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逆行王子の憂鬱

 女神リブのお言葉を貰った次の瞬間、急に身体がズシンと重くなった。まるで呪われていた時のように。痛みとだるさで朦朧とする意識の中で辺りを確認すると、謁見の間のようだった。さらによく見ると、ドレイクと花蓮がいた。まるで、あの時の……。


「あ、あの、ドレイクさんからお困りと聞きました。ルーサ様ですね? 私に出来ることがあるなら、頑張ります!」


 夢か幻か。いいや、これはチャンスだ。女神のくれたチャンスなんだ。例え夢でも、夢だからこそ、その中でくらい逃したくは無い。


「遠い世界からようこそ。歓迎します。僕はルーサ。どうかこの世界をお救いください」


 あの時と百八十度違う台詞を言う。途端に怪訝な顔をしたドレイク。そうだ、こいつを引き離さないと僕の未来はない。


「よく連れてきてくれたなドレイク。感謝する」

「いえ、それは、まあ。というか、反対されてたのでは」

「そうも言ってられないだろう? ああそうだ、これからお前に調べてほしいことがある。魔力の強いお前にしか頼めないんだ」

「は? しかしその、自分は花蓮の世話を――」

「そんなものは僕が見るさ。大切な客人なのだから。リュシィ!」


 年季の入ったメイドのリュシィはすぐさま現われて用件を聞く。こいつがいて良かった。


「ドレイクを別の部屋に。それと花蓮のために部屋と着替えを」

「かしこまりました。ではドレイク様、こちらに」


 何か言いたげだったドレイクだが、分が悪いと覚ったのかそのまま無言で立ち去る。

 残念だったな。これが、お前と花蓮の最後だ。もう二度と関わらせるつもりはない。リュシィにドレイクを追いやるように言っておけば、神官身分のドレイクはこちらに来れはしないだろう。

 ――二人きりになったルーサと花蓮。花蓮のほうからしどろもどろに言葉を発する。


「あ、あの。私頑張りますけど、本当に素人で何するかも分からなくて」

「花蓮、手を、かしてくれるかな?」


 ひとまずこの重い身体を何とかしたい。花蓮は言われるがまま手を差し出す。ルーサはまるで大切なもののようにその手に触れる。


 ――身体が軽い。暖かな力が流れ込んでくる。ジュールの呪詛が解けた瞬間だった。


「うわっ! あ、ごめんなさい。何か今、静電気みたいなの起きませんでした? 私だけ?」


 力の持ち主と受ける側では感じ方に差が出るらしい。()は、そんなの気がつかなかったな。今は違う。


「静電気は感じませんでしたが、暖かな力は感じました。呪詛の解ける感覚も。これこそ貴女が神の使いであるという証明。貴女は間違いなくリブウィルの救世主。この世界に恵をもたらす天使。ありがとうございます」


 以前は言えなかった、褒め言葉。ドレイクもいない今は何の気兼ねなく言える。本当は、ずっと言いたかった。助けられた時から、ずっと。

 言われなれていないのか、花蓮は真っ赤になる。その仕草も新鮮だ。以前はとにかくよそよそしくて怯えていて、嫌われていた。……しかし今度はそうはさせない。


「大げさです。私、元の世界では本当に普通だったんですよ」

「そんなことはありません。現に僕が体感したのだから。もしこの力を他の人間にも使っていただけるなら、僕が褒めたくらいで照れている場合ではありませんよ。どれだけの賞賛を浴びるでしょうね」

「そ、そうなんですか。えと、早く慣れますね。……」

「どうしました?」

「いえ、ドレイクさんから聞いていた印象と違うなって」


 そうだろうな。そして最初は間違っていなかった。今は、教科書を見ながらテストの答案を書き込んでいるような気分だ。楽しい。


「……兄弟と言っても、下手すると月に一度会うか会わないかですからね。おまけに僕はここ最近、病気のために常に苛立っていた。さぞ情けない姿に見えたでしょう」

「そうなんですか。ルーサさんも大変だったんですね。あ、ドレイクさんも決して悪く言ってた訳じゃなくて」

「ええ知っています。僕の弟ですから。……さあ、病気も無くなったし、これからは頑張って汚名返上させないと。花蓮、これから西の神殿に付き合ってもらえませんか? 呪詛されていると思われる地で、最も近い場所です」

