表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/62

自分の話

 

 テラスに出てみれば満月が煌々と輝き、俺を見下ろしていた。



 まるで昨晩まであんな凄惨な事件の当事者になっていたなどと感じさせない程にそれはとても美しかった。



 見慣れたテラスに置かれた白い小さな丸いテーブルと二人分の椅子が月明かりに照らされていた。



 スマホを開き、REINのメッセージ欄を開く。小熊林先輩とのトーク欄を観る。俺が起きた際に送った『大丈夫ですか?』というメッセージに既読の文字は無かった。無事に警察に保護された筈だが、まだ目覚めていないのか、家族との時間を大切にしているか、はたまた警察による事情聴取が行われているか……とにかく忙しいようだった。



 「わぁ……綺麗な月」



 その声と共にテラスの扉が開かれる音がした。振り返ってみればいつもとは異なる色彩の服を着ている鞠猫がいた。



 型や系統は似たゴシック調だが、地味目の黒や暗い色ではなく真っ白のワンピースに、見覚えのある薄いピンク色のカーディガンを羽織っていた。千火さんがたまに寝巻きの上から羽織っている物と一緒だ。恐らく借りて来たのだろう。



 それにしてもこれだけ明るい色の服を着ていると雰囲気もガラリと変わるというもの。何故か軽く緊張している自分がいた。



 そして鞠猫が手に持つバスケットに気が付いた。中にはティーカップと背の高めのティーポットが入っていた。



 「お呼びたてして申し訳ありません奏君、どうしても二人で話したくて」

 「話?」

 「はい、お互いについてです」

 「……どういうこと?」



 鞠猫の意図が読めなかった。一体お互いの何を話す必要があるというのだろう。



 「貴方がお風呂に入っている時に千火さんからお願いされました。奏君の話し相手になってくれと言われたんです。そして貴方の過去の事を聞いて、それを受け入れてあげて欲しいと頼まれました」



 なんだと……!?


 千火さんがそんな事を!?


 だってそんなの……俺の過去の話なんて……他人に聞かせられるもんじゃない。



 いや、聞かせたっていいけれど……正直嫌だし……何より関わりもそこまで深い相手とは言えない鞠猫にそれを言ったところで意味が無いではないか。



 初芽や仲良くしているグループのメンツにだって話した事はないのに……どうして千火さんは鞠猫にそれを話せというのか。



 「嫌だ……」

 「嫌ですか」

 「俺の過去は……気分の良いものじゃない、だから話したくない。それにそんなの話したところでなんになる」

 「それは私にもわかりません。ただ頼まれただけですから」

 「じゃあ無しだ。俺は語らないよ」

 「そうですか……でも千火さんは、私が奏君の過去の事を聞くまでは自分から言う事は何も無いと言ってました」

 「え……」



 一瞬鞠猫がカマをかけているのではないかと思ってしまう程に耳を疑った。



 「私が奏君の話を聞く事が大切だと言われました。それがなければ千火さんが今回の事で言及することや、貴方から何かを言われても受け入れる事は無いと……そうおっしゃったのです」

 「そんな……どういうつもりだよ」



 いや、千火さんならそんなことは言いかねない。彼女の考えはいつだって読めなくて、突飛な事を強いるのは彼女の得意技とも言えた。そして鞠猫がカマをかけて俺の過去を聞く理由も無いだろうし……だとしたら本当に千火さんが俺に鞠猫に告白しろと命令しているのだろう。



 頭の痛くなる話だった。



 「酷い人だよ……なんだよ、結局は話すしかないのかよ」

 「まあ、そう気張らずリラックスしてゆっくり話してみて下さい。ハーブティーも入れて来ましたからお茶会みたいな雰囲気で楽しみながら談笑するつもりで」

 「……過去を話すのに楽しめるかって」

 「すみません……語弊がありました」

 「いや……いいよ」



 鞠猫が悪いわけではないのだから謝る必要はない。俺は大人しくテラスの二人分の椅子の片方に座る。鞠猫も空いた方に座り、静かにティーカップにお茶注いだ。



 ポットを静かに置く音、カップから立ち上る湯気。



 千火さんの言う『過去』の話と云うのが、何を指しているのかは分かっていた。俺がこうなってしまった事件のことと、今に至る経緯だろう。



 なんで千火さんはそんな辛い事をさせるのだろう……



 よりにもよって知り合ったばかりの女の子を聞き手に立たさせるだなんて……そりゃ彼女は俺の血の半分、超常の存在について世間の人間よりも詳しいだろうが……それだけだ。



 話す必要性は皆無なのに……



 それでも俺は話す事を覚悟した。千火さんの言う事に従う事にした。理由は分からなくてもそれで何か変わるなら話してみる価値はあるのかもしれない、そう思う事にした。



 自分の分のお茶を少し飲み、深くため息を一つ吐いてから俺は口を開いた。



 「────物心ついた頃から俺は周囲の人から好かれていた。特に女性からは特に。子供なんだから周りから可愛がられるのは当然だと思うだろ? いや、そんな比じゃない。明らかに周りの子供達より異様とも言えるくらいに可愛がられた。そして俺もそれが当然なのだと思っていた」

