小太郎(その2)
毎日雨が降ってる。私の心のように、空も泣いていた。
こっちでできた友人、つまり、今井恭子、小林真美、長野貞子といった魔法を使わない一般人とは、魔法を学ぶにつれて疎遠なった。
っていうか、魔法のことを内緒にしなくちゃならないと思うと、必要以上に親密になっちゃいけないことに気付いたのだ。
向こうも、私のことを静香や中島の仲間として認識するようになって、距離を置くようになった。
後から来て静香達有名人と仲良くする私が羨ましいのだろう。あこがれの面々と対等に付き合う私に対するヤッカミというか妬みのような感情も見え隠れしてうんざりした。
好きであんなヤツ等と付き合ってるんとちゃう!そう、叫びたい気分だ。
幸い、今井達は人が良いので、嫌がらせをされたりいじめられたりすることはなかったけど……。
仕方がない。この程度ですんで良かった。と思うことにした。そうするしかないのだから。
大阪の達也くんの方は、電話やメールがだんだん減っている。去る者日々に疎しって、このことだ。面白くないけど、仕方がない。
達也くんにだって、魔法のことは内緒にしなくちゃならないのだから。うう、つらい。
美加とは、小学校、中学校と仲良しだった。私が、達也くんに告白するって言ったら、応援してくれた仲だ。
美加も達也くんのことが好きだったのだろうか。私が大阪にいなくなったので、二人は安心して(?)くっついたのだろうか。
どうして、大阪で頑張らなかったんだろう。一人暮らしでも何でもすれば良かった。あのまま大阪にいたら、こんなことにはならなかったのに。
騙したオカン達も悪いけど、騙されてこっちへ来た私も馬鹿だった。
でも、大阪にいても、こうなったのかもしれない。
一人、部室で悶々としていると、静香が嬉しそうに入って来た。
「綾乃ちゃん、遊びに行かない?」
「どこ行くん?」
こんな雨の中、どこへ行くのか興味が湧いた。今の私には、気分転換が必要だ。
「この前、小太郎が遊びに来たの。だから、今度は、こっちから会いに行くの」
「小太郎って?」
「トオルのペットみたいなものね。野生なの。梅雨時になると、遊びに来るの」
犬か何かだろか?でも、小太郎って、いやに野暮ったい名前をつけたもんだ。
「でね、去年、小太郎がお嫁さんを連れて来たの。で、その子は小太郎子って名前にしたの」
何という趣味の悪さ。小太郎の嫁が小太郎子。そのまんまだ。この非常識な三人組と付き合う可哀想な犬に同情した。
私は、この八方塞がりで単調な日々にうんざりしてたので、簡単に同意した。
中島と小西がレインコートを持って来てくれた。自分達のだけじゃなく、私と静香のものまで。相変わらず、フェミニストだ。
大阪じゃレインコートなんか着たことない。でも、この地方では雨が多いので、みんな持ってるのだ。私も、この前、おばあちゃんに買ってもらった。
紺色の地味なデザインでフードが付いてる結構いい値段がするやつだ。それを着て、傘もささずに出掛けるという。
「傘は邪魔だから」
小西が笑った。
「雨が降ると、お前は元気だな」
中島に言われて、小西が嬉しそうに答えた。
「だって、俺の色だから。シズだって、雨は好きだろう?」
「まあね」
静香は、否定も肯定もしない。
スカートは邪魔だから、と、静香に言われ、部室でジャージのパンツに着替えた。
その格好で、雨の中を行く。しばらく歩くと、裾が濡れて来た。どこだか知らないが、早いとこ着いて欲しい。
人気の無いところまで来ると、小西が杖を振って雨が止めた。
(おいおい、軽々しく魔法を使うのはヤバイんやない?)
「いいんだ。誰も気が付かない。質量保存の法則にも反しないんだ。今から一時間晴れさせて、後で一時間長く降らせればいい」
私の心の台詞に、小西が答えた。
(そういや、『さとり』ってお化けがいたっけ。何か考えたら、全部筒抜けになってしまうって)
何となく面白くなくて、わざと考えた。こうやって私が思うと、小西にとっては耳元で非難されるのと同じぐらいの効果があるはずだ。
小西が顔を歪めた。
しもた。やり過ぎや。
慌てて、とり繕おうと叫んだ。
「ト!口に出したことにだけ答えて!」
「いや、今のは顔に出てた。僕にも綾乃の考えてることぐらい分かった」
意外だった。中島が小西の味方したのだ。
こいつ等、グルだ。
「綾乃。お前、単純だから。別に心を読まなくても顔に出るんだ」
立ち直った小西が、澄まし顔で切って捨てた。
こんにゃろう!
