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フィアンセバトル  作者: きなこ
5章 フロード
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フロード3

 ジェシカ達、いつもの三人は騎士団本部を訪れていた。

 本部の個室に呼び出されたのは、キャメロン。


「……話は分かりましたが、どうして僕なんです?」


 にっこりと微笑みながら彼はシーガルへ視線をやった。顔は微笑みを形作っているはずなのに、何故か彼を見ていると背筋を汗が伝っていく。ジェシカは思わず彼から視線をそらした。


「美人で恋愛慣れしている女の人が知り合いにいれば良かったんだけど、あいにくと……」

 シーガルは殺気を感じたのか、逃げ腰になりながら引きつった笑みを浮かべている。


 じりじりと後退していくシーガル。彼は壁際にまで追いつめられ、逃げ場を失って上体をのけぞらせる。


「キャメロンさんって、怒らすと怖そうですわね」

「あいつ、女顔って言われることが一番嫌いなんですよ」


 事の発端となったお姫様はのんきにシーガルの危機を見つめていた。


 キャメロンはシーガル達が持ってきた女装セットをしげしげとながめ、その物騒な瞳をシーガルに向ける。そして両手でシーガルの頬を挟んで目を細めた。


「よく見ると、なかなか可愛い顔立ちですね」

 シーガルは真っ青になってふるふると首を振っている。


 キャメロンは微笑みながら、手をシーガルの喉に当て、さらに肩に下ろし、ゆっくりと目を伏せた。そしておもむろに女装セットの中身を取り出し、カツラをかぶせる。

 キャメロンが撫でていた金髪のカツラが一瞬にして黒く染まる。

 続いて彼はシーガルの顔に化粧を施していった。何故彼が化粧の仕方を知っているのか、不思議である。


「はい、できあがりです。田舎から出てきた可愛い女の子という感じでしょう?」

 キャメロンは不気味な微笑みを浮かべながらシーガルの体をジェシカ達の方に向け、ピンクのワンピースをあてがう。彼の言うとおり、シーガルはどこから見ても女の子だった。しかも、なかなか可愛い。


 ジェシカは思わず吹き出し、腹を抱えて笑い出した。デュークも壁の方を向いて肩を震わせている。


 女装したシーガルは鏡を見ながら呆然としていた。

 彼はもともとキャメロンと同じくらいの身長だったはずなのに、何故か彼よりも低く見える。


「魔法を利用した、ちょっとした細工です。像を歪めて錯覚を起こしているんですよ」

 そう説明をしながら彼はシーガルの頭を叩く。ぽんぽんと音はするのに、キャメロンの手はシーガルの頭から少し離れたところで止まっていた。


「な、なんで俺がっ」

 必死で訴えたシーガルの声は女性の声音だった。声を出した当人が一番驚いて、彼は自分の喉を押さえて狼狽えている。


 ジェシカは笑い止まずに壁をばしばしと叩いた。

「ほら。これで僕じゃなくても立派に身代わりは立てられるじゃないですか。……可愛いですよ、シーガル」

 邪気のない笑みを浮かべながら、キャメロンはシーガルの肩をぽんぽんと叩く。


 シーガルは瞬時に青ざめて、引きつった笑みを浮かべた。



     *



 キャメロンの指示で、ジェシカは今日もフロードとデートをしていた。何も気付かない振りをして接しろと言われても、ジェシカはそんな器用な質ではない。どう振る舞って良いのか分からないでいた。


「どうかしましたか? 今日は様子が変ですが……」

 心配そうなフロードに瞳をのぞき込まれて、それが偽りだと分かっていても、ついつい赤面してしまうジェシカである。


「あの、少し緊張してしまって……」


 適当な言い訳を疑っていないのか、彼はにこりと笑ってジェシカの手に自分の手を重ねる。彼の手のぬくもりを感じ、ドキリとしながら視線を上げると、そこにあるのは魅惑的なフロードの顔。彼はジェシカに顔を近づけてくる。それが女性を騙しているものと分かっていても、ついつい雰囲気に飲まれて目を閉じてしまうジェシカ。



