別れ(その8)
小西のターンです。
よく考えると、お前は小太郎の池にあんまり来なかった。どうして来ないのかなって思ってたんだけど……。
龍ってのは、一日一回、空を飛ぶ。だから、ここで待ってりゃ、タツヤが散歩に出るのが見れる。俺が、ちゃんとお前の頼みを聞いたって、証明になるだろ?」
軽く笑って、ウインクした。
暖かい春の日、小西と一緒に、四百三十年前の緑池で、ピクニックをした。
小西は、何もないところから、ハンバーガーやコーヒーを取り出した。ゴミだけは、ちゃんと持って帰らないと、魔法憲章第二条に違反し過ぎてばれるからな。そう言って片付ける。
「あのぬいぐるみ」
「?」
「お前が作ったんだって?」
私は、コクリと頷いた。
「龍っていうより、ワニやろ?」
「タツヤが言ってた。あの夏、これで随分遊んだって。あれ見て、あいつ、俺がお前に頼まれて来たんだって分かってくれたんだ」
一息ついて言った。
「俺、あれ、見たことなかった」
「あんた達のいない時に、遊んだから」
「タツヤが言ってた。あれ大きくして、龍が二匹だって遊んだんだって?」
「うん。楽しかったよ。宙に浮かべてね。タツヤと一緒に飛んだん」
「考えてみたら、俺達、お前を放ったらかしにしてたみたいだ。だから、この夏、お前が何してたかなんて知らなかったんだ」
「そんなことない。あんた達も、ときどき来てくれたし」
「なんであっちへ来なかったんだ?来れば良かったのに」
私は、軽く笑って言ってやった。
「あんた達、自分達を客観的に見たことある?」
「どういう意味だ?」
「あんた達は、あれなんや。ほら、よくあるやろ。発情期のオスがメスを取り合うの。あれや。だから、第三者は近寄れん」
「お前は魔女だ。しかも、第三者じゃない。お前が俺達のどっちかを選んでくれれば、丸く収まるのにって、シズが言ってた」
「シズ、優しいから……」
「俺も、カオルも、シズが駄目なら、お前でもって」
ふと、気が付いたのだろう。慌てて謝った。
「悪い。タツヤに怒られた。お前を滑り止めみたいに見てるって」
「いいんや。あんた、正直なだけや」
極力、小西を見ないようにして言った。
「でもね、シズにも言うたけど、私はどっちも選ばんし、滑り止めにもならん。私が先に選んだにしても、シズが先に選んだにしても、どっちにしても、私の相手になった方は、シズが良かったのにって、思うやろ?」
「そんなことない」
「ううん。あんた達は、そういう関係なんや。でな、そうなったら、私は、『さとり』や。相手がシズのことを思うとるのが分かるんや。シズのことを考えながら、私とデートしてくれる。それが、分かるんや。そんなん、嫌や」
小西が絶句した。藍の能力のある小西には、よく分かる説明だったのだろう。
「三人とも、好きやし……」
「それで、お前は、この夏、独りぼっちだったのか?達也とも別れた。魔法のクラスのせいで一般人の今井達とも付き合えない。それで、タツヤと一緒だったのか?俺は、お前がタツヤがいいから一緒なんだって、思ってた。逆だったんだ。タツヤしかいなかったんだ。だから、あいつ怒って、そんなくらいなら、お前を自分のものにするって……」
小西が自嘲的に笑った。
足下の草を引き抜いて、小さくちぎる。風に浮かべて、池へと飛ばす。風も草も操ることができるのだ。ちぎれた草が輪になって、踊りながら水面に落ちて行った。
「お前、そんなこと、自分で気付いたのか?」
「ううん。教えてくれる人がおった」
「誰だ?」
「ト、怒るから言わん」
「言わないなら、読む」
あまりの剣幕に、息を吐いて上目遣いで見た。
「怒らへん?」
「ああ」
「……垣内さん」
「何であいつがそんなこと言ったんだ?」
「魔法使いや魔女は誰も口に出して言わん。上品なんや。私の前で考えるだけや」
「同じことだ。お前の前で考えたら、口で非難するより効き目がある」
「ト、怒らんて言うた」
情けなそうに言うと、小西は憮然とした。
「彼女、あんたに告ったけど、断られたって。あんたが受け入れてくれへんのは、シズせいだけやなくて、私のせいでもあるって。シズが駄目なら私がいるって、あんたが考えてるから……だから、受け入れてもらえんのやて」
小西が、唖然として私を見た。
「私、知らんかった。魔法使いで二色も使うと、優秀なんやて?トもカも、三色も使うから、大したもんなんやって?」
「お前、七色使うじゃねえか。超すげえんだ」
「でね、垣内さんが言うには、トもカも、シズを追いかけてるけど、シズはカを選ぶだろうって。彼女、藍の力の苦しさ知らんから。シズが同じ力のあるあんたに独特の感情を持ってるのが分からんのや。だから、トに自分を受け入れて欲しいんやて。私が、シズを押しのけて、トに迫らんのなら……そこまで好きやないなら、どうせ、『さとり』で辛い思いするだけやから譲って欲しいって」
「それで、お前……遠慮したのか?」
「実際、押しのけるほど好きじゃないやろって言われたら、その通りやし……」
草を引きちぎりながら、呟いた。
「だから……龍が…良かったんやけど……」
「俺達が……邪魔をしたのか?」
小西の追求が息苦しくて、いい加減、こんな話はやめようと言おうとしたときだ。
池の水がゴボゴボと音を立てた。波立って盛り上がる。目を上げると、水しぶきとともに、一匹の龍が舞い上がった。タツヤだ。ゆったりと大らかな気配に満ちて、幸せそうに見えた。
続いて水が波立って、タツヤよりやや小ぶりの龍が飛び立った。何となく体の線が優しくて、明らかにタツヤのお嫁さんだった。
それから、もう一度、小さな水しぶきがあって、小さな可愛らしい龍が出て来た。タツヤの子だ。
三匹の龍は、仲良く並んで、楽しそうに体を絡ませたり、くねらせたりして、山の方へ飛んで行った。
「ト……おおきに」
私は、小西の背中に顔を押し付けて泣いた。嬉しくて涙が止まらなかった。
たまに、小西がかっこよく見えます。