 「…………」

 「今思い返せばとんでもないクソガキだったと思う。自分を周りの奴らとは違う、特別可愛がられる存在だと勘違いしてワガママな行動も多かったしな。 ……でもそんな時、ある事件が起きた」

 「事件ですか……」



 俺は今一度お茶に口をつけ、ゆっくりと飲んだ、心を鎮める為に。思い返される当時の記憶が言葉を紡ぐ事を阻む。しかしそれをなげうって俺は口を開いた。



 「俺を狙った女の集団に誘拐された」

 「は……?」

 「ルームシェアをしていたか、わざわざ家を準備したかは知らないが、千葉の奥地の小さな家に監禁され、俺は22人の女共の暴走した欲望の捌け口にされた」

 「そ、それは……」

 「7つの時の事だ。警察に発見されるまでの三日三晩、立ち代わり入れ替わり輪姦され続けた。嫌だと言ってもその度殴られたり、踏まれたりして続けさせられた」

 「なっ……!?」



 鞠猫の驚いた顔が印象的に写った。



 「それだけならまだマシかも。アイツらは俺の再生能力を知っていたのか腹が減ったと言えば自分自身の腕や足を食わされ、喉が渇いたと言えば最低限の水と奴らの小便を飲まされた」

 「そ、そんなの……」

 「拒否権は無かった。あいつらは狂ってたんだ、既に。俺の瞳の力の所為で隠していた凶悪な面が解放されたんだろう。色々させられたけど一番やばかったのは両眼をくり抜かれた時だった」

 「…………」



 今でも思い出す鮮烈な痛みに気分が悪くなる思いがした。22人いた女の中で俺の再生能力は周知の事実だったらしいのだが、特に異常な性的嗜好を持つ者がそれをいい事に、俺の両眼をくり抜いたのだ。そしてそこに自分の舌や乳房を入れたり、小便を注いだり……本当に地獄の様な経験であった。



 それを聞いた鞠猫の顔は凍りついていたが俺は続けた。



 「俺にそれを強要した奴らの顔は全て覚えている、今でも忘れる事なんて出来ない。22人の犯人達は今は多分精神病院にでもいるのかも。捕まった時、既に狂人と化していたからな。千火さんは俺の瞳の所為ではないと言ってた。あんな環境下の中で人を凌辱していれば精神疾患を患ってもおかしくないってさ……」

 「…………」

 「それで……全てが終わってもやっぱり安心なんて出来なくてさ。それからだな、俺自身が自分の魅了の力を嫌う様になったのは」

 「…………」

 「ガキだった頃はそれのおかげでチヤホヤされたが、事件の後じゃ、それさえ怖くなった。勿論そんな犯行に巻き込まれたのはそれっきりだし、千火さんが言っていたけど、そんな風に他人を誘拐出来る奴らなら俺を狙わなかったとしても、いずれは別の誰かをそのターゲットにしていただろうって話だから……俺は運が悪かっただけなんだろうけどさ……でもそんな人間のそんな部分のトリガーを引いてしまったのは事実だし……やっぱり女の人は怖くてさ……」

 「……それは…そうなりますよ」

 「千火さんと出会う10歳迄の二年と少しの期間は、そのせいで外に出ることも怖かった。何もしない日も少なくなかった」

 「…………」

 「……それに……その…その影響で……」



 本当は言わなくても良かっただろう。でも俺はそれも伝えておいた方がいいのだろうと思った。自身がEDであることも。何もかも話しておいた方が後々にはいいのだろうと半ば自暴自棄気味にそれを口に出した。



 「今もEDだしな……」

 「…………」

 「い、意味は分かるだろ……?」

 「……大丈夫です」



 俺はドン引きされるか笑われるかと思っていた。でも鞠猫は一切そんな事は無く真面目な表情でそれを受け止めてくれたのだ。



 俺は背中に嫌な感じの汗をかいていたけど、それは要らぬ心配だったようで少しだけ嬉しかった。



 「だから……その…言い訳するわけじゃないんだけど……俺はあの淫魔にこの魅了の力を抑える方法があると言われた時、本当に希望を見出したんだ。漸くこの目ともおさらばできる。胸を張って生きていけると思ったんだ」

 「周りの他の人と同じように……ですか?」



 俺は頷いて答えた。



 分かってくれると思ったからだった。俺は辛い。俺は苦しい。この目の所為で周りに迷惑をかけて自分さえも苦しめて……いい事なんて一つもない。そうだと分かってくれると思った。



 「とても辛い思いをしたんですね……」



 だけど鞠猫が口を開いて小さく続けた言葉は期待した言葉とは違っていた。



 「────でも奏君、だったら尚のこと貴方のことはあの女には渡せません」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