第七章 生ける守護神
「捨てていけ!」
叫んだ声はかすれていた。
「やつら血の匂いを追ってきてる、俺を捨てればお前らは助かる!」
「バカ野郎、そんなことできるか!」
肩を貸す仲間に叫び返される。だが、その肩を貸す腕も小刻みに震え始めていた。
足からは血があふれている。引きずるたびにぼたぼたとたれ、くらくらとめまいまでし始めていた。
「だめ、追い付かれる——!」
一緒に走っていたもう一人の仲間が悲鳴を上げる。なんとか二人を突き飛ばして距離を稼がせようとしたところで——怒号に近い叫び声が響き渡った。
「要救助者発見! 3名うち1名は足を負傷!」
「敵の種類はワイルドウルフ! エルダー種の存在は確認できず!」
「盾班・槍班前へ! 負傷者と敵との間に割り込んで視界をふさげ!」
赤と銀で統一された装備の一部隊が、とびかかってきたワイルドウルフの一匹を弾き飛ばした。
悲鳴を上げて転がる茶色い体。すぐに立ち上がったその一匹も、追い付いてきた仲間とともに唸り声をあげているのが分かる。
「あ、あんたたち……」
驚いて顔を上げると、膝をついた一人が叫んだ。
「話はあとだ。槍班は牽制を優先、盾班とともにしんがりを務めろ! 担架用意、医術班止血急げ!」
けたたましいワイルドウルフの吠える声とその悲鳴。振り返っても構えられた盾はびくともしない。そうこうしているうちに医術班と呼ばれた人々が傷を負った足に簡易回復術と止血を施していく。
「……救援隊……」
呆けた声で仲間がうめく。
ヘルヘイム救援隊。
それは、ヘルヘイム上層において、冒険者たちは彼らをこう呼ぶ。
——生ける守護神。
◆ ◆ ◆
ガッシュとユリウスがその影を見たのは、ヘルヘイムの上層、入り口近くのことだった。
「ヴァルター隊長、要救助者の救出完了いたしました!」
「意識は」
「全員意識あり、命に別条はありません」
「よし、念のため診療所へ運べ。隊列を組みなおせ、脱出するぞ!」
赤と銀の装備に身を包んだ者たちが担架を中心に隊列を組んで出口へ向かう。
「救援隊か。すげえ活躍だな」
「あ、ヴァル、ヴァル兄!」
ガッシュが見守る先でユリウスが走り出す。向かった先は隊列の先頭、隊長の元だ。
「お前か、ユリウス」
「大活躍だな、ヴァル」
「悪いが仕事中だ、また外で会うぞ」
「俺もこれから仕事だ。また後で」
再び歩き出す部隊を見送るユリウスに、ガッシュは駆け寄った。
「あんた、あのヴァルター・エリオット隊長の知り合いかよ」
「ああ、うん、まあな」
手を振って隊列を見送るユリウス。その姿を見て、じりじりと槍と盾を構えて後退していたしんがり部隊が速足で前の舞台に追いつき合流していく。
ヴァルター。ヴァルター・エリオット。ギルド直轄の救援隊を指揮する、総隊長だ。巷で「生ける守護神」ともてはやされる部隊の実質上のトップ。
「ほれ、さっさと仕事終えて帰ろうぜ。今日はヴァルのおごりだー」
そんな男を愛称で呼ぶという事実。それだけでガッシュは情報量の多さに圧倒された。というのに、当の本人は鼻歌でも歌いだしそうな足取りで歩き出す。
上層、入り口近くとはいえヘルヘイムの中だというのにこの余裕。ガッシュは肩をすくめ、そのあとを追いかけた。
追い付いて探索がてら聞かされたのは、ギルド直轄のエリート救援隊隊長とユリウスの意外な関係だ。
「昔いろいろ連れまわされたおっさんがいたって話、以前しただろ」
「ああ、そんな話もあったな」
「ヴァルはそのおっさんの一番弟子ってやつだ」
「なるほど、あんたのアニキ分ってとこか」
「まーな」
ガッシュはユリウスの言う「おっさん」のことを考えた。ユリウスが「おっさん」と呼ぶのだから、おそらくデンケンと同世代かそれより上。きっととんでもなく厳格な人物なのだろう。
「最近上層でもずいぶん不穏なことになってるし、救援隊の活動もかなり活発になってんな」
「かもな。でもまあ、ヴァルがいる限り上層は大丈夫だろ」
救援隊の巡回は上層に限定されている。中層以降は冒険者の死亡率も遭難率も高いが、それでも中層以降に救援隊が下りないのは、救援隊そのものが危険にさらされるのを避けるためでもあり、もう一つは中層、更に下層へ続く場所から特殊な種族が出現するためだ。
「この辺りからエルダー種が出るからな。俺たちも気を引き締めねえと」
「今回の依頼、そのエルダー種の討伐だしな」
エルダー種。魔物が共食いや長命によって魔力を蓄え上位種へ進化したことを指す。エルダー種による下級種への指示系統と、それによる連携は強力で、それが中層以降の冒険者死亡率を高める一因にもなっている。
そうこう言っているうちに、すさまじいうなり声とともに何匹もの魔物が姿を現す。
その一番後ろに一頭、他の種よりはるかに大きく姿も異なる魔物の姿があった。
「おいでなすったぜ、大将」
「おっしゃ、じゃあさっさと片付けてギルドに報告するか!」
ガッシュの呼びかけに応えて、ユリウスが両手剣を抜く。
そして——戦闘が始まった。
◆ ◆ ◆
「あんたたちホント強いわね。はい、サンドビーストとそのエルダー種討伐依頼完了よ。報酬はこちら!」
「うーす」
「サンキュー」
