第十一章 互いの溝 ~これが、賢者の石の正体、あるいは実態なのです。~
「アレット。話の腰を折ってしまい申し訳ないのですが、ピエリーナも言及していた賢者の石とは何なのですか?」
ひまりも「それは拙者も存じ上げぬ」と続いた。
「ピエリーナ、説明頼むッス」
「はいなのです! そもそも錬金術は、『鉱石や雑金属からの黄金の錬成』と『永遠の命をもたらす霊薬の錬成』、このふたつを重視して古代から研究されてきたのです。当然化学や物理学でそんなことはできるわけがないのですけれど、魔術とそれを行使するためのアークルと言うエネルギーの存在が後者を可能にしたのです」
つまりこういうことだ。
賢者の石=『不老不死の霊薬』の錬成を研究する錬金術師は魔術を学び、アークルと言うエネルギーを科学し始めたのである。その原初のエネルギー体は『生命因子』と呼ばれ、生命因子はアークルの材料である、あるいは生命因子とアークルはイコールであると考えられた。
そのアークルを超圧縮・凝縮された半物質半エネルギー結晶体が『魔力結晶』であり、これはかつてこの地上に存在した古代生物や樹木の化石が変異したものとして採掘も可能である。賢者の石はその魔力結晶をヒントに研究が加速され、ついに完成した。
だがその錬成方法は、多くの動物たちのアークルを収集、圧縮、魔力結晶以上の純度にまで結晶化させる必要がある。しかもレッドフォート州五区砦の魔導ソレノイドのように人々から少しずつ収集するのではなく、限界まで搾取することで錬成を可能とする。つまりは多くの生贄が必要なのである。
しかしとは言え賢者の石も消費されるエネルギー結晶体。永遠の命は続かない。つまり『半永久的な命』を得る代わりに、多くの命の犠牲が必要なのである。せっかく完成された賢者の石の錬成法は非人道的であるとして、国際条約で『上級錬金術師のみ錬成法を閲覧することが許されても、何人たりとて賢者の石を錬成することは許されない』と決定された。これを破れば重い刑罰が待っている。
「……というものなのです。そして賢者の石はあくまで超高純度エネルギー結晶体。首をはねられれば死は免れないのです」
「まあ、頭と胴が真っ二つになっても生きているようでは、もはやゾンビをも超越した化け物ですよね」
空の言葉に首だけで生きるゾンビを想像しただけで全員が青ざめる。
ライノックは話を元に戻す。
「アルケモートしかり、五区砦しかり、魔術や錬金術ある所にカリオストロの手が伸びている可能性は否めぬと言うことか。いや、第七代レッドフォート伯爵の言い分も取り入れるなら、軍や政界にも手を伸ばしている可能性も考えられる。よかろう。アレット・ドイルには引き続き国内各地に身を潜めているカリオストロ協会関係者を追跡してもらうとして……、ピエリーナ・マルゲリータ」
「はいなのです!?」
「貴君の実家も錬金術を用いた靴や素材を販売する店であり、アルケモートそのものが錬金術で栄えている町だ。マルゲリータ家にレアガルド王家の紋章を贈ったとは言え、カリオストロ協会が再び狙わぬ保証はない。定期的に里帰りすることを勧める」
「はいなのです。私も、残してきた両親やアルケモートの町が心配なのです」
「蒸気駆動車の所有者である呉空。たまにはそれを許してやってはくれまいか」
「もちろんです。あの町も素敵な町でしたから」
食後のお茶を楽しみ、空たちは王城を後にする。日はすっかり暮れ、漆黒の夜空に月と星たちが輝いている。そして厩舎より去り行く蒸気駆動車を、ライノックは静かに見送った。
「法において成人しているとは言え、あのような少女たちに社会の闇に関わらせるのは忍びない。だからこそ、我は国王として、またひとりの大人として、彼女らを守ってやらねばならぬのだ。そのためであれば、いかなる手をも尽くそう」
執務室のデスクにかけ、ライノックは静かに言った。
「いるか」
そんな彼の前に舞い降りたのは、以前空が戦ったシャドーと同じ出で立ちをする者。忍者である。
「ここに」
「『斥侯部隊』に通達。王府及び王国議会、陸軍及び海軍、各州各町の役所、冒険者ギルド、錬金術及び魔術の研究所、その五項目の公的機関を徹底的に探れ。アレット・ドイルと連携し、我が国からカリオストロ協会関係者を根こそぎ排除するのだ」
「はっ!」
翌日。
今度こそ最後のジグラス巡りに行こうとしたところ。
「……ところで、最後のプリモディアル・ジグラスはどこにあるのでござろうか?」
ひまりのまさかの把握不足に、空たちはガラガラと崩れ落ちた。
「ちょ、ひまりぃ!? あんたがそれでどうするッスか!?」
「そう言えばわたしも知りません。ミオ・ナカハラさんに最後のジグラスは王都の近くの国立公園にあるとまでは教えていただきましたが、国立公園のどこにあるのかすら分からないようでは参拝のしようがありませんね」
「であれば、ジグラス・レアガルドで聞いてみるのです」
「そうッスね。それじゃあ、見知った方のジグラスに向かうッスよ!」
そして一同はジグラス・レアガルドに向かい、プリモディアル・ジグラスの所在地を祈り手に尋ねた。どうやらレアガルド州の北方『アヴァロン区』にあるとのこと。空が取り出した地図で確認すると、アヴァロン区全体が『アヴァロン国立公園』と定められているらしい。
「区全体が国立公園ッスか。こりゃ参拝にも一苦労しそうッスね」
「そのようでござるな。国立公園は自然や文化財を国が保護することを目的とした手付かずの状態で残されている保全地域。参拝路だけはそれなりに整備されているでござろう」
「かもッスね。しかしアヴァロンは遠いッス。きちんと旅支度を整えてから参拝するッスよ。たぶん、行くだけで二日はかかるんじゃないッスかね」
「参拝だけでも往復四日なのです。通り道に村があれば泊まれるのですけれど」
「地図上にはあるみたいですが、王都に近い『ハバレー町』と、その先に名前の表記が無い村のようなところが一か所。今夜はハバレーに泊まるとしても、明日はその村を通り過ぎてしまうでしょう。参拝前の野宿は必至です。また今夜確実にハバレーに泊まるのであれば迷っている暇はありません。急ぎ食料を買い込みましょう」
こうして、空たちは一時間ですべての準備を終えて王都を発った。




