黒いドレスと、白い肌
*
「──邪魔すンぜ」
カラハは開けっ放しのドアを左手でコンコンと叩き、右手をポケットに突っ込んだまま気怠く形だけの挨拶を零す。
「あらカラハ、酷い顔してるわね。此処に来るなんて久し振りだけど、突然どうしたの」
「ちィと、相手してくンねェかなと思ってな」
愛想笑いもせず機嫌悪げに告げるカラハに、椅子に膝を組んで座ったままの部屋の主──シルヴァ・シロガネは歪んだ笑みを綻ばせる。
その表情は例えようも無く妖艶で、美しい顔の下に隠されたどろりと黒く澱んだ感情が見え隠れする様は、いつだってカラハの劣情を刺激した。
カラハは後ろ手にドアを閉め、慣れた手付きで鍵を回す。カチリと響く軽い金属音が合図であるかのように、彼女は立ち上がった。ヒールを鳴らしカラハに近付くその歩みは優美そのもので、しかしその眼の光はどこか餓えた野獣めいている。
「ドーラ、まだ目覚めてないんでしょ。傍に付いててあげないの?」
「……クレル先生に追い出されちまった。邪魔だ失せろってな」
シルヴァは意地悪な笑みをクスクスと零す。ドーラに似た銀の髪と瞳、ドーラに負けない程の美貌。ともすればドーラと歳の離れた姉妹と言っても納得するような容姿を持ちながら、その中身はまるで逆だ。
「だからって私の所に来るなんて。自分が寝込んでる間に上司が元教官と寝てましたなんて、後であの子が知ったらどう思うでしょうね?」
何処か勝ち誇った色を滲ませながら、シルヴァは舌なめずりを一つ。──全部を見透かした上で、わざとこんな言い方をする、彼女はそういう女だ。綺麗な顔をして優しい教官面をしながら、腹の中では濁った汚い感情が溢れんばかりに渦巻いている、そんな──自分ととてもよく似た女。
「いいじゃねェか。別に俺とドーラはただ所長と助手ってだけの、仕事上の関係だろ。それとも何か、お前ドーラに妬いてんのか?」
カラハは苛立ち紛れに傍に立つシルヴァの手を取り、そのまま壁に押し付ける。もう片方の手で乱暴に肩を掴むと、彼女は挑発するようにカラハを見上げ微笑んだ。
「まさか。妬くのはあの子の方でしょ? 違う?」
「いいから、──黙れよッ」
流れのままにシルヴァの唇を自分の唇で塞ぎ、舌でこじ開け絡め合い、貪るようなキスをする。
鼻孔をくすぐる懐かしい彼女の百合のような香りに、自動的に身体が昂ぶってゆく。とろとろと混ざり合う唾液は甘く、媚薬めいた味がした。カラハは無意識に彼女のすらりとした身体に腕を回し、頭を手で支え深く激しく舌を絡める。首にシルヴァのしなやかな腕が回されてカラハは脳がとろけるような興奮を覚えた。
「……ん、ふ……」
シルヴァの熱を帯びた声が零れ、カラハは荒い息を吐きながら唇を離す。糸を引いた唾液を彼女は舌で舐め取り、そのぬらぬらとした動きにさえカラハは官能を視た。
「相変わらず、アンタは──」
言葉を紡ごうとしたカラハの口を唇で塞いで、彼女はカラハの身体にその着痩せする肢体を預けてくる。カラハはシルヴァの美しい長く伸びた銀髪を撫でながら、もう片方の手で細い腰から形の良い尻、そして絡めてくる長い脚を愛撫した。
再度離れた唇はふわりと笑んで、彼女はカラハの髪を、頬を、首筋をその白く美しい指でなぞる。
「立場だとか思惑だとか、そんなの全部──どうでもいいでしょ。楽しめなくなるわ」
彼女の熱い囁きがカラハの耳をくすぐる。愉悦に口端だけで笑い、ああ、とカラハは温度の上がる吐息で彼女の喉にくちづけを落とした。
*
カラハは彼女、『白銀の魔女』シルヴァ・シロガネの過去を知らない。知らなくてもいいと思っているし、過去がどうだろうが今の彼女を揺るがす物では無い事を知っている。
カラハがまだ組織に籍を置いていた頃、何度か彼女とコンビを組んだ事があった。彼女はとても良いパートナーとなったし、相性も良かった。そして何度も身体を重ねた。
しかし結局、彼女とは恒常的な相棒となる事はついぞ無かった。
シルヴァとカラハは、似過ぎていた。一緒に居ればお互いを壊し合い、破滅するのが目に見えていた。だから深く関わり合う事を控え、付かず離れずの距離を保っている。──たまにこうして肌を合わせる事もあるが、それ以上の関係にならない事はどちらもが承知の上だ。
愛情は無い。執着にも似た衝動と情念がお互いを引き合わせる、歪つな関係。だからこそ、──何のしがらみも無くただ劣情だけに身を委ねられるのだ。
そう、カラハは思っていた。
*
シルヴァはいつも、首許からくるぶしまで全てを覆い隠す長袖の黒いロングドレスを身に着けていた。喪服のような漆黒の衣で肌を隠し、貞淑な女を装っている。
だがしかし、そのドレスには秘密があった。
カラハは複雑な仕立てのドレスをまさぐり、立体的な継ぎ目や優美な襞の奥に指を這わせる。探り当てた仕掛けを抓みゆっくりと引き下ろすと、布地がぱっくりと開き豊かな胸元が露わになった。
そう、シルヴァのドレスには無数のファスナーが仕込まれているのだ。
それは彼女の全身に刻み込まれた百以上もの魔術用の陣や術式を使う為に設けられたものではあるのだが、──それ以外にも性的な意味でとても便利な代物だった。
カラハの手と視線がシルヴァの身体の上を這い回る。ファスナーから覗く胸元や太腿の白が漆黒に映え、彼女の妖艶さを更に際立たせていた。ガーターに吊られたストッキングの黒いレースが、艶と色香を立ち昇らせる。
食む耳朶が、舐める首筋が、淡く上気し知らず漏れる吐息は熱く、彼女の瞳が潤んでいる。カラハは腰から斜めに走るファスナーを一気に下ろすと、露わになった脚の奥に長い指を滑り込ませた。
*
▼
本日は夕方と夜の二話更新となります。この話が本日一話目。
ちょっとどうしようもなく猛ってしまったカラハが発散する話。
次回も乞うご期待、なのです。
▼