黒い炎と、腹の傷
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「っ、あ、ああ、カラハ! カラハあぁああっ、来ちゃ、駄目えぇええっっ!!」
サティの悲痛な叫びが闇を裂く。
皮肉にもサティの警告であやかし達はカラハの存在に気付き、そして──カラハの記憶はここで一旦途切れる。再び目覚めた時には既にカラハの身体はボロボロで、無謀にも彼女を助けようと突っ込んでいったカラハが返り討ちに遭ったのだということは容易に想像が付いた。
「いぎゃあぁあ! やべで、やべでえぇえ!」
また一つ、サティの臓腑が引き摺り出されたのだろう、絶叫が響いた。普通ならとっくに死んでいる筈の大怪我を負いながらもサティが生きているのは、あやかしの力によるものに違い無い。奴らは生き肝が、生き餌が大好きなのだ。
そんな反吐が出るような事を頭に浮かべながら、カラハは這うように彼らに近付く。力も、体力も尽きて、望みなんてこれっぽっちも残っていなかった。それでもカラハは進むのを辞めなかった。
怒りが、悲しみが、憎しみが、あらゆる負の感情だけが自分の中で大きく膨れ上がる感覚だけがカラハを満たしてゆく。
「──カラ、ハ……」
絶望の色を滲ませ、彼女がカラハの名を呼ぶ。
カラハは心が、身体が、自身の全てが黒いもので塗り潰されてゆくままに身を任せた。カラハの目からはタールのような黒い血が流れ、身体中から黒い焔が噴き出した。
それはカラハにとって初めての能力の発露、そして暴走に他ならなかった。
あやかし共が慌てふためく様が見える。カラハは怒りのままに、奴らを逃すまいと全てを焼き尽くした。黒い焔が地を奔り、空を裂き、全てを焦がし染め上げてゆく。
──どれ程の時間が経ったのか。
気付いた時には、一面炭と煤で黒く塗り潰され、カラハとサティ以外には何も、そう何者も存在していなかった。彼女を拘束していた磔は土台ごと燃え尽き、彼女は静かに地面に横たわっていた。
「サティ……」
カラハが抱き上げると彼女は薄く眼を開けた。あやかしの術の効果が切れた今、すぐにでも彼女の命が尽きるだろうことは明白だった。彼女は震える手でカラハの頬を撫でると、カラハに最後の願いを囁いた。
「……お願い、カラハ。……私、穢されてしまったから、……最後はあなたの手で殺して。焼いて、綺麗に……あなたに殺されたなら、私、……きっと戻れるから」
カラハにはサティの言っている意味は何一つ分からなかったが、ただ黙って頷いた。黒い涙を流しながら、頷く事しか出来なかった。
彼女のぱっくりと大きく開いた傷口へ、中身の少なくなった腹の虚へと手を突っ込むと、カラハは先程の感覚を思い出して力を迸らせた。焔が上がり、身体の内から彼女を焼いていく。
「──ぁ、ひ、──ぁ、」
サティは大きく拓いた口から声にならぬ息を少しだけ漏らした。身体の内が灼かれ、焔が侵し、上がってきた火焔が逆流して口内を輝かせた。ほろほろと涙が零れ、それでも彼女は最期まで、叫ばなかった。
生きながら身を灼く痛みはいかほどか。
カラハはただ、まばたきもせず彼女を焼き尽くす。彼女の中が全て炭になるまで、カラハは突っ込んだ手を抜かなかった。彼女の腹の中が真っ黒に炭化しぼろぼろと崩れるまで、彼女を燃やし続けた。
不思議な事に、カラハがサティの身体から手を引き抜いた時、彼女の肉体はまるで眠っているかのように美しかった。腹の傷からは黒いものが覗いたが、失った脚や傷付けられた腕以外は綺麗なままだった。
ようやっとサティを取り戻せたカラハは彼女の死体を抱き締めて、涙を流した。そして唇を重ね、何度もそうしてきたのと同じように、彼女を抱いた。何度も何度も繰り返し精を吐き、彼女の炭化した腹の傷からはいつしかカラハの白濁が溢れた。
泣きながら、吐いた。胃の中は空っぽだったけれど、血の混じった胃液を吐き続けた。そしてカラハは、──気を失った。
*
それからの事はよく覚えていない。抱き締めていた筈の彼女の身体が、さらさらとした牌になっていた事だけが記憶に残っている。
──意識が、浮上する。重いタールのように纏わり付く悪夢の感覚が、急速に薄れてゆく。
カラハは脂汗を滲ませながら瞳を開いた。目の前のドーラは未だ眠ったままで、真っ白な部屋は静かなままで、カラハの噛み締めた奥歯の音だけが場違いだった。
カラハはドーラの右手を握り直すと、先程の夢の余韻を断ち切るべく、ドーラの穏やかな寝姿を見るとは無しに眺める。一定のリズムを刻む呼吸、伏せた長い睫毛、白い肌。緩やかに上下する胸に、自分の心も落ち着いてゆくのを感じた。
そうだ、ドーラは生きている。今は眠っているけれど、直に目を覚ます筈だ。今までの相棒達とは違う、サティとは違う──。カラハはじくじくと膿の滲む心の傷から目を逸らし、祈るように自分に言い聞かせた。
ふとカラハは、あることが気になった。それは興味本位でしかない、悪趣味とも言える考え。しかしカラハは自分を抑える事が出来ずに、そっとシーツに手を伸ばす。
ドーラの腹の傷は、今どうなっているのか。風穴が開く程の大怪我だったと聞く。幾ら癒やしの血の力があるとは言え、まだ塞がってはいない筈だった。
カラハは静かにシーツを捲った。
ドーラの腹には透明な医療用のフィルムが巻かれていた。血の溢れる傷口は胸の下から下腹部までばっくりと開き、損傷した内臓を自己修復しているのだろう、微かに内部がこぽりこぽりと蠢くさまが見て取れた。
カラハは息を飲み、しばし凝視し、そして静かにシーツを戻した。
瞳を閉じると、ドーラの怪我に夢で見たサティの傷が重なる。カラハは顔を手で覆い、くぐもった笑いを漏らす。
カラハは、どうしようも無く興奮していた。今すぐにでもフィルムを破り捨て手を傷口に突っ込んで、ドーラの内臓を燃やし尽くしたい衝動が心を揺さぶった。笑いが止まらない。──ああ、俺はこの情欲をどこにぶつければいい?
カラハは瞳を伏せて、ドーラの右手に唇を寄せた。祈るように、美しい爪にキスをする。
微かな血の香りに、カラハは深く、深く溜息を吐いた。
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カラハの凄絶な過去と、性癖の一端。如何でしたでしょうか。
ドーラちゃんは未だ目覚めず、次話もカラハのターン。以前ちらと出て来たあの人が再登場します。
次回も乞うご期待、なのです!
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