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エルフの森からの脱出  作者: 甘頃


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1/11

侵犯と目標



ここはレーゲン村。そして僕はルドル・ファルス。

由緒ある村長の家系の四男坊だ。

四男ともなると、家督は

もちろん継ぐことなどできず、

家業の人足としても有り余る。

大抵は一生家の小間使いとして生きるか、

仕官して前線に送られるのが関の山だろう。

しかし僕はそのどちらも嫌なので、

家にある本を読み漁り知識を蓄えるのだ。

将来は商人の傍ら金貸しをしようか、

魔法使いになって魔法の研究をしようか。


「おーいルドルー」


家の外から、長男の声が聞こえてくる。

ここで一旦無視を決め込むと、

後でバレた時に小突かれるので、

仕方なく本を閉じる。


「何―?」

「焚き木を取ってきてくれー」

「はーい」


家を出て、

二軒隣からする蒸気と異臭を超えて村を出る。

村では製紙が営まれていて、

主に包装や養生に使う雑な紙を作っている。

僕の家では製本に使われる上等な紙が

作られていて、それが家業でもある。

誰かが出版した本が関係各所に配られた時、

うちにも本が送られてくるというわけだ。

自分の行動が間接的に知識の蓄積に役立つので、

今は小間使いの身に甘んじておこう。

焚き木は製紙に使うものあるが、

今から拾いに行くのは料理等の生活用の薪だ。

齢十の僕の両腕に収まる焚き木を持って来れば、

納得の下読書を再開できるだろう。

毎度村の近くの森から焚き木を回収するのだが、

最近はそれが面倒になってきている。

製紙に使う薪のために

村に近い木が伐採されていき、

連なった植生も死んでいく。

日に日に焚き木を回収するために

往復する距離が増えるのだ。

だいぶ歩いたが、まだ両手に収まる程度には

焚き木は集まっていない。

もう少し歩けばエルフの森との境のはずだが⋯。

周りを見渡すが、

自分を咎めるような人間はどこにもいない。

まだ国境じゃないのかもしれない。

気にせず進もう。

そう思い二、三歩歩き、

通り過ぎた景色に手遅れながら違和感を覚えた。

振り向くと、同じ種類の木が何本も、

等間隔で横並びに生えていた。

その木達は、枝の別れ方から葉のつき方まで

全く同じだった。

人間が五体をどう使っても辿り着けない境地。

魔法の力で手入れをされている。



「そこの者、止まれ」


歩みを止めていた体が、微動だにしなくなった。

なにかの魔法でそうなっているのか、

はたまた僕の体が戦慄して硬直したのか。

瞼さえ動かせずにいると、

上から二人の女が降りてきた。

長身痩軀、髪が長く金髪、翡翠の瞳に尖った耳。

間違いなくエルフだ。

どちらも弓を携えており、

片方は服の隙間から傷が見え、

歴戦の戦士といった容貌だ。

もう片方のエルフには傷はない。

木の上までちゃんと見て確認するべきだったな。

目が合ったところで持っていた弓を構え出した。


「貴様はエルフの領土を侵した。

あまつさえ人間の国の植物まで

持ち込もうとしている」

「ちょっと、子供相手に⋯」

「いいんだ。

よって貴様をここで捕縛させてもらう、

抵抗は無意味だ」

「わ、分かりました」


両手を上げて腹を見せ、

なるべく媚びた表情を作っているのに、

エルフ達の敵視が緩むことはなかった。


『ギュッ』

「ひっ」


抵抗をする素振りなど全く見せていないのに、

相手の弓が引き絞られていく。


『ピュッ』


間もなく放たれた矢は、

瞬時に花となって宙に散り、

その香を僕に浴びせかけた。

その瞬間、

誰かに頭を殴られたように意識が遠くなっていく。




「⋯きろ」


頭がぼうっとするが、

どこからかの声だけは聞こえてくる。


「おい、起きろ」


声ははっきりと聞こえているのに、

体がまだ眠っているように動かない。

声の主は、僕に花の矢を飛ばしてきたエルフか?。


「ちっ⋯子供には聞きすぎたか、

こいつが起きたら伝えてくれ」

