100年の呪いを解いてください
放課後、廊下を歩いていた朝霞は、十文字と出会った。
しょ、正面から先輩がっ。
何故っ?
いや、何故ってのは、変かっ、と思いながら、赤くなって、ぺこりと頭を下げる。
昨日、自分の指に指輪をはめようとした王子を思い出しながら。
ああ、あの夢はやはり、私の願望なのでしょうか。
そして、先輩は何故、こちらに向かって歩いてくるのでしょうか。
顔が上げられないではないですか、と、
「いや、そっちにうちのクラスの下駄箱があるからだ」
と言われそうなことを思っていると、すれ違おうとした朝霞の腕を十文字がつかんできた。
「待て」
一瞬、補導されたのかと思ったが、十文字は朝霞を見下ろし、言ってくる。
「たまには一緒に帰るか」
昨日一緒に帰った気が……と思いながらも、朝霞は突っ込まなかった。
でっ、でもあのっ。
でもあのですねっ。
とりあえず、手を離してくださいっ。
すべての神経が先輩に触れられている部分に行ってしまうのでっ。
などと思いながらも、朝霞はずるずる引きずられて、十文字の昇降口に行き、靴を持った十文字とともに、朝霞の昇降口に戻り、一緒に帰った。
朝霞は十文字と二人、駅への道を歩いていた。
沈黙するたび、周囲を見回し、なにか話題になるものはないかと探しながら。
道の向こうを見た朝霞は、それに気づいて、あっ、と声を上げる。
「そういえば、龍が人になったんですよね」
十文字の顔がフリーズした。
なにかヤバイものでも見るかのように朝霞を見る。
「ちゅ、中華料理店の看板ですよっ」
と朝霞は慌てて、道の向こうにある真っ赤な中華料理店の看板を指差した。
店の看板がリニューアルされ、以前は龍の絵だったのが、美味しそうに中華を食べる人の絵に変わっていたのだ。
「……どんなファンタジーかと思ったぞ」
「時折、道端でアイテム探してしまうときはありますけどね……」
思い切り呆れられたせいか、逆にスッキリして、そこからは普通に話せた。
「中華料理のお店って、少し汚れてる方が美味しそうですよね」
「そこのところは同意だな」
と十文字も言う。
拭いきれない油でか、少し汚れて見える店は何故だか美味しい。
意見が合って、嬉しいな、と朝霞が微笑んだとき、十文字がこちらを見た。
黙ってなにも言わない。
な、なんなのですかっ、と朝霞は固まる。
「……佐野村は俺が現れたことで、お前を好きだと自覚したと言うが。
俺もそうかもしれない」
えっ?
「俺もあいつがお前に気がある風になってから、やけに焦り始めている自分に気がついた。
いや……佐野村がお前に気があるのを、お前が無意識のうちに感じ取って夢に出演させたのと同じに。
お前が俺を王子にしたのも、俺がずっとお前を密かに見つめていたせいかもしれない」
ええっ?
「ずっと見てたんだ。
ゲームソフトの店に来るお前を」
……先輩、と見つめたが、
「マニアックなゲームばっか買う奴だな、と思って」
と十文字は言う。
そんなオチですよね……。
まあ、私ですもんね。
その程度の見つめられ方しかしませんよね、といじけながら、朝霞は言った。
「いやいやいや。
メジャーなのもやりますってば。
先輩の店、マイナーなので、いいのがいっぱいあるから。
つい、あそこでは、そういうのを買いがちなだけで――」
「いや、俺は別に、マイナーなゲームを貶めているわけではない。
そして、今、ゲームの話をしたいわけではない」
脱線させるな、と言われ、
いや、先輩がゲームの話したんですよね……と朝霞は思う。
そこで十文字は朝霞の手を握ってきた。
朝霞は驚いて車道に逃げそうになり、抱き寄せられる。
「危ないだろ」
と言ったあとで、すぐに十文字は朝霞の背に触れた手は離した。
だが、握った手の方は離さなかった。
「昨日は、恥ずかしくて握れなかったけど。
今日はちょっと勇気を出してみた」
と少し赤くなった言う。
そっ、そんな先輩のような方が、私なんかのためにっ。
勇気とかっ、いやそんなっ、と動転した朝霞は、今、現実の世界にいるのか、疑い始める。
だって、先輩が私の手を握ってるしっ。
危ないって抱き寄せてくれたしっ。
なんか恥ずかしそうに私を見てるし。
今、ここに、なんのフラグが立っているのですかっ!
