第三章 商家のお坊ちゃんと蘇生術
「負傷者の救助?」
ガッシュが問いかけると、ユリウスがうなずく。
ダニーのあの件以来、二人は何となく、時折ヘイムレストの街中でつるむようになっていた。
今回はヘルヘイム中層以下に潜った経験のある冒険者数人に、ギルドマスターから直接依頼された仕事である。
「商家のお坊ちゃんが参加したヘルヘイム探索部隊が、消息を絶ったんだってよ」
「……ああ」
その言葉で大体のことを察するガッシュである。
金がある家は、ヘルヘイムの探索部隊に金を出すことが多い。ヘルヘイム最下層には、魔物を生み出す魔王が住むとされる魔王城がある。魔王討伐のための資金を出すのも、身分があるものの義務とされているのだ。
だがなかには、何を勘違いしたのか、身分のある者が自ら探索部隊を指揮することがある。
戦闘訓練を受けていない一般人が、ダンジョンの攻略に役に立つはずもない。
「今回もそんな勘違いした馬鹿野郎が、血迷った挙句に迷子になったか?」
「どうだろうなぁ。最近上層のゴブリンがやたら凶暴だって話も聞くし」
頭をがりがりと書きむしってユリウスは宙をにらんだ。
ガッシュにとってはどうでもいいことだが、ギルドマスターにしてみればギルドへの資金提供者が減ってしまうのはまずい。あまり実入りがよくはないが、ハイレベルの冒険者にとっては避けて通れない仕事でもある。
「金だけ出しておいてくれりゃ、世話なんかねえのに」
「そういうなよ。マジで家捨てて冒険者になった奴だっているんだから」
たどり着いたのはヘルヘイムの入り口だ。ぐるぐると腕を回し、ガッシュはユリウスを振り返った。
「てか、消息不明のパーティの救出なら、二人じゃ足りないだろ」
「二人で十分だろ、生きてるか死んでるかわからん坊ちゃん一人連れ帰るだけなら」
それでギルドマスターの向こうにいる依頼者とその意図に気づいてしまったガッシュは、思い切り顔をしかめた。
「……マジで狂ってやがる」
「おまえってほんと、盗賊っていうにはまっすぐだよ」
そういうユリウスの表情は、どこか複雑そうだった。
◆ ◆ ◆
消息不明と言われていたパーティは思った以上に早く見つかった。
上層の入り口付近まで魔物に追われてやってきて、立ち往生していたのだ。
「やべえ、ラウルが息してねえ!」
「アミナ、回復魔法を!」
「無理よ、もう魔力がもたない!」
「くっ、ゴブリンどもに追いつかれた!」
パーティの悲鳴を聞きつけやってきてみれば、上層に徒党を組んで棲むゴブリンの群れが四人のパーティを囲んでいる。
「いた、あそこだ!」
叫んで指さしたガッシュの声が終わるか終わらないかのところで、ユリウスが動く。金の髪が風のようになびくと、ゴブリンどものただなかにためらいもなく飛び込み、両手剣を振りぬく。
それはまさに、「粉砕」と呼ぶにふさわしい強力な一撃だった。
血飛沫と、悲鳴。吹き飛ばされたゴブリンの体が別のゴブリンをなぎ倒す。
ただのひと振り。あっけなく吹き飛んだ仲間を見て多くのゴブリンが恐怖で凍り付く。それでも辛くも一撃を逃れた一匹が咆哮をあげて飛び込んできた。ユリウスが視線をむけ、構えなおすその間に、とびかかったゴブリンは跳ねるように吹き飛んで、そのまま動かなくなる。
その額には、小さな矢が突き立てられていた。
「……なかなか、やるね」
振り返って笑顔を向けたユリウスに、ボウガンを構えたガッシュが肩をすくめる。
「あんたこそ、とんでもねえな、そんな重い得物をぶん回して」
「これくらいしか取り柄がねえからなぁ」
散り散りに逃げていったゴブリンを見送り、転がった死体を蹴りよけながら、ユリウスは血のりを払って剣を背中に戻した。
「ロンドクリフ商会のラウルを連れ戻しに来たんだけど。どいつ?」
「……それが……」
仲間をかばって剣を構えていた剣士の男が、振り返って言いにくそうにしている。のぞき込んだユリウスとガッシュの目の前には、頭から血を流して仲間に支えられた男が一人。
明らかに中古とわかる革の軽装防具に護身用にしかならないナイフを差した、どう考えても戦いに慣れた体躯ではない人物だ。
「……まさか」
「こいつがラウル?」
「そうです。剣も振れねえくせに、俺をかばって……」
魔術師風の男が腕をかばいながら、悔しそうに唇を噛んでいる。
「とりあえず、俺たちの仕事はそいつを連れて帰ることなんだけど」
「ちょうどよかった! 彼を医者に連れていきたいんです! もう息してなくて!」
必死な様子の僧侶の女性に、ユリウスはうなずいた。
仰向けになったラウルの口元に手を寄せ、首筋に手を当てる。暗がりの中でもはっきりと、ユリウスの眉が寄った。