「あ、はい。お仕事ですね?」


 そう、上手くいけば、あのいたずらっ子が怪我する前に救える。



 前は数時間後に向かった神殿に早めに行く。以前しなかったことを選択すると、以前は見られなかったことも起こりうる。


「ルーサ?」

「ジュール、兄上」


 神殿の入り口、「水に触るな危険」 と書かれた看板のところで鉢合わせた。一連の犯人と。確かに、強力な呪詛なら何度も上書きする必要がある。居ても何ら不思議は無い。

 どうする? 花蓮に無駄に苦労させるのは忍びない。今ここで暴いて……いや、まだ何の証拠も無い。今騒いでも逃げられるだけだ。そうなったら向こうも今以上に慎重になり警戒するだろう。癪だが、今は適当に流して見逃すほかない。


「こんにちはジュール兄上。儀式の準備で参ったのですよ」


 にっこり笑ってそう言うと、ジュールは「ハッ」 と馬鹿にしたように笑って言った。


「時間には相当早いだろう。しかも女連れ。しけこみに来たの間違いではないのか? ここの神官は、最近はいい加減だからな。にしても……なんだその女。お前が選んだ女にしては不細工だな。容姿も着ている者も低俗な。付きまとわれてるのか?」


 あの時、神殿で花蓮を馬鹿にする役割が入れ替わったように思った。ジュールがまるでかつての自分のように思えてくる。何か大きな力に対する畏怖を感じながらも、ただ花蓮を守るために今動く。


「お止め下さい。この人は僕の特別な方。馬鹿にするのは兄上でも許しません」

「兄上、ね。名前呼びでも何の問題も無いだろうに、いちいち遠慮をするお前が、俺は大嫌いだよ。お前が連れてる女も当然な。……どけ女」


 そう言ってジュールは、不機嫌な様子を隠しもせずに花蓮をどかせて二人の脇を通って去っていく。


「今の人は……」

「兄です。色々事情があって、あまり仲が良いとは言えませんが。申し訳ない。気を悪くしたでしょう」

「いえ、仕方ないです。私、本当に何も知らないんですから。気づかずに失礼したのかもしれないし」


 何も知らない花蓮。一から教える楽しみ。苦い記憶を楽しい記憶で上書きする喜び。不謹慎だが、楽しい遊戯のようにも思えた。


「いいえ。どうかそう卑下なさらずに。つらい時はつらいと言ってください。それを受け止めるのが僕の役目ですから」

「ルーサ様……。ありがとうございます。ルーサ様がそう言って私を気遣ってくださるから、私はきっと頑張れます」


 お互いを労わりあう関係。前回(・・)を思うと泣けてくる。あの時はどれだけ彼女に苦労をかけただろう? もう同じ轍は踏まない。


「頑張りも無理しすぎないようにお願いします。では行きましょうか」



 あの時の悪ガキ達はいつから居たのだろうか。泉の傍まで行くと、あのやり取りが聞こえてきた。だいぶ早く来たはずなのだが。


「……ホントにするのかよ?」

「怖いんだ? 意気地なし! いっくじなしっ!」


 放っておけば大火傷を負う。しかしうかつに防いだら聖女の力を示せないのではないか? 横で疑問符を浮かべている花蓮を見る。

 駄目だ。今度こそは、全てに優しい自分でいたい。良心の訴えから子供達を止めようとするが、子供の無鉄砲さを侮ってはいけなかった。


「君達、そこで何を……」

「あっ、やばい人が来た! おい、賭けはお前の負けだぞ、今から奢れよ!」

「! ちげーよ、追い出される前に突っ込めば俺の勝ちだろ!? 今からやる!」


 子供の一人が濁った泉に腕を突っ込んだ。途端に肉の焼ける臭いが立ち上る。あの時と同じ、悲鳴が辺りに響いた。動転する子供らに花蓮。僕自身は冷静なものだ。何せ経験したことなのだから。……それに、経験なんてなかったはずのあいつはあの時だって冷静だった。負けてられるか。


