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フィアンセバトル  作者: きなこ
5章 フロード
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フロード2

 ふわふわとした気持ちで、ジェシカはへらへらと笑っていた。


「お姉さま。口元が緩んでいますわよ。みっともない」

 レティシアに言われて、ジェシカは慌てて口元を押さえた。


 今日も再びフロードと会った。そして今日も彼にキスをされたのだ。もっとも、唇にではなく額にだったのだが。


「……ねえ、レティ。キスってどんな感じなのかしら」

 レティシアは苦い顔をしてジェシカへと視線を向けた。その一言でジェシカが何をしているのか察したのだろう。


「まだ、ですわよね?」

 念を押すように尋ねられて、ジェシカはキャーキャーと声を上げながらテーブルをばんばんと叩いた。「まだ」なんて聞かれると照れてしまう。今のジェシカには相手がいるのだから、いずれは……


「……ところで、相手は誰ですの。まさか、カミル?」

 先日そのことでレティシアに相談していた事を思い出し、ジェシカは苦い顔をしながらそっぽを向いた。

「ふっ。情報が古いですわね。あんな意地悪な人、もうとっくに止めましたわ」

「なら、いいのですけれど……」


 心なしか安堵したような表情を見せるレティシア。ジェシカはおやっと眉を上げて、まじまじと彼女のことをみつめた。


「もしかして、あなた。カミルのことが好きなんですの?」

「……。よして下さい。私、そんなに趣味は悪くないですわ」

 それは彼を好きだったジェシカに対する挑戦状なのだろうか。まあ、ここはあえて気にしないことにして……


「じゃあ、どうして今ほっとしてましたの?」

「だってあの人、人をからかうためだったら何だってしますもの。お姉さまもキスをされて、その反応をからかわれたのかと思いましたわ」


 思い起こしてみればジェシカも指を舐められた。それよりも「お姉さまも」という彼女の言葉に気付いて尋ねてみる。


「もしかして、あなた、キス、されたのですわね?」

 不機嫌そうに眉を寄せるレティシア。

 それは悪戯云々ではなく、相手がレティシアだったからではないのか。今度カミルに聞いてみよう。ジェシカは密かにそんなことを考えてにやりと笑った。ちょっと前は彼のことが好きだったが、とっくに気持ちの切り替え

出来ているジェシカである。


「ねーねー。もしかして、口と口ですの~?」

 レティシアの反応から予想して尋ねてみると、彼女はじろりとこちらを睨んだ。ほぼ同時にジェシカの目の前に置いてあるクッキーが真っ二つに割れる。

 背筋が寒くなるのを感じながら、ジェシカは乾いた笑みを浮かべた。


「そんなわけ、ありません」

 彼女はそっぽを向いて、読んでいた本を片手に部屋から出ていってしまった。


「あら、まあ。もしかすると、もしかして、もしかしてたりして」

 なにやらよく分からない呟きを漏らしながら、ジェシカは教師がいなくなってどうしようもなくなった刺繍中のハンカチを見つめた。




 翌日。

「孤児院にカミルは来ているかしら?」

 前を歩いているデュークに尋ねてみると、彼はさあと首を傾げた。今日はフロードと約束が入っていないので、孤児院にでも行こうと思っていたのだ。そのついでにレティシアの話の真相も聞きたいと思っていた。


 鼻歌を歌いながら浮かれた気分でステップを踏む。

「……二股は良くないと思いますよ」

 どこか棘のあるシーガルの言葉。ジェシカは唇を尖らせてシーガルを睨む。


「どういう意味ですの?」

「今、好きな人がいるのに、カミルにも未練があるんですか?」

「……デューク?」


 据わった目でデュークを睨むと、彼はジェシカに背を向けた。つまり、情報の出所は彼なのだろう。

 ジェシカはため息をつきながらシーガルの方へ視線をやった。


「シーガルには関係ないでしょ? 私が誰を好きになろうと、私の勝手ですもの」

「ええ。そうですよね。……失礼しました」


 最近、シーガルとは何故かこんなとげとげしい言葉のやりとりばかりになってしまう。口を尖らせてシーガルを見上げるが、彼はジェシカのことなどまるで見ていない。


「俺、カミルの家に寄って来ます」

 それだけを言って、シーガルは走っていった。

 その後ろ姿を睨み付けるジェシカ。


「何なんですのっ、シーガルは。最近、すぐに絡んでくるし!」

「拗ねてるだけですよ。だから、姫さんも逆なでさせるような事は言わないで下さい」

「私、何かしました?」


 デュークは首を捻りながら面倒くさそうに頭をかいた。

「可愛がっていた飼い犬が、自分以外の奴に懐いてしまったと言う感じですよ」

「はい?」

 全く意味が分からずに聞き返してみると、デュークは肩をすくめた。


「今までは何かあると真っ先にシーガルを頼っていたのに、カミルとのことで姫さんはシーガルに何も言わなかったでしょう。だから、少し拗ねているんですよ。あなたも、何かにつけて『シーガルには関係ない』を連呼してますから、ね」