三人で睨み合うと、静香が笑った。
「まあまあ、三人とも仲が良くて結構だわ」
「どこが?」
三者の声がシンクロした。
「遠いから」と、小西が杖を出してひょいと動かすと、一瞬で、山間の池のほとりに着いた。
「ここ、どこ?」
「場所は秘密。小太郎と小太郎子のスイートホームだ」
小西が嬉しそうに言って指笛を吹くと、池の水がごぼごぼと泡だって水面が激しく動いた。しばらくして、水を突き破って大きな生き物が出て来た。
「これって……」
呆然として口が利けない。
小西が手を振ると、大きな生き物が小西の体に頭をすり寄せた。長いひげがゆらゆら動いて、小西が優しく頭をたたく。
「小太郎。シズとカオルを連れて来た。こっちは綾乃。よろしくな。小太郎子はどこだ?」
小太郎と呼ばれた生き物が尻尾を水面に打ち付けると、再び水面が波打ち、もう一匹、同じような生き物が顔を出した。
「こ、これって……も、もしかして……り、龍?」
喘ぎながら、静香に訊いた。
「そうよ。青の魔法使いは龍を操るって言ったでしょ?小太郎は、トオルが小さい時から育てたから、ものすごく懐いてるの。小太郎子は小太郎のお嫁さん」
静香はそう言うと、小太郎子に手を上げて頭を撫でた。
「もしかして、シズ、小太郎子操るん?」
やっとの思いで訊くと、お気楽な小西が小太郎の背中に乗りながら答えた。
「ピンポン!綾乃ちゃんって飲み込み早いねえ。シズも青の魔法を使うから、小太郎子に会った時、私が友達になるって宣言したんだ」
「ちなみに、そん時、カはどう思ったん?」
「別に。シズが良いなら、それでいいかもって」
中島が他人事みたいに応える。
おいおい!何て野郎だ。これは、常識で考えて普通の展開じゃない。
私が文句を言おうとすると、小西が龍の背中から腕を伸ばした。
「綾乃。来いよ。小太郎が乗せてやるって。お前も青の魔女だ。龍には、親近感が湧くんだ」
こんなヤツに親近感湧いてもらっても嬉しくない!
ふと見ると、小太郎子には静香と中島が乗っている。
生来の負けん気がむらむらと湧いて、「乗せて!」と手を伸ばした。
龍の背中は気持ち良かった。たれ込めた雲の上を龍が体をくねらせて、悠然と飛ぶのだ。
雲海……。そういう言葉があったっけ。湿気を帯びた空気を切って、ゆったりと龍が飛ぶ。龍は慌てたりあせったりしない。自分のペースで下界を見下ろして、王者の風格を持って飛ぶのだ。
「雲の上を飛べば下の人間には見えないだろ?だから、丁度良いんだ」
小西が笑った。
こいつはこんな風に素直に笑うと、結構良いヤツなんだ。
おっかなびっくり小西の背中にしがみついていると、ふいに小西が振り返ってニヤリと笑った。
「綾乃。お前、胸、全然ないんだな。安心しろ。俺が妄想する時は、体だけ、グラビアに出てるナイスバディのお姉さんに代えておく」
「ト!手前ぇ!懲りずに、妄想なんかするんじゃねえ!」
思わず手が出て、小西の左の頬に赤々と手形がついた。私は掌に息を吹き掛けながら、冷たく言い放った。
「あんた、面の皮が厚いみたいや。手が痛いわ」
小太郎子の背中で腹を抱えて笑う静香を、背後から中島が愛おしげに抱きしめた。
「綾乃。お前のおかげでシズが明るくなった。カオルも喜んでる」
小西が頬を押さえながら、小さな声で言った。
いよいよ龍が出てきました。