「な、なんだよこれ……熱い! 痛い! うわあああああああん!!」

「お、俺そんなつもりは……うわあああああ!!」


 泣き叫ぶ子供らを横目に花蓮に懇願する。


「花蓮、あの腕に手を触れてください。大丈夫。貴女なら出来る。これは火傷ではなく、呪詛だから異世界人が触れば解ける」


 怖がって少し震えていた花蓮は、僕の落ち着いた態度に感化されたのか、自分を奮い立たせるかのように言う。

「分かりました。ごめんね、少しだけ手を借りるね……」


 花蓮が手を触れると、呪詛は一気に浄化される。 火傷の少年は目の前で起こった奇跡に痛みも忘れぽかんとしていた。


「花蓮、次は泉です。貴女なら大丈夫。何かあれば、僕もお供します。……今度こそ、一緒に」

「いえ、王子様にそんなことさせられません。というか、『今度』 って?」

「あ、いえ。とにかく、泉の呪いを解きましょう」

「そうですね。放っておくわけにはいきません。花蓮、行きます」


 カレンがおずおずと泉に触れると、さぁっと泉が元の澄んだ水面を取り戻す。


「! わ、私、やりました! ルーサ様、私お役に立てましたか?」


 無邪気に喜ぶ花蓮に、前回は水を差すようなことをしたのだと思い出し胸が痛む。けれど、今度は、今度こそは。


「ええ。これでおそらく近辺の疫病も落ち着くはず……。ありがとうございます。貴女のお陰です」

「ふふ、嬉しいです。でも本当は女神様のお力だから、ただの媒介の私なんて」

「いいえ。貴女がここの人間でも戸惑う泉に触れてくださったから出来た事。貴女の尊い意思、忘れません」

「あ、ありがとう、です。でもさすがに褒めすぎかと。身体がかゆくなってきました……」


 前回を思えばいくら褒めても褒めたりないくらいなのだが、あまり過剰でも困ってしまうというなら控えよう。それでも今回は僕の言葉でこんなに照れる花蓮を見られるのが。

 僕のほうが、きっと花蓮より嬉しがっている。


 外へ出るとやたら騒がしかった。近辺の人間が集まって何やら必死に確認しているようだが……。


「見ろ、水が濁っていない!」

「井戸の水が普通に飲めるぞ!」

「もう飲み水に苦労しなくていいの? 本当に?」


 前回は庶民がやたらドレイクの肩を持つのが不思議だったが、今なら分かる。こういう地道な作業をこなしていったからなのだろう。横目で見た花蓮は少し誇らしそうで、くすぐったそうだった。



 ドレイクの行動をなぞるだけで花蓮も名声も手に入る……。分かっていても、横取りみたいで正直癪ではある。どうせならドレイク以上に世界に貢献したいものだ。どうせ結果まで分かっているのだから。

 という訳で、倉庫荒らしの犯人を事前に止めるべく花蓮と付近を監視する。


「倉庫荒らし? ここに来るんですか?」

「そのはずです。……どうか、通さないようにお願いします」

「はい、分かりました」


 そして数日、犯人がのこのこと現われた。とは言っても、分かりきってはいたが。


「ジュール兄上」


 ジュールは鍵を億劫そうに持ち歩いてやってきた。その鍵はおそらく王族の威光を笠に着て管理人から取ったのだろう。管理人に貸さないように言い含めることも出来たが、禁術に手を出したジュール相手に無理をさせる訳にはいかない。


