7. 友達になりましょう
「ねぇ、シルビア。王女殿下と仲良くなってきたと思うんだけど、まだまだ厚い壁があるように思うんだよね。」
エリザベスが留学してきて数日経った日の休み時間、フェリシアはシルビアに話かけた。
「そうだな。」
シルビアは淡々と答えた。
「もっとシルビアとみたいに仲の良い友達になりたいの。」
「殿下は所作も話し方もさすが王女といった感じだな。」
「うん、そうだよね。そんなで美人で高貴な身分なんて、非の打ち所がないいかにもお姫様って、あぁ、実際にお姫様なんだけど、なんか遠いっていうか…仲良くなりたいのに…」
「そうだな。でも、それって殿下もツラいのではないか?」
「どういうこと?」
「完璧に周囲から見られすぎて、そうあらねばって気を張って、気を許せる相手がいなくて、という状況に陥っているのではないかということだよ。」
「そうだね、誰かに頼っているの見たことないよ。」
「だな。王女に頼りずらいってのもあるがな。」
「うん、そうだけど頼ってもらいたいし頼りたい、そして何でも話せる友達になりたい。」
「フェリシアらしいね。殿下いい子だもんな。」
「うん、大好き。」
「何かきっかけがあるといいんだけどな。」
「うん、そうだね。」
「そうだ、これ読んだか?」
シルビアは思い出したかのように一冊の本を鞄から取り出した。中央にはお一人の少女と五人の青年が描かれ、それらは赤色で縁取られていた。タイトルは『花の日に』、少女が運命の相手と恋に落ちる話で、市井で大人気の恋愛小説だ。
「知ってるわ!大人気なんでしょう。売り切れてて手に入らなかったの。」
「貸そうか?」
「いいの?」
「私はもう読んだ。」
「ありがとう、シルビア大好きよ。」
フェリシアはシルビアに抱きついた。
フェリシアは恋愛小説が大好きだ。特に恋人同士の交流にキュンキュンしては、いつかエリックと恋人同士人になったら自分も…と思いを馳せた。カフェデート、恋人つなぎ、お姫様抱っこ等々。もちろん婚約者同士でもできることだが、恋心のない状態でそれらをしてもときめかないであろうと思い、いずれもエリックと未経験だ。いつかはね、と今は小説の中で疑似体験中なのだ。
「ふあぁぁ。」
次の日のお昼休み、いつものように食堂でのランチ中、フェリシアは大きな欠伸をした。
「なんだ、寝不足か?」
エリックはフェリシアの目の下にうっすら隈ができていることに気が付いた。
「ん~、気が付いたらお日様が上ってきてたぁ。」
フェリシアはテーブルに頬をつけて答えた。ひんやりとしていて気持ちいい。
「何してたらそうなるんだ?」
「ん~、本読んでたぁ。」
「…あの本読み切ったのかい?」
シルビアが眉間にしわを寄せる。
「…正解。途中で何度も寝ようと思ったの。でもその度に気になる展開になって、思わず続きを読んで…って繰り返してたら朝だったの。」
フェリシアはふあぁとまた大きな欠伸をした。
「なにやってんだよ。」
「貸したのは失敗だったか…。」
エリックもシルビアも呆れた様子だ。
「何を読んでましたの?」
エリザベスは頬に手を当て首をかしげた。
「ん~、これですぅ。」
フェリシアは本を出した。
エリザベスは目を見開いたかと思うと瞳をキラキラと輝かせ、すごい勢いで話し始めた。
「まぁ!フェリシア様もお読みになりましたの!フェリシア様は誰押しですの?無口な騎士アルト、絵の上手なイアン、理想に燃えるウエンズ王子、遊び人エヴァン、ピアニストのオウブ、どの青年も恰好よくて素敵なんですよね。わたくしは何といってもウエンズ王子、一押しですわ!陰で努力していても表には出さないところはもちろん、ヒロインに対して真摯な愛情を注ぐ姿にキュンキュンしますわ!しかも何事もそつなくこなす王子がヒロインに対して不器用で、もう大好きです!365ページの王子がヒロインに対して『君の前ではいつも愚かな子供のようになってしまうな。』と弱音を吐くことでより深くヒロインと心が通うシーンいいと思いません?それから…」