と思った朝霞は、また、スマホに、『十文字晴 攻略』と入れたくなった。
だが、確かに、先輩の手が私の手をつかんでいるっ。
今までにないリアルな感触だった。
「俺はちょっと不安だったんだ。
お前は俺がその王子のキャラに似てるから、俺を王子だと思って……」
と言いかけて、十文字は沈黙する。
「……恥ずかしくて話しにくいな」
と言った。
すみません、と朝霞は苦笑いする。
私がおかしな夢を見るせいで――。
だが、そこで、十文字は、
「でも、俺は今は、俺がお前の王子でなくてよかったと思っている」
とそんな不安になるようなことを言ってきた。
「俺はお前とは、100年の恋には落ちたくはないから」
うっ、と思った朝霞の両手を握り、十文字は言う。
「……うちのひいじいさんは、101歳。
ひいばあさんは、103歳で亡くなった」
「長生きの家系なんですね」
「だから、より思うのかもしれないが。
昔は、100年って時間を永遠のように感じていたから、100年の眠りとか、100年の恋とかって言葉があるんだろうけど。
俺は……、
100年経ったら解けてしまう呪いなんかじゃなくて。
普通にお前に恋をしたい。
いつ解けるかわからない呪いなんかじゃなくて――。
永遠にお前を好きでいたいから」
一気にそう言ったあとで、十文字は息を吐いた。
ようやく言えた、というように。
「先輩……」
と感極まって呼びかけた朝霞を十文字が見る。
「先輩、今、どんな乙女ゲームの登場人物よりくさいこと言ってますよ」
「お~ま~え~っ」
と睨まれ、いやいやいや、と朝霞は少しゆるんだ十文字の手から片手を抜いて振る。
「そうじゃなくてっ。
もっと素敵な声で、もっと情感たっぷりに、もっと甘いセリフを言ってくれるゲームはあるけど。
先輩の言葉が一番、私の胸に響いたから――」
そう言うと、十文字はようやく笑った。
「朝霞」
はい、と見上げたとき、十文字が身をかがめ、軽くキスしてきた。
それは一瞬の出来事だったが、
いやいやいやいやっ、と朝霞は思う。
「ここ、道ですっ」
「そうだな」
と言う十文字は朝霞の手をつなぎ直し、駅へとまた歩き出す。
「ここ、登校路ですっ」
「そうだな。
だが、大丈夫だ。
誰も見てはいなかった。
一瞬の隙をついてみた」
「いやいやいや、嘘ですよっ」
と朝霞はおとなしく連れていかれながらも叫んだ。
「通行人がたまたま見てなくても、車の人とか見てますよっ?」
と車道を指差したが、十文字は前を見たまま、
「別に見られたっていいじゃないか。
いや、見せておきたいんだ、みんなに。
お前は俺のものだと――。
また何処からか、違う王子が現れてきても困るからな」
と呟く。
どうやら、佐野村のことを言っているようだ。
それにしても、先輩、恥ずかしそうに告白してきたわりには、手が早いですっ、
と思う朝霞は十文字を上目遣いに窺いながら訊いてみた。
「私……騙されてるんですかね?」
「いや、騙すのなら、もっと違う感じの女を騙すだろ。
こんな見た目だけキラキラ女子のオタク姫じゃなくて」
ええーっ?
と叫ぶ朝霞を振り返り、十文字は笑う。
その顔が、ほんとに好きだな、と思った朝霞は思い出していた。
いつも無愛想な店員さんだったけど。
一度だけ、朝霞が買おうとしたゲームを見て、少し笑ったことがあったのを。
あのバーコードリーダーで、ピッとやったあと、
「ありがとうございました」
と微笑んでくれた――。
「あのー、先輩。
もしかして、ゲームの好みが合うから、私なんですか……?」
「……さあな」
と言って、十文字が笑う頃、ようやく駅が見えてきた。