だがすぐに顔を上げると、口を開く。
「じゃあ、俺がしんがり、ガッシュ、先頭頼む。で、剣士のお前はラウルを担げ。あと……僧侶だよなあんた。魔術師のそいつの怪我治してやりな。初級回復術なら今の魔力でもなんとかなるだろ」
手早く指示をすると、ユリウスは隊列を組みなおす。
「……あんた、結構パーティプレイ慣れてんじゃねえか」
ガッシュが驚いていると、居心地悪そうにユリウスはうめいた。
「新人の頃、散々連れまわされた師匠に教わったんだよ。超怖がりのおっさん」
「へえ」
「『死ぬからや』が口癖でさぁ……今は一線退いてるけど。……さあ、無駄話はここまでだ。先頭頼むぜガッシュ」
「おう、任せな」
◆ ◆ ◆
ヘルヘイムの外へ出て真っ先に聞こえてきたのは、「何ということをしてくれた」という見知らぬ男の怒号だった。
上等な身なり。整えられた髪と口ひげ。どうやら、相当の身分のようだ。
「息子をこんな危険な場所に連れ込んで! 何かあったらどうするつもりなんだ!」
「……もとはと言えばあんたのドラ息子が……!」
「今はそんな話をしている場合じゃない」
ガッシュが言い返そうとしたところでユリウスがそれを制止する。
「ラウルは息をしてない。……それに」
明るい外で見たラウルの後頭部は、異様な形に陥没している。誰がどう見ても、通常の医術や回復術で助かる傷ではなかった。
「この状態から助かるとすれば、可能性は低いが、神殿の蘇生術だけだろう」
「蘇生術って……いや、でもあれは」
ユリウスの言葉にガッシュは反駁しかかる。
蘇生術は神殿の中でも上級司祭が使う高等回復術だ。傷ついた体を致命傷を受ける直前の状態にまで癒し、死者の世界から魂を呼び戻し、再び魂を定着させる。
その成功率は極めて低いうえ、一度の施術に一般の家庭が傾くほどの布施が必要だ。
「蘇生術って……」
「そんな……ラウル……!」
誰もが絶望的な顔をしてうつむく中、だが、ラウルの父親と思しきその男は鼻を鳴らして言い放つ。
「金ならいくらでも払う! 神殿へ案内しろ!」
どこまでも横柄な態度を崩さず、顎をしゃくってそばに仕える屈強な男に指示を出す。男は剣士の腕からラウルを奪い取って抱き上げた。
ユリウスとガッシュは顔を見合わせ、そのあとに続く。じっとしてはいられない、という表情で、ラウルとパーティを組んでいた三人もついてきた。
「やっぱ嫌いだ俺、金持ちって」
歩きながらぼそりとうめいたガッシュに、ユリウスが振り返る。
「なんか恨みでもあんの?」
「ねえけど。なんかあの感じからすると金で全部解決するみたいな思想の持ち主だろあれ」
顎をしゃくってやると、ユリウスも何とも言えない顔になって苦笑した。
「あー……」
「あんたら三人も運が悪かったよな、おおかた金を積まれてヘルヘイムへ連れて行けって言われたんだろうけど……」
「——いや、違うんです」
パーティのリーダーなのだろう、剣士が首を振って、ガッシュの言葉を否定してきた。
「金を積まれたっていうんじゃなく……酒場で意気投合して」
「そう、それで、応援してやりたくなって、それで……」
「……どういうことだ?」
問いかけるユリウスに顔を見合わせ、僧侶が口火を切る。
「私たち、ラウルの恋人の友人なんです。彼、恋人のためにどうしてもヘルヘイムに潜って手に入れたいものがあるって言って。剣も振れない自分が行っても足手まといになるのはわかっているけれど、どうしても、自分が手に入れなければ意味がない、道案内をしてくれないかって」
「……俺たち、こう見えてもヘルヘイム中層までは行けるんで。ラウルが手に入れたいって素材が上層でよく見かけるものだったし、それなら……って」
魔術師が後を引き継ぎ、ため息をついた。
「……なのに、結果はこんな……情けないです」
「そう……だったのか」
ガッシュにとっては意外だった。ただの商家のお坊ちゃんかと思いきや、ラウルが恋人のために素材を取ってこようという無茶をしでかす男だったとは。
なんだか勘違いで勝手な嫌悪感を押し付けたことが申し訳なくなってしまい、ガッシュはがりがりと頭を掻きむしった。
「あの……ラウル、蘇生術で助かりますよね……?」
剣士が心配そうにラウルのほうをうかがう。大柄な男の腕に抱かれたラウルの顔色はこちらからでは見えないが、もう息をしなくなってかなりの時間がたっているはずだ。
「……さあな」
ガッシュはうめいたが、実際に蘇生術を見た事はない。どれほどのものなのかは知らないが、あまりあてにできるものでもないだろう。
ガッシュは隣を歩くユリウスを見る。まっすぐ前を見て歩き続けるユリウスの表情は、何を考えているのかうかがい知ることはできなかった。