エリザベスは、はっとした。フェリシア達はぽかんとエリザベスを見ていた。そう、いつもの王女然とした姿からは考えられない様子に全員呆気に取られていたのだ。
「・・・やってしまいましたわ…」
エリザベスは両手で顔を覆った。
「素のわたくしはちっとも王女らしくありませんの。周囲からは王女という地位なのだからいつも淑女らしく振舞うことを期待されてきましたので、そうあろうと努めてきましたわ。けれど素のわたくしは恋愛小説が好きで押しにキャーと声を上げてドキドキしたいですし、天気のいい日には芝生の上に寝転んでクッキーを摘まみながら本を読みたいと思うどこにでもいる女の子なのですわ。」
顔を覆ったままエリザベスはぽつりぽつりと告白した。
押しに黄色い声を上げたりするのが普通の女の子なのは置いておくとして、今までフェリシア達が見てきた王女が王女の仮面を被っていたということはフェリシア達にも分かった。
「今まで猫を被っていたのですか?」
フェリシアは恐る恐る尋ねた。
「…ええ、王女らしくって。母国でも常に王女らしくって同じような振る舞いをしていたから、友達と呼べる方もいなくて、かといって同年代の令嬢に友達になってほしとも言えなくて…だからフェリシア様がランチに誘ってくださったの、嬉しかったのよ。皆様も優しくて親切で本当にいい方ばかりで、毎日楽しかったのです。でも素の自分を見せてしまったら嫌われてしまうのではと思うと怖くなってしまっていつもの王女の振る舞いになってしまっていましたの。」
エリザベスは正直に心の内を吐露した。しゅんっと項垂れるエリザベスはいつもの凛としたいかにも王女といった感じはなく、ただの16歳の女の子に見えた。
「はははは、王女は面白い人だったんだな!」
エリックは朗らかに笑った。オスカーもエリックの隣でうんうんと頷いている。
「あぁ、あのしゃべる勢いはすごいな。」
シルビアもうんうんと頷きつつ言った。
「ははっ、本当にびっくりしたわ。とてもお淑やかな方だと思っていたから。」
フェリシアも笑い出す。
「だよな。いくら好きな本のことだからって、語る語る、ははっ。」
エリックは先程のエリザベスの語りっぷりを思い出したようでまた笑い出した。エリザベス以外皆笑い出す。
「…あっあのう…」
エリザベスは何が起こっているのか分からなくて困惑した。
「ふふっ、すみません、王女殿下。素の殿下が面白くてかわいくて…私ずっと殿下と同じ年の友人として仲良くなりたいって思っていたんです。」
フェリシアは素直な気持ちをエリザベスに話した。エリザベスは驚いたように目を見張った。
「友達になってくださいますの?」
「はい、友達になってください。私のことはフェリシアと呼び捨てにしてください。」
「・・・嬉しいですわ、フェリシア。わたくしのことはエリザベスとお呼びください。」
「エリザベス様、でいいですか?」
「いえ、様はいりませんわ。」
「はい、エリザベス。」
「それと言葉ももっとラフにして下さるとうれしいわ。」
「分かりました、じゃなくて…分かったわ、エリザベス。」
「ふふ、嬉しい、フェリシア。普通の友達に憧れてましたの。」
エリザベスはうっすらと赤く染まった頬に手を当て微笑んだ。
「俺のことはエリックと呼んでくれ、エリザベス。」
「いいのですか?」
「ああ、友達だろう?」
エリックはにかっと目を細めて笑った。
「はい!エリック。」
エリザベスははにかんだ笑みを浮かべた。
この日からエリザベスはフェリシア達と仲の良い友達になった。




