決闘
これだ。って思った。必ず高橋英雄は参加する。ここで、もうはっきりさせてしまおう。僕は梨田やスギムーに相談することなく、情動のままに参加希望の用紙に名前を記入した。
「梨田、スギムー。俺は夢見る童貞のままではいられない」
「久、それでいい」
梨田が微笑み、スギムーがうなずいた。トーナメント表に僕の名前が貼りだされた。そして、対戦相手は....高橋英雄。っしゃあああ。アドレナリンが沸き立った。今しかない。僕には今しかない。やってやる。
「おもしれえ組み合わせだな。久、燃え尽きろ!」
梨田が熱く僕の手を握った。僕はアドレナリンにまかせて、リングサイドで女の子座りをしている明日花さんのところへ歩み寄った。梨田とスギムーはとても驚いた顔をしていた。それもそうだ。僕にも訳が分からない。消極的で引っ込み思案な僕がそんな行動に出るなんて、信じられないことだ。けれど、その時は足が動いたんだ。
「明日花さん、見ててね」
「ふふ。がんばってね。強いよ英雄は」
明日香さんはうれしそうな笑みを浮かべていた。
マウスピースを咥えて、ヘッドギアをはめた。そしてグローブを装着。ポンポンと拳を合わせた。ボクサーの真似だ。僕はボクシングの配信をいつも見ている。ボクシング小僧なのだ。だから、少し自信があるのだ。高橋英雄を見た。
「あ、おれヘッドギアいらね。こんな奴、三秒だ」
と高橋英雄は笑った。ルールですからと促され、しぶしぶ高橋英雄はヘッドギアを被った。
上等じゃねえか。
「それでは、只今よりボクシング大会、第一回戦を始めます」
と、まあ。その言葉だけ覚えている。試合?負けたのだろう。何故って、今、僕は保健室のベッドにいるのだから。白いカーテンが初夏の風に揺られている。涼しいなあ。ってつぶやいて僕はまた目を閉じようとした。
「あ。久太郎くん。目、覚めた?」
なんと、しきりカーテンを翻して顔を覗いているのは明日花さん。
「あ、ああ。負けたんだね」
「あはは。ひどい顔。よくがんばったね」
「何秒?何秒だった俺。リングに沈むまで」
「五分は持ったよ」
「そっか。うっし、三秒耐えた!」
「あはは。なにそれ。あんなやつ倒して欲しかったよ」
「え?」
「あたし、英雄。あんま好きじゃない」
「そうなの?」
「うん。学校もね。あたし。あんま好きじゃないんだ。あたしね...」
と、明日花さんが何かを言おうとしたとき、ガラガラガラとドアが開いて保健の先生が入って来た。
「じゃあ。久太郎くん。あたしはこれで。ねえ、久太郎くん。あたし、うれしかったんだ。あのとき、久太郎くんが声を掛けてくれたの」
「あ、あ」
僕はドギマギしてそれ以上、何も言えなかった。涼しい風が吹き抜けていった。