 不思議そうにジェシカはデュークのことを見上げた。

 確かにあの時はシーガルには何も言っていなかった。だがそれはシーガルが風邪で寝込んでいたからである。意図して黙っていた訳ではなく、シーガルが気付いていなかっただけで……。


 ふと、思い立って尋ねてみる。


「そういえば、どうしてあなたは知っていたんですの?」

「あなたが泣きながら騎士団本部を訪れたとき、居留守を使っていましたから」


 さらりと言ってのけるデュークを呆れながら見上げるジェシカ。普通そういうことは隠しておく物ではないのだろうか……

「面倒だったから、キャメロンさんを出したんですね」

 デュークは無言で頷いた。素直に肯定されると、咎める気も起きなくなってしまう。

 まあいいかと、ジェシカは細かいことは気にせずに、孤児院に向かって歩き出した。




    *     *     *



 睨むような視線を感じ、カミルは苦い顔をしながら息を吐いた。


「おい」


 低い声を出してみると、隣を歩いていた黒いマントを身に纏った男、つまりはシーガルが半開きだった目をちゃんと開ける。


「言いたいことがあるなら言えよ」

「別に、何もないけど……」

 苛々としながらカミルは帽子に手をやった。その顔が何でもない顔かよっ、胸中で吐き捨て目を伏せる。


 それからしばらくして、シーガルは唐突に妙な質問をぶつけてくる。

「おまえ、ジェシカ様のことどう思ってる?」


 一瞬の間。


 ワンテンポ遅れて、カミルはそれがどういう意図の含まれた質問であるかを理解した。

「べつに、どうとも」


 この手の話は苦手である。実のところ、彼女のことは嫌いではない。むしろ好きという感情に近かったが、恋愛対象としてみるには何か少し足りなかった。第一、相手はカミルの嫌いな『お姫さま』だったし……と、過ぎたことはどうでも良いとして。


「なんでおまえがそんなことを気にしてるんだよ」

 逆に問い返してみる。少なくとも、ジェシカとカミルの間では決着の付いた話であるのに。


 シーガルは難しい顔のまま、恨みがましそうな瞳をカミルに向けた。

「べつに」

 べつにと言う顔ではないだろう、と思いながらも言葉を控える。不機嫌な魔法使いには近寄るべからず。それはカミルがこの十六年という長いようで短い人生で学んだ教訓である。それを教えてくれたのは誰とは言わないが、某幼なじみや、某お姫さまであるが。


 目の前を長身の男が通っていく。何となくカミルはそれを見上げた。赤毛のその男は軽そうな感じではあるが、整った顔立ちは女受けが良いだろう。腕を組んで歩いている連れの女の子はなかなか美人である。


「あ……」

 間の抜けたシーガルの声に横を向く。彼はあんぐりと口を開けて、間抜け顔を際立たせて赤毛の男を見つめていた。かと思えば、一転して怒ったような顔になり、カミルの襟首を引っ張る。


