第十一章 互いの溝 ~憎しみは更なる災禍を生むという事実がなぜ分からないのですか!?~
空の料理は全て食べつくした。まな板と包丁とピザカッターをぬぐい熱湯消毒すると、すべての食器をまとめて出発準備した。
「道中お気をつけて」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
そして四人は車に乗り込もうとするのだが。
「ん? 誰か来るな」
門番の青年が遠くを見やれば、一台の馬車が北門に向かってくるのが分かる。二頭の馬にホロ布の荷車を引かせており、御者(馬の操り手)とは別に据え付け式ガトリングガンを持つ男がいるが、片肘をかけるばかりで攻撃する意図はなさそうだ。
「はい止まってくださいねー。身分証明と訪問の目的の提示をお願いしますねー」
馬の足音と車輪の駆動音が聞こえたためか、ほかの門番も出てくる。
御者ではなくガトリングガンの商人の男が言った。サンティーエ出身のようで、サンティーエ語なまりが混ざっている。
「商売だよ。荷物はパダーノ共和国からの輸入品でね、王都に向かう途中なんだ。一晩泊めてもらえたら助かるんだが」
「目的は宿泊。とりあえず観光と言う部類で登録させてもらいますね。荷物を改めさせてもらっても? あとその武器は?」
「こいつは自衛用だ。荷物は開封厳禁でな、王都の責任者以外開けちゃいけねえ決まりになってる」
「分かった。だが荷車だけは改めさせてもらうのが規則ですのでね、失礼しますね」
「ちっ」
荷物検査のために足止めを食らって面倒に思わない者はいない。それが旅人ではなく輸送ギルドであればなおさらだ。だが空たちには関係ない。エンジンに水と木炭を放り込んで出発しようとした、その時だった。
「えっ?」
かん高い動物の鳴き声が響いて来た次の瞬間、風を巻き上げて一頭のドラゴンが一同の真上を通り過ぎた。ドラゴンは上空で旋回し、北門のすぐそばに舞い降りた。胴にはハーネスを巻き、背には鞍を背負い、その鞍にはエヴィルの少女クリューが乗っていた。つまりこのドラゴンは、守り神イラハである。
「イラハ? クリュー! どうしてここに!?」
「どうしてってそりゃ、イラハが鳴いたからよ。門番、彼らを通しちゃダメ。何か隠してる」
「なっ!? このクソガキ魔族が!」
ガトリングガンの男は銃口をイラハに向けて銃身右側のハンドルを回す。アークル駆動式ではなく手動式で、マガジンに装填されている銃弾を連続で発射してゆく。御者の男は悲鳴を上げて椅子の下で身をかがめ空たちも男から距離を置く。
「イラハ! クリュー!」
空たちは叫ぶが、頑丈な鱗に守られたイラハに傷を負わせることはできない。それどころか、イラハはマガジンの銃弾が切れたところで男から右足の鋭い爪でガトリングガンを奪い、銃身は門の前に放り投げた。そしてそのまま右足で商人の男を蹴り飛ばしてしまう。
「ぐあぁあ!?」
地に伏せる男、すかさず槍を手に男に駆け寄る空。そしてイラハも大きく翼をはためかせ、男の前に舞い降りる。
「空。そこからどきなさい。こいつには死んでもらうわ」
「死ですか!? クリュー、何もそこまでしなくても!」
「こいつは悪意をたずさえてこの町に入ろうとした。まだ何もしていないイラハに銃を向けた。殺すには充分よ。でもその前に言いなさい。何を持ち込もうとしたの!?」
それには、ピエリーナが答えた。
「かすかに変なにおいがするから確かめさせてもらったのです。これは麻薬なのです! 正しく言えば、錬金術で生成された『調合麻薬』なのです。科学的な甘い香りが特徴で、麻薬そのものを吸引すれば強い幻覚作用に襲われ、摂取量が小指の先ほどで死に至る、危険な麻薬なのです。事故が起こる前に、早く燃やさなきゃなのです!」
「なっ、それマジなの!? ……ちょっとあんた。とんでもないもの持ち込もうとしてくれたわね。死なんて生ぬるいわ。爪を剥いで指を食いちぎって痛みと言う痛みを以って殺してあげる。覚悟しなさい!」
だが、空が男の腹に槍の柄頭を突き立てて彼とクリューの間に割って入った。
「何をするのよ! そいつは!」
「わたしにも許せません。ひとつの間違いが、王都だけではなくハバレーまで危害が及ぶであろうことも承知しています」
「だったら!」
「だったらなおさら、彼を殺すことはできません。カリオストロ協会の手のものであることが充分に考えられるのです。彼を尋問にかけ、その結果をレアガルド王国議会に報告しなければならないのです。彼を殺してしまっては、真相は闇の中です。それに」
「何なのよ!」
「彼が他国の輸送ギルドであった場合、他国民を殺した罪をカリオストロ側、あるいはサンティーエやパダーノから問われることになります。最悪、戦争に発展するでしょう」
「だから証拠も残さず食い殺すのよ。どきなさい!」
「あなたのその怒りは、ハバレーに悪意を持ち込もうとしたからですか? 彼がサーパスだからですか?」
「両方よ! 確かにサーパス誰もが悪人だなんて思ってない。でも明確な悪は殺すべきよ。これまで通り、これからも、跡形もなく、容赦なく!」
「それではいつまでもサーパスとエヴィル、両者は相容れないままです。ただあなたがこの方に痛みを与えて殺すと言うのであれば、その役目、わたしに預けてください」
「は? あんた、何言ってんのよ!」
「こうするのです」
空は男の腹から柄頭をどかし、槍を返してその穂先を男の胸に向けた。
「ひっ!?」
「怒りや憎しみからは何も生まれない、そんな幻想は通用しません。生まれるのです、更なる悪意や敵意が。そうして負のスパイラルは続き、人間関係はそのスパイラルに飲み込まれて崩壊するのです。あなたたちの穏やかな農家暮らしすら。
それを食い止める方法はただひとつ、『相互理解』を置き他はありません。それは相手の言い分や価値観などを全面的に肯定し受け入れることではありません。あなたはあなた、わたしはわたし、価値観はもちろん、育ってきた環境も他人に対する思いも、一人一人違うのです。その違いを認めること。ただ認めること。すべてはそこから始まるのです。
『許してやれとは言いません。許したくなければ許さなくていいのです。しかしその果てに、他人を巻き込んで不幸になってゆく行いをしてはなりません』。この方に下すものは憎しみゆえの殺害ではなく、生涯かけての贖罪のための罰です。血を流させない替わりに、わたしが責任を持って永久に奪います。……この方の、自由を」
顔にマスクをかけたひまりとピエリーナは荷車から麻薬が入った木箱を下ろし、門番のエヴィルの青年が木箱に火を放って処分した。空はクリューとイラハに人殺しをさせないように、そしてガトリングガンの男の抵抗を封じるべく無慈悲に槍を突き立て、アレットは状況を静かに見守る。
クリューは叫ぶ。
「どきなさいよ。その男を差し出しなさい! あんたまで食い殺されたいの!?」
「それであなたの良き心が痛まないのであれば、ご随意に」




