第十章 それぞれの一週間 ~自分が男だったら『タマ』がひゅんっ! ってなるくらい非情極まりない刑ッス。~
自由行動四日目の夜。
アレットが空とひまりを集め、ピエリーナの帰りを待って宿の自室で会議を開いた。
「えー。諸君を集めたのはほかでもないッス。現在、自分が西区の奥様方からもらっている探偵仕事について、みんなにも協力してほしいッス。ぶっちゃけこんなことをしちゃうと事業主としては大赤字なんッスが、とは言え探偵としては悪を見逃せないんッスよね」
「大赤字、ですか。アレット、依頼料は回収できているのですか?」
「奥様方で集められたギャラは七万ガル。それは三日分の探偵料として会計して、今日で依頼は終わりッス。だからここから先は、知ってしまった以上は動かざるを得ない保安庁諮問探偵としての行動ッス。上手くいけば報奨金がたんまり。下手をこくと西区に大迷惑が掛かる。でもこれは自分らでなければ解決できない事案でもあるッス。協力、頼めないッスかね?」
「承知致した。して、アレット。どのような事件なのでござる?」
「水路に土砂を捨てるなんて言う悪質ないたずらでは済まない、これは大事件の始まりかもしれないってことッス」
「はいなのです! そういうことなら全力でお手伝いするのです! 西区にはお世話になった錬金術工房もあるのですから!」
「決まりッスね。では、事件の全容をお話しするッス」
題して、『事件ファイル:レッドフォート州Case2』。
レッドフォート州五区砦西区の水路にて、用水路の水が定期的にひどく濁る事件が発生。しかもその原因である土砂は幅の広い水路の只中に捨てられており、荷車などで捨てるには及ばない距離である。
調査依頼を受けたアレットの調査の結果、土砂は現場より上流にて何者かが深夜に『複数のダンボール箱』を投げ入れていたことに起因することが分かった。箱の蓋あるいは底は抜けており、『発泡剤』などで浮力を確保しつつ砂を圧縮して用水路に投げ入れたと考えられる。水分を含んだ砂は崩壊し、ダンボール箱の強度は失われ、投げ入れられた橋から離れた場所で箱から全て溶け落ちたと考えられる。では誰が何の目的でこんなことをしたのか?
アレットは調査二日目の夜に漆黒の外套を纏って木箱を捨てた犯人の足取りを追った(堂々と巡回していてはまた投棄場所を変えられるからである)。音が出にくい車輪が使われている荷車を押す犯人が向かった場所は、『社会雑学研究所株式会社』。もともとは空き家だったものを会社の社屋にしたらしい。そして深夜にもかかわらず社屋には明かりがつき、何人かがせっせと働いている様子がある。
――毎晩のように土砂を捨てに行く怪しい一団。そして昨日の昼に依頼者の誰かが言っていた情報屋。ここはそのアジト。探偵のように知恵と知識、調査のための足を商売道具にしているのが情報屋ッスが、あいつらの真の目的は情報屋業ではないッスね。
さらに翌日、アレットはひまりから地図を借りて社会雑学研究所の付近に何があるのかを調べた。すると、ある建物の存在を知ったことですべてを理解した。
「最初は銀行の地下金庫でも狙っていたのかと思ってたんッスが、もっと近くにいい物件があるのにそこを借りていないことから、それはないッスね。本当の目的は、西区二丁目にある『ドン・キュベレイ』の屋敷ッス!」
「誰ですか、それは?」
「んッス。キュベレイは裏も表もないレッドフォート州のギャングで、『証拠が無きゃあ逮捕もできひんやろ?』ってスタイルで堂々と違法な商売で財を成してきた大金持ちッス。普通のギャングと違うのはヤマトの『ヤクザ』に近く、キュベレイ一団は親分子分の関係で成り立っているほど身内同士の絆が固く、『カタギ相手にゃ商売はせぇへんし、取引相手にもさせへんで』と豪語するため、同業者からは嫌われ民衆からは慕われる、変わり者のギャングなんッス」
「その変わり者のギャングたるキュベレイの命を狙っている、と言うことでしょうか」