「「はっ」」


部下らしき女の声が二つ、

矢を飛ばしてきたエルフは上司なのだろうか。

意識もだんだんはっきりとしてきた。

体の感覚も指先から少しずつほぐれていく。

暖かくも冷たくもない材質の床に、

体の前面が触れている。

一方向に緻密に組まれた固い繊維質を感じる。

木板の床というよりかは、

木そのもののような感触。

そして体の中心まで感覚が戻ってきた時、

激しい尿意に急かされる。


「うっ!」


反射的に起き上がり、用を足せる場所を探す。

丁度部屋の隅にそれらしい穴があった。


「ふーっ」


溜まりに溜まったものが解放されていく。

漏らさなくて本当によかった。

出せるところまで出し切り、

滴る露を弾いたところで部屋を見渡す。

三方枝の束でできた壁に囲われ、

一方は枝が格子状となり出口を遮っている。

火ではない魔法か何かの明かりで、

部屋は仄かに照らされている。

格子の外へ目を凝らした時に、

外のエルフと目が合った。


「わっ」


思わず後ずさりしてしまう。

ずっと見られていたのか?。放尿まで?。

こちらを見ているエルフのうち片方は森で見た。

髪を後ろに纏めている。

もう片方の髪の短いエルフは始めてみる。

何となくだらしなさそうな雰囲気を感じる。


「起きた、私行ってくる」

「ええ」


髪の短いエルフの一人がどこかへと歩いていった。

改めて周りを見る。

寝転んでいた頃から察しはついていたが、

ここは牢屋のようだ。

初めて入る牢屋が人間の国ではなく

エルフの森のものになるとは。

あれからどれくらいの時間が経過しただろうか。

家族は心配しているだろうか。

仄暗い明かりだけが灯る牢屋では、

何も分からない。

二人分の足音が近づいてくる。

部下のエルフが

上司のエルフを連れてきたのだろう。

足音が大きくなり、

やがて例の上司のエルフが格子の前で姿を現した。


「侵入者の貴様にこれからのことを伝える」

「⋯」

「貴様はこれより我が森の管轄下となる。

正当な裁きを受けるまで貴様に自由は⋯」

「うぐっ⋯ヒック」

「!?」


眠りに落ちる前、

エルフの一人が

僕が子供であることを心配していた。

泣き真似でもすれば、

更にこちらを侮るかもしれない。

もっとも今の状況の恐怖のようなものが、

泣き真似に力を入れるのは確かだ。


「チッ⋯もういい。どうせこいつには

何も分からないままことが進んでいくだろう」

「ううう⋯」

「⋯飯でも与えておけ」

「は」


上司のエルフは足早に牢を去っていった。

後ろに髪の短い一人のエルフが着いていく。

飯という言葉で空腹を思い出す。

朝食を食べてから

それくらいの時間は経ったようだ。

またエルフが一人だけ牢の前に残っている。

さてどうしたものか。

泣き真似によって油断させたはいいものの、

上司のエルフが情報を遮ってしまった。

内容的に裁判にかけられるのだろうが、

気になるのは罪の重さだ。

しばらくは家に帰れないとして、

どれほど拘留されるだろうか。

領土に少々踏み込んだくらいだし、数ヶ月程度?。

植物を持ち込んだとかも言っていたから、

年単位?。

もしかしたら罰金だけで済む可能性もある、

それだと裁判までの期間になる。

ここまで最悪の想像の逆、

至高の判決を考えてきた。

考えれば考えるほど脳味噌に

一文字が張り付いてくる。

死。

エルフと人間の種族間の溝は深い。

過去に何度も小競り合いをしてきたからだ。

そんなエルフに捕まった今、

訪れる結末など容易に想像出来る。

吐き気を我慢しながら楽な妄想をしても、

訪れる結末は変わらない。

苦しまずに死ぬか、苦しんで死ぬかの二択。

エルフは人間を食うという、

大人達から教わる警句がある。

多少物事を理解してそんなことは

無いだろうと分かってはいる。

けれども、エルフに関してはそんな話ばかりで、

全く安心する気になれない。

今、この場で僕がするべきことはただ一つ。

この森から脱出することだ。




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