花
宇宙って一体、どんなところだろか。無重力の世界。ふわふわ、ふわふわ。宇宙遊泳なんてのもきっと気持ちが良いのだろうなあ。ベッドに仰向けになって、天井を見つめながら僕はそんなことを思っていた。真剣に、宇宙飛行士になりたいわけではない。こ、これは逃避である。現実からの逃避。罪悪からの逃避。道徳からの...
はあああああ。休日。長い長い高校生活の狭間。さんさんと日が差し込んでいる六畳間。僕は今日、三回目のオナニーを終えた。脱力している。重力に負けている。押しつぶされそうだ。色んなものに。アジダス...。なんだよこのジャージ、ダッセー。腕に白い二本線の入ったジャージ、胸には鯵のイラストロゴ。某有名スポーツメーカーのパクりもの。なんかこういうのも、やる気が無くなる由縁だよなあつって、僕はようやく立ち上がった。
二階の自分の部屋から出て階段を降りた。玄関のドアを開けると初夏の風が吹き込んできた。涼しい風が僕の前髪を揺らした。少し気分も上向きになり、チャリンコのペダルを漕ぐ。200メートルほど離れたコンビニへ向かった。
駐車場にチャリンコを停めるなり僕は、「いらっしゃいませ」と書かれたのぼりに身を隠した。何故か。明日花さんを見つけたのだ。陸上部のマドンナ、明日花さん。僕の憧れ。憧れが今、自動ドアの前に立っている。このアジダスのジャージ姿の僕を見られたら最悪だ。僕は明日花さんがコンビニの中に入るのを見届けてから一旦、家に引き返すことにした。ペダルに足をのせた。
「久太郎くん?久太郎くんでしょ?」
僕の名を呼ぶのはマドンナ!?明日花さんであった。バレた。
「なんで、帰るの?向こうから自転車で駆けてくの見てたんだからね」
そう言って明日花さんは笑った。光の中でまぶしく輝いていた。てか、こうして話しかけられるなんて、けっこうな奇跡なのだ。つって、僕は気が動転した。
「い、いや、そ、その。じゃ、じゃあね明日花さん」
僕は力いっぱいペダルを漕いで自転車を走らせた。風を切って、上り坂なんて関係ねえ。っっしゃああああ!!!ぼ、僕は明日花さんと喋ったのだ。喋っちゃったのだ。
家に着き、階段を駆け上がって兄の部屋のドアを叩いた。
「けんにぃ、けんにぃ、煙草、煙草」
「久、未成年があんま調子乗んなよ」
「調子乗んないから、煙草一本」
「ばかやろう」
って、一箱くれるのは、さっすが兄だ。兄は偉大。僕は部屋の窓を開けると、気持ちを静めるように煙草をふかした。