「……ルーサ? それに、いつぞやの変な女か。私に何か用でも?」

「花蓮に失礼なことを言わないで頂きたい。それと、用があるのは貴方では? 父が伏せっている今、ここは僕の領分ですよ。宝物庫に何の用です?」

「私の祖母が寄付した剣があったろう。返してもらう」

「お待ち下さい、何故今……」

「……いつだろうと、私の自由だろう! 次の王だからといって偉そうにするな!」


 ジュールがルーサを突き飛ばす。邪魔なものがどいた隙に目当てのものを取ろうとしたところに、花蓮が立ちふさがる。


「だ、駄目です。ルーサ様のご意向です。ここは通しません」


 両手を広げて通せんぼする花蓮にジュールは舌打ちしたい衝動に駆られた。まさか女相手、しかも最近評判がいい人間に無理を通すわけにもいかない。数秒迷ったすえ、妙案を思いついて試してみる。


「よく見れば、愛嬌のある顔をしていますね。カレン、といいましたか?」

「はい?」


 いきなり口説き始めたジュールに花蓮は戸惑う。この人、最初に不細工とか言ってたよね。……すごく嘘くさい。


「ルーサのような傲慢な人間といては、疲れたり傷ついたりすることばかりでしょう? 私では代わりになりませんか? 私なら、もっと上手くやれますよ」


 ジュールの手が花蓮の手に伸びる。ほんの少し触れ合った瞬間、花蓮に今までの呪い解除の比ではない静電気が走った。


「っつ! え、今の……」

「花蓮に触るな!」


 ルーサが慌ててジュールの前に、花蓮を庇うように立ちふさがる。お陰で倉庫の中にやすやすと入れるようになった。目当てのものを素早く探し出して手にすると、いまだにこちらを警戒しているルーサにくっ、と笑って一言言ってやる。


「嘘に決まってるだろ。誰がこんな庶民丸出しの女を」

「……! 悪口を言いたいだけなら、すぐにこの場を離れてくれませんか。僕は失礼な兄など持った覚えは無い」

「私も妙な女を好くような弟は持った覚えがないからお互い様だな。しかし見れば見るほど趣味の悪い。本当に人間の顔か? お前いつからそんな」


 それを聞いて泣き出しそうな顔になった花蓮にもう我慢が出来ず、大声をあげて追い払う。 


「出て行ってくれ! これ以上花蓮を傷つけるな!」

「……盲目どころかいかれてるな」


 花蓮への執着を利用され、まんまと目的を達成される。まぬけもいいところだと自嘲しながらも、恐怖に逆らえなかったことに怯える。


 あのまま、ジュールに奪われるかと思った。自分がドレイクから奪ったように。もしそれが現実になったら。


「ルーサ様?」


 気がつけば花蓮が心配そうに覗き込んでいた。情けない。今度はどんな迷惑も苦労もかけまいと思っていたのに。自分の失態なんかで心配させるわけにはいかない。


「すみません。何でもないです。……兄上には逃げられましたね。僕が不甲斐ないせいで」

「いえ。私を守ろうとしてくれたからですよね。私こそ、色々足引っ張っちゃって、すみません」


 見限られていないようでホッとする。


 いつもそうだ。『あなた前回は私に酷いこと言ってたくせに、今さら何』 そう言って見捨てられるんじゃないかと常に怯えている。

 違う。それを消すために、やり直しているんだ。


「ルーサ様、顔色が悪いです。呪詛の影響ではないみたいだけれど……疲れてます?」

「あ、いいえ。ただ、失敗して落ち込んでるだけです。大丈夫」

「……無理しないで下さい。貴方にもしものことがあったら、私、どうしていいか分かりません。この世界、私を認めてくれる人ばかりじゃないって、はっきり分かりましたから。そして認めてくれて、助けてくれるのは、貴方一人だって」


 澱んだ喜びを覚える。ああ、前回はドレイクに頼りきりだった花蓮が、今は僕に頼りきっている。ずっとこうなりたかった。こうなってくれた! 喜びを感じつつ、そんなことはおくびにも出さず忠実な従者を演じる。いや、演じては無い。ただ、したいことをしているだけだ。最後はすべて自分のものになるように。花蓮がこちらだけを見てくれるように。


