松村と緑の魔法
ⅩⅢ 松村と緑の魔法
魔法の授業で松村に会うと、彼女は嬉しそうに頬を染めて報告した。
「タツヤを見つけたの」
「良かったね」
この人には、先のことは言わないでおこう。タツヤがおかしくなって記憶を消されるのは十年後だ。その間、二人で楽しくやればいいのだ。私が、この夏、タツヤと楽しく遊んだみたいに。
「でもね、ちょっと怪我してるの。あの時代って、物資が不足してるでしょ。良いお薬ないかな。こっちから持って行きたいんだけど……」
ひらめいた!これは、どんな罰を受けても、やる意味がある。
「松村さん。相談があるんやけど……」
次の日、静香が血相を変えて飛んで来た。
「綾乃ちゃん。あなた、とんでもないことしてくれたんですって?」
「何?」
「安本先生がお呼びよ。あっちのクラスで待ってるって」
もうばれたのだ。魔法使い社会はばれるのが早い。
「吉岡さん。やってくれましたね」
先生が言った。
「何のことでしょう?」
「松村さんです」
「彼女、どうかしましたか?」
「昨日の晩から、彼女に緑の能力が生じました」
「それが、何か?」
「あなたがやったんじゃないですか?」
「私、他人に能力を与える魔法は習ってません。それに、先生は魔法の能力の開花の最も遅い時期は十五歳前後で、ここ一、二年で能力の色数が増える生徒もいるとおっしゃいました。きっと、彼女もそのうちの一人だったんじゃないでしょうか」
先生はニコリと笑った。
「この場合の獲得目標は、タツヤの側にヒーリングの魔女を置くこと、ですね」
「どういう意味でしょう?」
「結構です。あなたは知らないでしょうが、魔法の能力の色数を増やすのは、魔法使いにとって永遠の欲望なのです。しかも、通常能力の魔法使いでは他人に能力を分け与えることはできません。他人に分け与えると、その人の能力が亡くなりますから。まれにお金に困って売る人もいますが、それは犯罪だとされています。でも、あなたの場合、緑の力も消えていませんね。いえ、むしろ、増えているようにも見えます。損得なしで、自分を犠牲にして行ったからでしょう。でも、軽々しくこういうことをしないように。でないと、能力を増やしたい馬鹿が大挙して押し寄せることになります」
知らなかった。私は、タツヤの側にいる松村にヒーリングの能力を身につけてもらいたかっただけなのだ。
『しゅけん』は居合わせた魔法使いから霊力を奪った。彼には力をやりとりする能力があったのだ。だったら、子孫の私も、力を与えることができるんじゃないかと思ったのだ。
呪文も何も知らないから、杖に祈った。そうして、杖に能力が宿るかも知れないから、と、杖ごと松村にあげたのだ。あれをくれたおばあちゃんには悪いけど、私もそろそろビート板――杖なしで魔法を使ってもいい頃だろう。
松村にヒーリングの力が宿った。あの魔法は成功したのだ。これで、タツヤのことは安心して委せられる。
「松村さんは、周りの羨望の的になっています。トラブルが生じるおそれがありますので、今後、別のクラスで授業を受けてもらうことになりました」
また一人、友達が減ったことを知った。
でも、これは私が望んだことだ。泣かない、と誓った。
廊下へ出ると三人組が待っていて、信じられない者を見るような目つきで私を見た。
「綾乃ちゃん、他人に新しい力を付与する魔法って、最も難しい魔法なのよ。そんなことができれば、魔法使いの一族が滅亡するって心配しなくていいでしょ?」
なるほど。この説明には説得力があった。
「全く、君は……大した人だ」
中島が感嘆の眼差しで言った。
気のせいか、静香との距離が広い。
この二人、喧嘩でもしてるんやろか?だったら、ヤバイ。なるべくこの二人に近寄らんようにしよ。
小西が、私の心を読んだのだろう。クスリと笑う。そうして、いつもの皮肉っぽい笑いを浮かべて言った。
「タツヤの側に緑の魔女を置きたかったんだろ?でも、また、友達が減ったじゃないか。お前、何やっても、友達が減る方向で動くんだなぁ。もっと、後のことを考えろ」
「仕方ないやん。そこまで、気ぃ回らんかったんや」
中島と小西が切なそうに私を見、私達の様子を見た静香が顔をそむけた。
久々の松村登場でした。いやあ、出番は少ないのですが、存在感のある人ですね。




