最終話 推し活をして良かった
今日は殿下のところに行く日だ。
私は、まだ殿下のことを整理できていない。
グループ通信まで提案してしまった。
いったい自分がどうしたいのかわからない。
でも、殿下のためには良かった気がする。
少し嬉しそうだった。
話す機会も増えて、以前より少しだけ会話が続くようになった。
本当に良かった。
少し早く着いてしまった。
いつもの部屋へ向かう。
中から話し声が聞こえてきた。
殿下とルシェル様の声だった。
「殿下、今日こそは頑張ってくださいね」
ルシェル様の声だ。
「わかってる。さっきも練習した」
「今日こそはノアに好きって言うんだ」
「……いや」
「その前に普通に話せるようにならないと」
「もう少し練習できるか?」
「殿下、しっかりしてください」
扉の前で私は固まった。
「……」
聞き間違いではないわよね?
「これは……どういうことなのかしら」
「では、もう一度頑張りましょう。まだ時間があります」
「……でも、肖像画でも無理だ」
「は?」
「かわいすぎるだろう」
ルシェル様は頭を押さえた。
「殿下、それは肖像画です」
「わかっている」
「だが、無理なものは無理だ」
殿下が言った。
「殿下」
「なんだ」
「本当にルーカス様に取られますよ」
「わかってる」
「だから今日こそは頑張るんだ」
私は……どうしたらよいのかしら。
涙が出てきた。
これから私は浮気をされて、結婚破棄をされる。
そして殿下は。
あの清純派の令嬢と結ばれる。
わかっていたはずなのに。
覚悟していたはずなのに。
胸が苦しかった。
こんなことを聞かされてしまったら。
殿下のもとから去ることができなくなる。
あの未来は変わらないのでしょう?
変わらないのよね?
殿下、本当に信じてよいのですか?
私は、殿下のことをまだお慕いしております。
私はその場で泣き崩れてしまった。
「ルシェル、誰かいないか?」
まさか。
扉が開いた。
「ノア……まさか聞いていたのか」
「はい」
殿下は固まった。
そして観念したように息を吐く。
「殿下は私のことがお好きなのですか?」
「ああ」
迷いのない返事だった。
「困ります」
「え?」
「殿下のもとから去れないじゃないですか」
殿下は少し困ったような顔をした。
「最初から行かせるつもりはない」
「他の令嬢のところへ行くんじゃないんですか?」
「行かないって言ってるだろう」
「嘘です」
「嘘じゃない」
「清純派の令嬢のところへ行くって、未来で言っておりました」
「行かない」
殿下は真っ直ぐ私を見た。
「約束する」
胸が苦しくなる。
「殿下、お慕いしております」
「でも、まだ私は信用できないのです」
「怖いのです」
「え?」
「私のもとから去っていくと思ってしまうのです」
「夢で見たのです」
「怖いのです」
殿下は少し黙った。
そして静かに言う。
「それは夢だ」
「そんな未来は来ない」
「俺は出会ったときからずっと好きなんだ」
「変わるわけないだろう」
「毎日結婚したいと思っているのに」
「いつになれば結婚できるんだろうと思っているのに」
「ノアがかわいすぎるから……」
「俺は何も言えなくなるんだ」
「ノア」
「他の男のところへ行かないでくれ」
「推し活もやめてくれ」
「ずっと傍にいてくれ」
「お願いだ」
「好きなんだ」
殿下は思っていたことを全部吐き出すように、一気に言った。
私は思わず涙を拭った。
婚約破棄の話はなくなった。
「殿下」
「なんだ?」
「推し活は一緒にしましょう」
「いろいろな場所を訪問して、もっと良くしていきましょう」
殿下は少しだけ笑った。
まだ私は殿下を信じ切れていない。
その顔を見て。
私も少しだけ笑ってしまった。
だから、これで終わりではない。
まだ始まったばかりだ。
きっと、これからも色々あるだろう。
でも、一人ではない。
だけど。
推し活をして良かった。
本当にそう思った。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
長いすれ違いの末、ようやく二人が本音で話すことができました。
殿下もエレノアも不器用でしたが、それぞれ相手を大切に思っていたからこそ遠回りしてしまったのかもしれません。
推し活から始まった二人の物語でしたが、最後まで見守っていただき本当にありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。