「あら、ジェシカさん?」


 女性にしては少々低めの落ち着いた声音。唐突に名前を呼ばれたジェシカは呪縛が解かれたかのように体を動かして、横を向いた。


 そこにいたのは金髪の美女だった。長いまつげの大きな碧色の目が、ジェシカの瞳と合うと悪戯っぽく細められた。


「キャ、キャ……」

 その美女は、キャメロンに他ならない。彼は元々の素材が男性にしては女性的で綺麗だった。陶磁のようなきめ細やかで真っ白な肌も、大きな瞳も、柔らかそうな金髪も。それが化粧をされることで、ジェシカが今までこんな会ったことなどないほどの美女に進化を遂げている。


 てっきりシーガルが来ると思っていたジェシカは狼狽えながらまじまじと彼女、もとい彼を見つめた。


 ふと思い立ってフロードの事を盗み見してみると、彼はキャメロンの登場に驚愕している様であった。言葉を忘れてじっとキャメロンのことを凝視している。


「あら、どちら様かしら。はじめまして、私、キャ、……キャロルと申します。ジェシカさんの友人です」

 にっこりと微笑みながら、彼はフロードにそう自己紹介をした。


 彼はジェシカを間に挟んで親しげにフロードと話を始めた。その話し方や仕草と言ったら完璧な女性である。シーガルでは外見はごまかせても、喋っていればぼろが出てしまうだろうに、キャメロンはある意味ジェシカよりも女性らしく振舞っていた。


「お二人とも、本当にお綺麗ですね。まるで下界に舞い降りた天使と話をしているようですよ。そうして並んでいると、とても絵になる」


 頬を紅潮させながらフロードはジェシカとキャメロンを見て、微笑む。

 お世辞を言われ慣れていないジェシカは頬を染めて俯いた。キャメロンと一緒というのも、なかなか複雑な心境であるが。


「嫌ですわ。フロードさんったら。お上手なんですから」

 キャメロンはころころと笑い、口元を手で押さえる。女性っぽいしぐさが違和感がないからまた怖い。


「フロードさんこそ、とても素敵ですね。お話もお上手ですし。さぞかし女の方にもてるんでしょう?」

「いいえ。そんなことはありませんよ」


 余裕の微笑みでさっとかわすフロード。キャメロンはにこにこと微笑みながら、微かに目を細めた。漂う色香にぞくっとジェシカの背筋が寒くなる。ジェシカが男だったら多分惑われているだろう。

 こっそりとフロードを盗み見してみると、彼は微笑んでいるだけで、特に特別な反応をしているわけではない。

 女の自分でもキャメロンの色香に参っているのに、なかなかやる。そんなことを思いながら、ジェシカは頭を冷やすため、自分の額に手を当てた。ひんやりと冷たい感触が心地良い。