「ありがとう。でもこれからは貴女のほうが大変になりますから。……これからは少し遠出して、呪詛を解いてまわりましょう。民の苦しみを取り除き、理解と協力を仰がねばなりません。今のままでは、犯人を暴いてもこちらが疑われるだけでしょうから」


 前回、最後の民の見放しっぷりは酷いものだった。あれと同じ思いを味わうわけにはいかない。



 前に僕の呪詛を解いた地でまさかドレイクに会うとは思っていなかった。神官の仕事で来たらしい。

 ……花蓮がいなければろくなことも出来ないだろうに。いや、花蓮がいないから、前回みたいに金策に駆けずり回ったり、数多の病人の対応や犯人探しや後見探しに躍起になることもないんだ。僕は、間違ってない。


「ルーサ兄上、お久しぶりです。……カレンも」


 どこか切なげな声色と表情で、ドレイクはルーサ達に挨拶した。花蓮はその様子に気づくこともなく、気軽に挨拶する。


「あ、お久しぶりです。初日以来? でしたっけ。奇遇ですよね、こんな所で会うなんて。あ、私達、ちゃんと呪詛を解いて回ってます、お仕事ちゃんとやってます!」

「そうですか。元気にしているなら、いいんです。元々、世界を救うために召喚()んだのですから」

「はい、頑張って世界を救います。ルーサ様と一緒に!」

「……大切にされているのですね。益々、喜ばしいことです……」

「はい。ルーサ様、とっても優しいんですよ。本当に、こんなに良くしてもらっていいのかなってくらい」


 屈託無く答える花蓮に、ドレイクはしばし目を閉じる。再び開けた時、そこには決意のようなものが浮かんでいた。


「ルーサ兄上。貴方が、異世界の少女の力なんて借りるはずがないと思っていた。借りても利用するだけだろうと。けれど、それは俺の奢りだったようですね。会わなくても何をしているのか逐一聞こえてきますよ。日に日に評判が良くなっていく。……もう手出しも出来ない。花蓮を、よろしく頼みます」


 その台詞でリュシィがいい仕事していたのだなと実感する。あれはよく出来たメイドだ。追いやるように言って正解だった。

 去っていくドレイクを見送ったあと、付近の呪詛に倒れた住人を診る。一人治してしまえば我も我も押しかけて来て忙しいことになったが、これも最後の瞬間のため。仕事中は忙しい花蓮の、その休息だけはしっかり守るように支度を整える。




「あの、カレン様。実は私、見たんですよ」


 病人の一人に小声でそう耳打ちされた花蓮は、ルーサに気づかれないようにそっと聞き返す。ただでさえ色々忙しいルーサだから、これ以上負担を増やしたくない。自分で解決出来るなら何とかしたい。


「何をですか?」

「ええと、一番影の薄い……そう、ジュール様ですね。あの方が村のご神木の辺りをうろうろしているの。それから見るたびにこの辺の土壌が使い物にならなくなって……あの方が犯人なんじゃないですかねえ。大体、ジュール様は何してるんだかも何考えてるんだかも分からなくて気味悪い。挨拶しても返さないお人だし、正直嫌な感じですよねえ。正直継承権がなくても王族ってだけで来られたら気を遣わなくちゃいけないし困るんですよね。それに加えてこういう人柄だし……」

「あの、お気持ちは凄く分かりますが、どうか誰かを貶める言葉は控えて。貴方に返ってこないように」

「まあ、あの方にも気を遣われるなんて、本当にお優しい。でも、ジュール様は先ほどもこちらにいらっしゃってねえ……。誰か身分や権威ある方がどうにかしてくれないかねえ……。私らは庶民だしさっきまで病人だったし……」


 ああこの人、早く何とかしてほしいんだなあと花蓮は気づいた。へー大変ですねーで流せばすむ話だし、一々鵜呑みにして聞いてやる義理もないのだが……。でもジュールには気になる件があった。ルーサに聞いてもはぐらかすけど、一連の呪詛の犯人はきっと……。



