを押して開く。
そしてフブキにレンズを向けて構える。
「じゃあ、撮るよー。〝1+1〟は?」
「携帯!」
「わふっ!」
「もー、〝携帯〟じゃなくて、〝2〟でしょ」
「あ、そっか。……いやいや、前に携帯持っているか聞いたときに、〝持ってない〟って言ってたでしょ!」
「持ってないわよ。だってこれ、携帯じゃないもの」
時子が構えているものは、スマートフォンではない。
勿論、デジカメでもインスタントカメラでもない。
しかしカメラ機能はちゃんと付いている代物だ。
「普通〝携帯持ってる?〟って聞かれたら、〝私携帯だから〟って答えるでしょ!」
そう、時子が構えていたのは、携帯電話だ。
日本で独特の進化を遂げたガラパゴス携帯。
その携帯のカメラを向けて構えていた。
「だ……だってあのときはアプリの話だったもん」
「それは……そうだけど」
でもそうなると、携帯に翻訳アプリを。
モナカはそこまで思ってハッとする。
携帯には携帯のようなアプリは基本的に無い。
メーカーが用意したアプリならあるが、そんな物の中に異世界語翻訳が可能なアプリがあるとは思えないからだ。
タイムに聞けばと思ったが、それはできない。
時子のことになると、過剰に機嫌を損ねるからだ。
故に確認手段がない。
しかし今、モナカにとってそんなことよりも重要なことがある。
「とにかく、写真は散歩しながら幾らでも撮れる! 行こうよ」
「そうだね、行こう!」
フブキとの散歩は何事にも替えがたい至福の時間。
いつものように跨がると、時子に手を伸ばす。
「え?」
「子夜さんも乗りなよ」
「時子も?」
『マスター?! なに言ってるんですかっ!』
『えっ、タイム?!』
突然タイムが目の前に現れたので、モナカは思わず手を引っ込めた。
『マスターと一緒に乗っていいのは、タイムだけだよっ!』
時子の前に出るのを嫌がっていたのに、何故が急に出てきた。
とはいっても、AR表示なので、モナカ以外には見えていない。
「どうしたの?」
「あ、いや。……見えてない?」
「? なにが?」
『マスターにしか見えてないから大丈夫だよ』
「あ……うん。なんでもない」
「時子も乗っていいの?」
『絶対ダメ!』
「えっと……フブキ、いいかな?」
『マスター!』
「わふ!」
「いいってさ」
そう言うと、モナカはフブキの背中から降りた。
〝乗りなよ〟と言った手前、今更ダメとも言えない。
フブキも乗っていいという。
エイルもアニカも口を挟まない。
反対しているのはタイムだけだ。
ならば自分と時子が一緒に乗らなければいいと判断した結果だ。
「やったー! 1度ワンちゃんの背中に乗ってみたかったんだよね」
そう言ってフブキに跨がろうとした。
すると突然、エイルがモナカの目を塞いだのだ。
「わっ! なんだなんだ?」
「モナカは見たらダメなのよ!」
「わわ。シヤさん、降りて降りて。スカート! 見えてるからっ」
「え? きゃっ!」
スカートで跨がるということは、危険が伴うものだ。
だからモナカの視界は奪われた。
そして再び視界を取り戻したとき、既に時子はフブキから降りていた。
時子がスカートを押さえながら、頬をほんのり紅く染めている。
「……見た?」
「ん? なにを?」
「な、なんでもないなんでもない。フブキちゃんには、モナカくんが乗って」
「いいのか!」
「うん、時子には早かったみたい」
モナカは再びフブキに乗ると、タイムが定位置に乗ってきた。
いつものメンツに時子が加わり、フブキの散歩へと繰り出したのだ。
え、予想の範囲内だって?
うう……
次回は漸く通訳要らずになります
そしてとある事実が判明することに……