「今の男、ジェシカ様が好きな奴だ」

 もう次がいるのかよ、と、安心したような、少し呆れたような複雑な面もちで赤毛の男を見た。


「何で別の女の人と歩いてるんだよっ。あの人、ジェシカ様に好きだって言ってたって……」

「ああ?」


 訝しげな面もちで赤毛男を観察する。どう見てもあの二人は恋人同士。加えて男の人相占いをするならば、『女癖の悪そうな奴』である。


「二股かけられてるんじゃねえの?」

 率直なその意見を聞いてシーガルは手に力を込めた。首が絞められて苦しい……

 かと思えば、シーガルは慌てたそぶりで手を離し、体を起こす。


「そうだ、ジェシカ様に教えてあげないとっ」

 そう呟いて彼は走っていった。なんとなくそれを見送るカミル。一瞬家に帰ろうかも思ったが、おもしろそうだったのでシーガルの後を追いかけてみた。




 ジェシカはデュークと道を歩いていたようだ。


 カミルが駆けつけた時、ジェシカとシーガルは言い争いをしていた。シーガルの言葉をジェシカが信じていないのだろう。


「フロードさんはそんな人ではありませんわっ」

「でも、俺はこの目で見たんですってば」

「だいたい、どうしてあなたがフロードさんの顔を知っているんですのっ」

「それは……、心配だったからあとをつけたことがあって……」


 後ろめたいのか、しどろもどろと言う。

 ジェシカは眉をつり上げて、シーガルに詰め寄った。


「人のあとをつけるなんて。シーガルのスケベっ」

 ショックを受けたような顔をして硬直するシーガル。

 シーガルの行為はその役目から考えると彼を非難できる物ではない。傍観を決め込んでいたカミルだが、さすがにシーガルが哀れに思えてきて、口を挟んだ。


「シーガルが言うことは本当だぜ。ま、俺はそいつの顔は知らないけど」

 ジェシカが勢いよくこちらを向いた。不安そうで、それでいて疑うような眼差しである。


「現場を押さえてみるか?」

 彼女は勢いよく頷いた。フロードのことを信じているのだろう。


「俺の言うことは信じないのに、カミルの言うことなら信じるんですね」

 恨みがましそうな視線をカミルに向けながら、シーガルがぼそりと呟く。カミルはそんな視線を感じながら、「どうして俺を睨むんだよ」と胸中でぼやいていた。


 ジェシカは聞いているのかいないのか、すでに歩き始めていた。



     *     *     *



 シーガル達に案内された場所は、小さいがなかなかお洒落な感じの喫茶店。カミルに聞いたところによると、ここも、ジェシカとフロードが会うのによく使っている場所も、恋人達に人気のある店らしい。


 ジェシカはデュークの影に隠れるようにして、こっそりと窓から中を覗いた。

 そこには確かにフロードの姿があった。しかもシーガル達の話通り女の子連れだ。


「そ、そんな……」

 ショックを受けながらデュークのマントにしがみつく。彼は迷惑そうな顔をしているが、そんなことは気にしない。


 いや。しかし、まだ恋人と決まったわけではない、と思いながら彼らのことを観察していると、彼は熱っぽい眼差しで向かいに座っている女の子の手を取り、キスをした。

 頭を殴られたような衝撃を受けながらデュークに寄りかかる。


「ジェシカとあの子とどっちが本命だと思う?」

「探せば、あと何人か出てくるかも知れないな」


 のんきなカミルとデュークの会話を聞きながら、ジェシカは泣き出した。




「あ~ん。酷いですわ~」

 城に連れ戻されたジェシカは自室でわんわん泣いていた。シーガルとデュークという二人のお守り以外にレティシアとカミルもそこに居合わせていた。


「お姉さまの人を見る目がないのですわ」

 冷たく、レティシアはそう言った。


「そんなこと言ったって……」

 ますます酷く泣きじゃくるジェシカを見て、レティシアは大きなため息をついた。


「ま、ジェシカに対してはまだ何も手を出していねえのが、幸いだったんじゃん」

「そうですわね。これで、その人の子供をお姉さまが孕んでいたなんて話でしたら、洒落にもなりませんでしたけれど」


 カミルとレティシア、そしてデュークはうんうんと頷いた。つまり、変な男に引っかかったジェシカが悪いとばかりに。


 それじゃあ自分のこの気持ちはどうなるんだと反論してやりたかったが、言葉が出てこない。はじめて自分を好きだと言ってくれる人に出会ったのに。


「でも、彼に罪がない訳じゃないですよ」

 シーガルのその言葉に、ジェシカは彼のことを見上げた。

 彼は心配そうにジェシカのことを見ていた。ここ数日のつんけんしたシーガルではなく、いつもの優しいシーガルである。ジェシカが泣きながらシーガルの腕にすがりつくと、彼は優しくジェシカの頭を撫でてくれる。


「そうは言いますけれど、その人は女の人からお金をだまし取っているわけでもないのでしょう? 別に法を犯している訳ではないので、こちらからは何も手出しは出来ませんわよ」

「でもっ、乙女の純情を弄んでいますもの!」


 そんな怒鳴り声に、レティシアはやれやれと言った面もちでため息をついた。


「でしたら、お姉さまが逆にその方を惚れさせてやれば良いんですわよ。それで、軽くふってやれば、復讐になりますわ」

「そんなの、無理に決まってるじゃねえか」


 即座に否定をするカミルの言葉にデュークが頷く。レティシア自身でさえも、それが無理だと言うことは承知しているようで苦笑を漏らしている。ずいぶんと気の合う三人である。


「レティ! 私の代わりにあなたがやりなさいっ。私よりも美少女なんだから、出来るでしょ?!」

「それも無理だと思うぜ? こっちのお姫さんだって、恋愛の駆け引きに慣れてるわけねえんだから。ミイラ取りがミイラになるか、逆に途中でぶちきれてお尋ね者になるかのどっちかだね~」


 レティシアは睨むようにカミルを見ているが、彼は気付かないふりをして口元に笑みを浮かべている。


「それじゃあ、こんなのはどうです? 美人で口もうまい人物に、口説かせてみるというのは……」

 どことなく上擦ったシーガルの声。

「声と骨格くらいなら、魔法でごまかせますからね」


 物騒な表情で無理矢理笑みを作っているシーガルを、ジェシカは不思議な物を見るかのように眺めていた。

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