 真夜中にこっそり抜け出し村のご神木へと向かう。ジュールはいた。生気のない様子で、じっと神木を見つめている。微動だにせず立ちすくむ様子は、まるでロボットみたいだった。それくらい、血が通った様子に見えなかった。

 不意に人の気配に気づくと、ばっとジュールは振り返った。そしてそれが花蓮だと分かると、鬱陶しい、と言いたげに眉をひそめた。


「ここの呪詛を解きに来たのか? こんな夜中にご苦労だな。だが供を連れずに来たのはまずかったんじゃないか。今なら、何があっても誰にもお前を助ける人間はいない」

「呪詛があるなら解きたいけど、私、むしろ……」

「何だ。時間稼ぎか?」

「あの、呪詛返しは大丈夫ですか?」


 ルーサは教えてくれなかったけど、自力で調べた。人を呪わば穴二つ。呪詛をしたら必ず呪詛返しが来るらしい。ならば、これまで解いた量からいって、ジュールの身体は……。あの時指先が触れただけなのに凄まじい負の力を感じた。あれは、ルーサと同じように呪われているからだと思っていたが、呪っているからだとしたら……。

 花蓮の心配をジュールは一笑に付す。


「最後にまとめてくるようにしているから心配いらない。まあ、それでもさすがに解かれた量が多いからな。身体は少し重いといえば重いか……。それでもお前を殺すくらいの力は残っているが」


 そう言って常に隠し持っている短剣にそっと手を伸ばす。ジリジリと近づくが、花蓮は全く意に介する様子が無い。

 花蓮にしれみれば、真っ青な顔をした人間に何を言われても全然怖くはなかった。危機感が薄いのは、前回と違ってろくに苦労していないからだろうか。ただ暢気に、やはり呪詛の犯人なのだろうか? ならその呪詛返しも浄化できれば、この騒動も少しは早く終わるのだろうか。


「手を……」


 あの時触れられなかった手を、今度は自分から触れる。不意を突かれたジュールは差し伸べられた手に逆に殺す気か、と戸惑い咄嗟に反応が出来なかった。呪いを浄化する際、相変わらず静電気は痛かったが、人形のようだったジュールの顔色が見る見るうちに良くなるのが分かった。


「具合、もう大丈夫ですか?」


 途端にジュールはハッとした顔になり、勢いよく花蓮の手を振り払う。


「誰の……誰の許可を得て下賎の者が私に触っている! 身分を弁えろ! 大体お前、他所の世界の人間じゃないのか? 異世界の騒動なんかに余計な首突っ込んでないで、とっとと自分の世界に帰れ!」


 そう言われた花蓮は、少しだけむっとした表情をして、本音を零す。


「帰れない……。呪詛を全部解くまで帰れない。お仕事しないと居る場所すらない。私はただ、自分の居場所を作っているだけ」

「!」

「でも、それがもし貴方の邪魔をしていることだったら、私――」


 会話はそこで途切れた。ルーサが靴がないことに気づいて慌てて追ってきたのだ。


「花蓮!」


 声で誰か気づいたジュールは、さっさと逃げることにした。あいつは自分を疑っている。今ここに居るのを知られたらまずい。ただ、一言、花蓮に言い残して去る。


「被害者ぶるなよ。居場所なんか、誰かを押しのけてでも作るものだ」


 酷い信念だ、と思う反面、聖女の役目を必死でこなして居場所を作る異世界人な自分に何が言えるだろうと花蓮は考え込んでしまった。

 とりあえず花蓮には何事も無かったようだが、妙に落ち込んでいる。ジュールと何かあったのだろうか? まさか犯人とどうこうなんてことは無いだろうが。ルーサは筋書きは同じなのに細部が違う今回に苛立ちを感じながらも、最後だけはきっちり締めようと思った。