 しばらくの間ぼんやりと二人の会話を聞いていたジェシカであるが、キャメロンが席を立ったため、驚いて顔を上げた。


「ごめんなさいね、ジェシカさん。デートのお邪魔をしてしまったみたいで」


 そんな感じで適当な別れの言葉を述べて、彼はこの場から去っていってしまった。


 取り残されたジェシカは狼狽えながらキャメロンの後ろ姿を見つめていた。彼は一体何をしに来たのだろう? そもそもこの後は一体どうすればいいのだろうか。


「どうかしましたか、ジェシカさん?」

 フロードに声をかけられて、ジェシカは慌てて振り返った。

「あの、ごめんなさい。……キャ、ロルさんってとてもお綺麗でしょ? だから、ちょっと嫉妬をしていましたの」

 しどろもどろと言い訳をすると、彼は魅惑的な微笑みでジェシカの瞳をのぞき込んできた。


「確かに、彼女は魅力的な女性ですね。でも、私にはあなたの方が愛おしく感じられますよ、ジェシカさん」

 そんなことを言われて、ジェシカは騙されているのもいいかも、なんて少しだけ思ってしまった。




 フロードと別れて道を歩いていると、途中でシーガルの出迎えがあった。彼は少しだけ機嫌が悪そうな顔をしている。

「ダメじゃないですか、ジェシカ様。向こうのペースに乗せられていますよ」

 ジェシカはぺろっと舌を出した。


「だって、美しい~とか、可愛らしいなんて言われますと、ドキドキしちゃうんですもの。今まで私の周りにはそう言ってくださる人なんていませんでしたし」


 もちろん、今話しているシーガルもしかり、だ。

 また社交界の場などではたいていジェシカの隣にはレティシアがいるので、容姿に対する賛辞は全て美少女である妹の方に集中し、最後に取ってつけられたように「ジェシカ様はお元気そうで何よりです」なんて挨拶をされる。


「……でも、これ以上惚れないでくださいよ。あの人は、女の人に対してはみんなああなんでしょうから」

 ぐさりと胸に突き刺さるその言葉。それは分かっている。ジェシカを賛辞する言葉は、全て口説き文句だということも分かっているが。


「……誰かに可愛いって言われてみたいですわ。はぁ」

「ご機嫌伺いの言葉とかでいいなら、俺が言ってあげますよ」


 何となく足を止める。不思議そうな面もちでシーガルは振り向き、少しだけ表情を陰らせる。


「やっぱり、俺じゃダメですか?」

 ジェシカは慌てて首を振り、期待に満ちあふれた眼差しでシーガルのことを見上げた。


「言って下さい」

 にっこりと微笑むと、彼はじっとジェシカの事を見て、微かに頬を染めてごくりと唾を飲む。

「えっと……」

 沈黙したまま、二人は見つめ合っていた。


 しかししばしの間の後、彼はうなだれて首を振る。


「意外と、難しい物なんですね……」

 ジェシカは肩を竦めた。まあ、そんな物だろうと心の中でため息をつく。

 と、突然シーガルの後ろに絶世の美女が現れ、にこりと微笑みながらジェシカの瞳を真っ直ぐに見つめてきた。


「こんにちは、ジェシカ姫。今日のあなたも可愛いですね。……なんて言うと、ご機嫌伺いではなくて、口説き文句になります?」

 シーガルが言えなかった「可愛い」というセリフをさらりと言ってのけ、キャメロンは愛嬌のある笑みを浮かべた。


 苦い顔をしているシーガルの肩をぽんぽんと叩く彼は、意味ありげな視線をシーガルに向けている。


「キャメロンさん。フロードさんは、全然普通でしたわよ。それなのに、さっさと帰ってしまうんですもの」

 先ほどの事を思い出しながらジェシカが咎めるように言うと、彼は癖のある笑みを浮かべた。


「ああ、大丈夫です。三日後に会う約束をしましたから」

「へ?」


 ジェシカは素っ頓狂な声を出した。ジェシカはずっとキャメロンと一緒にいたが、そんな約束をしている現場は目撃できなかった。


「途中で『三日後にここで会いませんか?』と記されたメモを渡してみたら、彼は僕の方を見て頷いてくれました。……さすがに、ジェシカ様と話している最中に、他の女の子を口説く真似はしないですよね」


 目を白黒させるジェシカ。この人は一体何者なのだろうかと疑ってしまう。

「まあ、当日のお楽しみですよ」

 彼は何を企んでいるのか、怪しげな笑みを浮かべながらそう言った。




 そしてその約束の日。

 ジェシカは帽子をかぶり、眼鏡をかけていた。変装とくればこんな物である、というのが彼女の認識である。ハッキリ言って胡散臭いだけであるが、お姫様は気付いていない。お目付役二人もいちいちそんなことは指摘しない。