ガシャリと金の袋を二つに分けて置かれて、同時に手に取る。最近ユリウスと行動を共にするようになったことで依頼の難易度が上がったのは確かだが、ガッシュのレベルもユリウスとともに上昇し、ランクも安定してSクラス以上を維持できている。
「やっぱあんたといるといろいろ困らねえな」
「こっちこそ、一人でやるより何かと楽でいい」
手を握り合って互いの健闘を称えあい、ギルドを出たところで、がしりとユリウスの首に腕が巻き付いた。
「お、お、お……?」
「なんだなんだ、ちょっと見ないうちに友だちまで増やしやがってこのバカ弟弟子が!」
思わずたたらを踏むユリウスの頭を拳でぐりぐりとやっているのは、ヴァルターだ。
「ヴァル、あんたの拳は固ぇんだから加減しろって!」
「悪い悪い。で、俺にも紹介しろ、お前の今の相棒をよ」
ああ、うん。とヴァルターの腕を振りほどいて、ユリウスはガッシュの腕をつかむ。
「ガッシュだ。ジョブは盗賊」
「ヴァルターだ。ガッシュってもしかして、ロイさんがかわいがってた、あのガッシュか」
「あ……うす、多分そのガッシュ、っす」
覚えず昔なじみの名前が出て、動揺しながらガッシュは頭を下げる。その肩をヴァルターが強く叩いた。
「マリエラさんに聞いたぞ。ロイさんの最期看取ってくれたんだってな。ありがとうよ」
「いや……俺はなんも……」
「それより腹減った。なあ飯行こうぜ。ヴァル兄、今日はあんたのおごりだろ?」
「ユリウスお前な……まあいい。飯に行くぞ、ほら、ガッシュも来い」
湿っぽい空気になりかけたところで、無遠慮にユリウスが割って入る。ヴァルターは呆れた顔をして腕を組んだが、ため息一つでそれを吹き飛ばして踵を返す。
「やった。行こうぜガッシュ。飯だ酒だ!」
豪胆な兄弟子に磊落な弟弟子。ずいぶんと面白い男たちと知り合ってしまったものだ。
ガッシュは何とも言えない顔になってから、慌てて二人を追いかけた。
「——で?」
店に入り、ボックス席に座る。ユリウスが身を乗り出したのは、酒も料理もそれなりに進んだ後のことだった。
「ヴァルのことだ、飯に誘ったのは俺に何か聞きたいことがあったんだろ」
ヴァルターは驚いた顔をしていたが、すぐに口元に笑みを浮かべる。それから指で顔を寄せるように指示し、自らも身を乗り出した。
「最近上層がずいぶん不穏なことになってる。心当たりはあるだろう」
声を低めてそういわれ、ガッシュはユリウスと顔を見合わせた。
「そういや、ゴブリンがいやにねちっこく追いかけてきたり……」
「アシッドスライムの被害も結構増えたって聞いたよな」
「あと、中層でオーガが単体で突然襲い掛かってきたり」
「……中層も、似たような状況か」
座席に身を預け、腕を組んでヴァルターは難しい顔をして考え込む。それを見守って、ガッシュは問いかけた。
「なんか、心当たりがあるんスか」
「……おやっさんがな」
「……おやっさん?」
「俺とヴァルの師匠のこと」
ガッシュの独り言に、ユリウスが付け足す。苦笑したヴァルターがうなずいて、「そのおやっさんがな」と続ける。
「どうにも怪しい、場合によっては……スタンピードじゃねえかっていうのさ」
「スタンピード!?」
「声がでかい!!」
ユリウスの大声に全員が一斉に降り返る。ガッシュが慌ててユリウスの口をふさぎ、へらへらと笑ってごまかした。
「ばっか、でかい声で言うなよそんな不吉な言葉!」
「だってよお……」
口をふさぐ手を振りほどいて、ユリウスは唇を尖らせる。咳払いして、ヴァルターはテーブルにひじをついて指を組む。
「上層の魔物の活性化、中層でも同じことが起きてる。最悪の場合魔物がヘイムレストへあふれ出す可能性もある。その時は——」
厳しい顔でヴァルターが二人を見渡したところで、バタバタと誰かが店に入ってきた。人影は周囲を見渡し、まっすぐヴァルターに向かって駆け寄ってくる。
「隊長!」
「どうした」
「ランドリュー小隊と連絡が取れません」
ヴァルターが振り返る。
「……なんだと」
顔色の変わった彼を見て、思わずガッシュとユリウスが腰を浮かす。それを手で制して、ヴァルターはつづけた。
「状況は」
「上層の中間付近で要救助者を発見したとの連絡を最後に、通信が途絶えました」
「現在位置はわかるか」
「レンジャー班が捜索していますが、まだ」
ガッシュとユリウスは顔を見合わせる。
要救助者を発見したあと通信が途絶えた。考えられる最悪の状況が頭をよぎる。
「……まさか」
「はい、最悪、二次遭難の可能性もあるかと……」
「……わかった。俺も戻る」
そういって、ヴァルターは静かに立ち上がる。
「悪いなお前ら。金は払っておくから、お前らは好きに食って帰ってくれ」
そう苦笑して、そのまま迎えに来た部下とともに去っていく。
ガッシュとユリウスは顔を見合わせた後、ヴァルターの背中を見送る。まるでつられるように立ち上がったユリウスが心配そうに眉を寄せた。
「……ヴァルが動くなんて、ただ事じゃない」
それを見たガッシュも、じゃあ、とうなずいて立ち上がる。
「ついてくぞ、ユリウス」
「で、でも」
「気になるんだろ、ほら行くぞ!」
背中をどやし、ユリウスを急き立てると、ガッシュも店を出て走り出した。