「何も無かったですか? それならいいのですが……。でももうこの苦労ともお別れです。女神リブの儀式が近い。その日に全て終わらせましょう」


 そのために頑張っていた花蓮は、思うところがあっても頷く。そしてじっとルーサを見つめる。


「あの、いいんですか。犯人は……」

「はい。身内だから、自分の手でしなければならない。そういう事もありますから。それより、花蓮、今までありがとうございます。無関係な世界のためによくぞここまで」


 よくルーサに馴染んだ花蓮は、笑顔で彼に応えた。


「だって、ルーサ様のいる世界だもの。頑張るルーサ様を見るうちに、私も頑張らないとって思えたんです」




 呪いを解いてまわったおかげで得られた数々の証言と証拠。ただ僅かな身内の情が、ジュールを内々で処理して表沙汰にしないことを訴えるが、それでは民が納得しないだろうとすぐにその選択肢を捨てた。

 ドレイクもしたように、女神リブを称える儀式の最中に糾弾する。厳かな開会の挨拶の最中、ごく自然に犯人を名指しする。


「……女神の名において、一連の騒動に終止符を打つ。ジュール、犯人であるお前の死をもって! 禁術で世界を混乱させた罪をここで償え!」


 隅のほうで大人しくしていたジュールは、特に動じた様子もない。むしろ大衆のほうが好き勝手言って騒いでいた。


「やっぱり……」

「王家の内輪もめかよ、巻き込むんじゃねえよ」

「いや、それでもルーサ様は我らのために奔走してくださった」

「あの少女もだ! 見たことある、お袋の病を治してくれた少女ではないか!?」

「あの二人は別だ!」


 細部は違ってもあの時のように、民はルーサの味方をしてくれた。ドレイクだから味方したのではないか、との不安をやっと払拭し、ルーサはジュールを追い詰める。


「兄上。……終わりです。花蓮、これを」


 あの時と違うのは、糾弾する人間と、浄化に少し戸惑う様子の花蓮。しかし大衆の視線の前で否と言うわけにもいかず、触れる。女神の姿が現われる。


 女神はルーサとアイコンタクトをすると、自分を苦しめた人間に呪いを返した。


『貴方が苦しめた人間の数に比べれば、二度の死など優しいもの』


 身体の内側から呪いで膨れ上がるジュールに、花蓮は見かねて駆け寄った。

 ルーサは止めなかった。ドレイクはあの時止めたが、花蓮は自爆するジュールを見てどれだけ傷ついたか知れない。好きにさせてやりたかった。

 花蓮が触れるとどんなものでも浄化される。ぼこぼこに膨らんだジュールすら戻ってしまう。民衆はざわざわしていた。さすが聖女様だ優しい、と肯定する者。犯人の肩を持つのか被害者の前で、と否定する者と二極化していた。どんな人間でも第三者を交えて罪を裁くのが平等というものだ、と後で民に伝える必要がありそうだ。


「何故助けた?」


 そのか細い声から察すると、ジュールは怒っているようだったし、悲しんでもいるようだった。俯いていてその表情は分からない。


「あんな死に方、あんまりだと思って、その」


 そう花蓮が言うと、ジュールは顔をあげて彼女を見た。能面のような、今の気持ちを察しづらい表情だった。


「お前は本当に……見たことの無い……」


 その声は酷く優しかったので、誰もがついに聖女の優しさに陥落したのだと思った。


「偽善者だな」


 吐き捨てるように彼は言った。


「助かったところでどうしろと?こんな事を引き起こした人間が死刑以外有り得ると思っているのか。どうせ死ぬなら、死刑台の上で苦しんで晒し者になって死ねということか!」

「私、私はただ、死んでほしくなくて、そんなこと思ってない。出来れば助かってほしかっただけなの」

「そうか、そうだな。お前の言うことなら民は聞くだろうな。犯罪人の恩赦だろうと。それに感激した私がお前達の信者になれば筋書き通りか? ……そんなものは、私の意地が許さない」