 フロードは窓際のテーブルに座っていた。丁度そこから死角になる位置を陣取っているジェシカ達だが、なかなかキャメロンは現れない。


 約束の時間から十分ほどたった頃、ようやくキャメロンは現れた。


「ごめんなさい。こちらから呼び出したのに、遅れてしまって」

「いえ、今来たところですから」


 やや慌てたようなそぶりで入ってくるキャメロン。フロードは余裕の見える表情で立ち上がった。キャメロンが来てくれたことを喜んでいるようだ。

 騙されているとは分かっていても、目の前で別の女性……この場合は男性だが、を口説こうとする姿を見るのは腹立たしい物だ。


 キャメロンはわざわざ作ってきたらしいお菓子をフロードに渡し、家庭的という所をアピールしている。


「ごめんなさい。あなたがジェシカさんとおつき合いしているという事は知っていたのに、少しお話がしてみたくて」

「いいえ。あなたのような素敵な女性のお誘いなら、大歓迎ですよ」


 二人は見つめ合い、穏やかに微笑みあう。

 仲睦まじそうに他愛のない互いの話しているキャメロンとフロード。言葉を交わしている二人を見ていると、ジェシカは頭が痛くなってきた。端から見ると仲睦まじい恋人同士の逢瀬なのかも知れないが、見た目はどうであれ、両方とも男なのだ。


  キャメロンは背もたれに寄りかかりながら手を重ね、上目遣いにフロードを見つめた。


「ジェシカさんはあの通り純粋な子ですから、どんな方とおつき合いしているか心配だったで、少し調べさせていただきましたの」

 フロードは少しだけ警戒したように目を細めていた。


「話に聞いていた以上に素敵な人ですのね。多くのお嬢さんが熱を上げるのもうなずけますわ。それだけおもてになるから、あなたもひとりでは物足りないのですね」

「何を言われているのかが分かりませんが」

「別に咎めに来たわけではありませんわ」


 さすがのフロードも戸惑ったように、言葉を詰まらせている。キャメロンはふと笑みを止めて、挑発するように目を細めてフロードを見やる。



 その瞳には魔力が込められているのではないかと疑いたくなるほどに、彼を見ていると鼓動が高鳴り頭がぼうっとしてくる。

 横を見ると、シーガルはなにやら複雑そうな顔をして、頬を染めていた。


「あいつ……絶対何か、魔法を使ってる……」

 頭を抱えながらシーガルは小声で唸った。


 不思議そうな顔をすると、彼は水の入ったコップで額を冷やしながらフロードを指さした。


「彼の表情、どこかうわの空ですよね……。多分、思考能力を低下させる魔法か、魅惑系の魔法を使っていますよ。さっきからキャメロンを見ていると頭がぼうっとしてくると思ったら、そう言うことだったのか……」


 ぶつぶつと呟いているシーガル。ジェシカには魔法のことは分からないが、その効果は実感していた。なぜなら、キャメロンから視線を外していると、不思議と意識がハッキリとしてきたのだから。

 どうして騎士団所属の男がこんな事まで出来るのだろうか。ジェシカは首を傾げながらうーんと唸った。


「あいつ、これがイ・ミュラー様にばれたら大目玉だぞ」

「この程度なら大丈夫だろう。それに、そもそもこの話を持ちかけたのはお前だし……」


 デュークから痛いつっこみを受けて、シーガルは渋面になりながらテーブルに突っ伏した。




「私、そんなあなたに興味を持っていますのよ」

 キャメロンは極上の微笑みを浮かべて、そう言った。

 フロードは熱に浮かされたような表情のままキャメロンの手を取る。


「あなたのような人に会ったのは初めてです……。私は……」

 言葉を続けようとするフロードの唇に人差し指を当て、キャメロンは妖艶な表情を作る。


「でも、私は自分ひとりを愛してくれる人以外とはつきあう気はありませんの。……自分でもおかしいくらい、矛盾していますわね」


 フロードは立ち上がり、キャメロンの手の甲に口づけをする。

「あなたが望むなら……私は全ての女性と縁を切っても良い……」

 満足そうに微笑むキャメロン。


 文字通り、フロードはキャメロンの術中にはまっていた。

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