達也くんとの別れ(その2)
部室だった。静香と中島が鋭い目をして睨んでいた。
「ト!綾乃ちゃんをどこへ連れてったの?」
静香が激怒していた。この人がこんなに怒るのを見るのは初めてだ。
「別に。大した所じゃない。時間移動はしなかった。前に叱られたし」
「綾乃ちゃん。大丈夫?」
静香が心配そうに私の顔を覗き込む。静香は心を読むのだ。思わず、読まれたくない、と思った。静香が固まった。
「どうした?シズ」
中島が怪訝な顔をした。
「綾乃が……拒んだの。心に……ガードを掛けた」
中島だけじゃなく、小西まで驚愕に目を見張った。
「……大した人だ」
中島がため息をつく。
静香が小さな息を吐いて、一同に宣言した。
「安本先生には、私から報告するわ。とりあえず、授業に出掛けましょう」
安本先生は、私が小西の力を借りて、大阪へ達也くんに会いに行ったことを知っていた。授業の後で、二人に居残りを命じて事情を訊いたのだ。正確には、弁明させた。
弁明の機会を与えてくれるとは、魔法使いの学校もなかなかフェアなところだ、と妙な所で感心した。
「何で、そんな無茶なことしたの?下手をすると、魔法の存在を一般人の達也くんに知られる危険があったのよ?」
「私が魔法使いやなかったら、今でも達也くんと付き合ってられたんです。でも、達也くんから連絡がなくなって……前に電話で、心変わりしたって、あいつの心の声を聞いたけど、どうしても確かめたくて……それで、小西くんに頼んだんです」
「で、どうだった?」
「……やっぱり、魔法使いは恋愛に向いてへんみたいです」
「違うでしょ?一般人でも遠距離恋愛は壊れやすいの。でも、あなたの場合、恋愛するには、相手によっぽどの根性と愛情がないと難しいでしょうね。だって、そうでしょ?火の魔法、太陽の魔法、雷の魔法、木や草の魔法、水の魔法を使うし、読心術や時空旅行までこなせるのよ。下手に喧嘩したら、命の保障がないでしょ?一般人には、至難の業だわ。そうは思わない?」
「確かに……」
余りにも説得力があったので、思わず頷いてしまった。
納得したくない。でも、事実だ。前に、小西をやっつけたのだ。静香が止めなかったら、大怪我したか、下手すると、死んでたかもしれないのだ。
「悪いけど、達也くんには、そんな甲斐性も根性も無かったんでしょうね」
確かに、達也くんにそんな根性を求める方が無茶というものだ。でも、どうしてそう簡単に言い切るんだろう?
「それを見極めた誰かの仕業だと思えばいいでしょう」
「誰かが達也くんに美加に恋をするようにし向けたってことですか?」
「あなたは頭がいいわ」
安本先生はニコリと笑った。
「辛いでしょうが、あなたと達也くんにとっては良かったのよ」
そう言うと、大きなマグカップに緑色の液体を注いでくれた。
「私は、緑のヒーリングの魔法を使うの。元気が出るわ。お飲みなさい。
小西くんも、あんまり吉岡さんに入れ込みすぎないの。無茶が過ぎると仮免許が下りなくなりますよ。それに、この人は、じきにあなたを追い越す人よ」
「そのようです。さっき、シズが心を読もうとして拒否されたって言ってました」
「そう。少しずつ覚醒してるみたいね」
そう言うと、小西にも緑色の液体を渡した。
「先生、仮免許って何ですか?」
マグカップを手に尋ねた。
「魔法は、本来二十歳にならないと使っちゃいけないの。でも、高校を卒業すると、担任――あなたの場合は私ね――の使用許可があれば、使うことができます。いわゆる、二十歳までの仮免許です。あなたも早く力を制御できるようにならないと、仮免許が下りませんよ」
安本先生が優しく微笑んだ。
緑色の液体は、甘酸っぱくて良い香りがした。
その日の晩、達也くんから電話があった。
「綾乃。昼間、お前の夢見た(達也くんは、えらいリアルな白昼夢だと思ってた)。お前、泣いてた。悪かった。もっと早う連絡すべきやった。でも、お前が悪いわけやないし、言い出せへんかった」
「うん」
「俺、今、美加と付き合ってる。俺、甘えたやろ?そやから、彼女には側にいて欲しいんや。お前のせいやない。俺が悪いんや。許して欲しい」
「……分かった」
「すまん」
終わった。達也くんとのことが終わってしまった。でも、こうしないといけないことだったのだ。
安本先生の「あなたの場合、恋愛するには、相手によっぽどの根性と愛情がないと難しいの」という言葉が頭の中を駆け回った。情けなくて涙が出た。
でも、誰も悪くないのだ。これは、私の個性なのだ。
世の中には、足の速い人、歌の上手い人、勉強のできる人、いろんな個性の人がいる。でも、私の個性はとてつもなく強烈で、しかも、自分でも、まだ、その力を制御しきれていない。少なくとも、全ての力を制御できるようにならないと、まともに他人と付き合えない。
頑張って勉強しよう、と思った。
十時頃、オカンから電話があった。両親の背信行為に腹を立て、コレクトコールの国際電話で一時間以上怒鳴り倒して以来、初めての電話だ。
「達也くんに振られたんやって?」
「誰に聞いたん?」
「おばあちゃん」
「そう」
「初恋は成就しいひんもんや。気にせんとき」
「オカンは気楽でいいねえ。こっちは大変やのに」
「そう?ダーリンも、あんたのこと心配してるんよ。いろんな意味でパワフルな娘やし」
「それって娘に向かっていう台詞?」
あんなに罵倒したのに忘れてしまったのだろうか。オカンは、いつもどおりだった。その、いつもどおりの非常識さが妙に嬉しかった。
恋人だった達也くんと別れました。初恋は実らないものなんです。