 ジュールはそう言うと、隠し持っていた短剣を我が身に突き刺した。再び観衆から悲鳴が漏れる中、張本人だけが、人を刺そうとした剣で自分を刺すはめになるなんてな、と運命の皮肉に笑っていた。霞みゆく視界の中で、呆然とするルーサと泣き喚く花蓮が見える。花蓮は涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠しもせず怪我を治そうと触れるが、呪詛の浄化専用の力しかないくせに、無意味なことをする。

 そんな醜く無様な姿を見ていると、何故かとても心が安らいだ。そういえばこいつの困った顔は嫌いではなかったと思う。わざわざ傷つけるようなことを言って予想通りに困る花蓮は、正直面白かった。最後の力を振り絞って、渾身の嫌味を言う。


「そうだ……その、顔だ……。お前は大嫌いだが、お前のその、絶望に歪んだ顔だけは、悪くない……。聖女様も自殺には無力だな、ハハッ。認められた人間の、悔しそう表情、冥土の土産に丁度いい……な」


 世界を混乱に陥れた犯人はこうして死んだ。その死因が自殺だったことは、何年経ってもちょっとした論争になった。



 ともあれ、こうして世界は再び平穏を取り戻した。あの時と違い、解決に走り回った自分を誰もが後継者として認めている。そして花蓮も、きっと自分を嫌いではない、はずだ。

 あちこち歩き回った名残で、今も暇さえあれば城内を歩き回る花蓮。彼女を探して歩き回ると、メイド達から親しげに話しかけられる。


「きゃっ、ルーサ様じゃないですか。もういらっしゃるなら一言お願いします。片付いていないところを見られるなんて恥ずかしい」

「あらルーサ様、お散歩ですか? では帰る頃に冷たいお飲み物を用意して待ってますね」

「ルーサ様、私達いつでもお相手しますよ? 何せ世界を救った英雄ですもの。うふふ。あ、ただの話し相手ですからね? カレン様一筋なのは誰もが知ってることですし」


 あからさまに邪魔者扱いされた前と違って、この和やかな空気。もう誰も花蓮と僕を邪魔する者はない。あのドレイクも、ジュールの件が片付くと同時に姿を消してしまった。少し罪悪感がするが、構うものか。これは女神の意思でもある。僕とリュシィに恩情をくださった女神の。

 ドレイクの失踪と同時に、僕はリュシィは末期の病であることを知った。見舞いに行くと、彼女は枯れ木のような腕で感激に咽び泣いた。


『ご立派な姿で……良かった。巷の評判を聞きましたか? ルーサ様の未来に何の心配もありませんね。こんな状態で逝けるなんてむしろ幸福です。これでルーサ様に何か問題があったりしたら、私、死んでも死に切れないところでした』


 前回城に顔を出さなかったのはそういう訳だったらしい。ドレイクを思うとわく罪悪感も、リュシィを思えば相殺される。

 僕は何も、間違ってない。きっと……。


 そしてあとは誰もが認められた英雄が、誰もが認めた聖女にプロポーズしてこの幕は下りる、探し回ったすえに、ようやく中庭にいた花蓮を見つける。


「花蓮」

「あ、ルーサ様。こんにちは。今日はどうされました?」

「君こそ、何だかボーッとしていたようだけど」

「今日は暖かいですから、日向ぼっこです」

「……おばあちゃんみたいなこと言うね」

「!!! 花の十六歳に向かって酷いです!」

「ごめんごめん。これをあげるから許してくれないかな?」

「えー、物で釣っちゃいます? よっぽどの物じゃないと釣られませんよって……」


 花蓮の世界でも、プロポーズは指輪を送るものだと聞いて心から良かったと思う。格好がつかないのは嫌だから。


「結婚してください。君がおばあさんになっても、一緒にいたい、です。駄目かな?」


 花蓮は感激で目を潤ませていた。その表情だけで充分だと思ったが、次の言葉でルーサは逆行の是非について一生考えるようになる。


「駄目だなんて。きっとどう転んでも、私はあなた以外なんて考えられない。つらい時に支えてくれたあなた以外なんて」

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