第1話 婚約破棄でお願いします
私は朝、目を覚ました瞬間に、すべてを思い出した。
前世の記憶。
そして、この世界の未来。
この世界は――乙女ゲームの世界。
そして私は。
王子に捨てられる悪役令嬢だった。
あんなに頑張って。
あんなにお慕いしていたのに。
最後は――
『悪役令嬢は消えてください』
そう言われて終わる。
……なるほど。
理解したわ。
私は勢いよく立ち上がった。
「ポジティブに生きましょう」
浮気する男なんて、死んでもごめん。
私だけを好きになってくれる人がいい。
もちろん――騎士団のイケメンとか。
どうせヒロインに取られるなら、先に手放してしまいましょう。
王子の顔色をうかがって生きる?
無理よ。もうたくさん。
***
私は王子の前に立った。
「殿下。私、お慕いしておりました」
「うん」
(ノアは今日もかわいい。俺の最高の婚約者だ。早く結婚したい)
「浮気する男は嫌いです」
「そうだね」
(浮気なんてするわけない。ノアだけだ)
「清楚系ヒロインと結婚するのはわかっています」
「……え?」
「なので、別れてください」
「ちょっと待って、ノア」
「どういうことだよ」
「婚約破棄でお願いします」
沈黙が落ちた。
「……え?」
王子は固まった。
「ノア?」
「清楚系ヒロインって何?」
「浮気してない」
「浮気しないから」
「婚約破棄は無理だ」
私はにっこり笑う。
「では、さようなら」
くるりと背を向けた。
「私は他のイケメンを探します」
「推し活しますので」
「いや、待て、ノア!」
私はそのまま立ち去った。
***
「ルシェル」
「はい」
「ノアが婚約破棄しようって言ってきたんだ。俺はどうすればいい?」
「……は?」
ルシェルは一瞬固まった。
「喧嘩したんですか?」
「してない」
「何もしてない」
「では、なぜです?」
「浮気する男は嫌いだって」
「……浮気したんですか?」
「してない」
「ですよね。エレノア様しか見ていませんし」
ルシェルは軽くため息をついた。
「それで?」
「清楚系ヒロインと結婚しろって言われた」
「……は?」
「清楚系ヒロインって何?」
「いや、それエレノア様じゃないですか?」
「だよな」
王子は真顔でうなずいた。
「俺、ノア以外無理なんだけど」
「どうしたらいい?」
ルシェルは少し考えてから口を開く。
「……とりあえず陛下に報告を」
「父上にか。わかった、行ってくる」
***
王の執務室。
「ノアが……婚約破棄しようって言ってきて」
「……は?」
王は思わず聞き返した。
「絶対、俺は婚約破棄しませんから」
「……喧嘩でもしたのか?」
「してません。いきなりです」
「俺が浮気するから婚約破棄するって言い出して」
「浮気?」
「してません」
即答だった。
「清楚系ヒロインって誰ですか」
「……知らん。しいて言うなら、エレノア嬢じゃないか?」
「ですよね」
王子は深くうなずく。
「俺もノアしかいないと思うんです」
「だろうな」
王も静かにうなずいた。
そして王子は真剣な顔で言った。
「とりあえず宝石を送ってみます」
「やめろ」
間髪入れずに止められた。
***
「それより理由を聞くとか、色々あるだろう」
「お前は本当に何もしてないんだな?」
「はい」
王子は少し考え込む。
「ノアがかわいすぎて、あまり話ができないからでしょうか」
「……は?」
「それとも、この前の紅茶が嫌いだったとか……いや、あれは好きなはずだ」
「おい」
「ノアがかわいすぎて、目が合わせられないからでしょうか」
「アレクシス」
王は静かに言った。
「お前、目も合わせられないのか?」
「かわいすぎるので」
即答だった。
王はこめかみを押さえた。
「……それはもう、お前の問題だ」
***
「早く結婚した方が良いのでは」
「俺はいつでも結婚したいです」
「父上、何で結婚を早くさせてくれないんですか」
「お前がエレノア嬢に言わないからだろう」
「だって……どうしたらいいかわからないじゃないですか」
「私が『いつ結婚する』と決めてやればいいのか?」
「はい。その方が手っ取り早いかと」
「却下だ」
即答だった。
王子は少し俯く。
「俺、好きすぎて……どうすればいいか」
王は深いため息をついた。
「……まずは誤解を解け」
「はい」
「それと――宝石はやめておけ」
「はい」
少し間を置いて。
「……やっぱり土地の方がいいですか?」
「やめろと言っている」
***
「殿下」
「なんだ」
「エレノア公爵令嬢が、騎士団に向かったそうです」
「……騎士団に?」
王子は固まった。
「男が沢山いるんだぞ」
一瞬の沈黙。
王子は勢いよく立ち上がった。
「すぐに向かう」
***
(……ノア)
俺は、ノアを誰にも渡さない。
――あんなに可愛いのに。
――あんなに努力家なのに。
――あんなに好きなのに。
(……まだ、一度も言ってない)
今回から始まりました。
婚約破棄したい悪役令嬢と、全然諦めてくれない王子の話です。
エレノアは「破滅回避したい」と思っているだけなのに、アレクシスは最初から「結婚したい」しか考えていません。
しかも、
「かわいすぎて目が合わせられない」
らしいです。
重症です。
そして、エレノアは騎士団へ向かいました。
推し活開始です。
でも、王子はそれどころではありません。
次回から騎士団側も動きますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。