「命を狙うなら暗殺者を雇うッス。おそらく、自邸と言う完全に警戒を解いた状態のキュベレイに何か脅しをかけるつもりか、彼の金庫を狙っているのか。その両方を合わせるとキュベレイに高額の小切手を書かせようとしているとも考えられるッスね。と言うわけで本来ならここで保安庁と陸軍に任せるところッスが、陸軍の分隊長まで汚職に関わっていることで分隊は有事無き限り謹慎中。であれば保安庁分隊、あるいはそこと庁舎を共にしている冒険者ギルドに相談するところッスが、『公的機関に大々的に動かれては連中が計画を中止する恐れがあり現行犯逮捕が不可となる恐れがある』と言う理由を掲げ、この四人で手柄を山分けするのはどうッスかね」
空たちに断る理由はなかった。
空たちの自由行動七日目。
西区二丁目、ドン・キュベレイの豪邸。
キッチンのタイルが外れる。タイルの下に空いた大穴からは鋭い目がのぞく。
ひとりの男が魔導ランタンを手に這い出る。膝に土がついたスーツ姿だがそのスーツは立派なもの。そして「いいぞ、続け」と穴の中にいる男たちにも言うのだが。
「そこまでッス!」
叫び声とともに、男たちは魔導ライトに照らされる。
「うっ、まぶしい!」
「何だ、どうなってやがる!?」
叫ぶ男たちに、今度は剣の切っ先や拳銃などが向く。自分たちに向けられた光に目が慣れると、自分たちは大勢の人間に囲まれていることが分かった。立派なひげを蓄えた巨漢ドン・キュベレイ(寝巻に立派なコートに狩猟用ライフル)、彼に雇われている執事やメイドたち(全員戦闘訓練を受けている)、今回の依頼主である西区の奥様方、そして調査依頼を受けたアレットである。
「さーて、社会雑学研究所株式会社の面々。これはどういうことか説明してもらえるッスかね? ああ、ちなみに引き返しても無駄ッス。あんたらの社屋にも仲間たちがもう向かってるッス。伝えてあるんッスよね、社屋から出てくる者あれば武器を向けて構わないって」
「おぉぉぉ、おぉぉお前ら、一体、何なんだぁ!?」
「あッ、探偵だぁぁッ!」
大見得を切るアレットだが、トンネルの中の男たちは「いや、そういうこっちゃねえよ!」と全力のツッコミで返す。
スーツの男に、ドン・キュベレイがにらみを利かせる。
「おう、情報屋。世話ンなっとるのぉ。隣町との抗争になる前に連中を潰せたことはお前らの情報のおかげや。しゃあけどな、超えたらあかん一線ってもんがあるやろ。何を狙っとった。カネか? お宝か? わしの小切手か? そんなもんやすやすくれたるほど、わしゃマヌケでもお人よしでもあらへんぞ? 人ぉ舐め腐るなや、この汚いドブネズミめが」
「そうよそうよ! あんたたちが用水路に泥撒いたおかげで飲み水も飲めなくなってるのよ! 洗濯もできないし湯浴みもできない、毎日喉乾くし不衛生ったらありゃしない。あんたら、あたいらに水も飲まずに死ねって言うのかい!」
「それだけじゃないッスよ」
それを是とした上でまだ何かあるのかと、ドン・キュベレイや奥様達はアレットを見やる。
「水が飲めなければ生きていけない。こんなことが続くようでは、区民は引っ越しを余儀なくされる。廃土処分ついでにこいつらはゴーストタウン化寸前にまで人を減らし、ドン・キュベレイ氏から多額の金と取引相手リストを奪い取った後は、情報屋一味がこの町の覇権を掌握するつもりだったんッス。用水路をきれいに清掃し、町の人々を呼び戻し、支援金を配布し、区民に恩を売りまくるんッスよ。そうすることで西区を違法商売の拠点として作り替えるっていう寸法ッス」
「せやとしたら、えらく規模のでかい『マッチポンプ』やのう。よーやるわ」
「ちなみにちゃんと根拠はあるッス。あとは社会雑学研究所の社屋から何か決定的な証拠が出てくれば……、親分。いっちょ『しごうたります(捌く→裁く)』か?」
「せやなあ。自分らがどれだけアホなことしたか、分からせたろか」
翌朝。
社会雑学研究所の社屋からとんでもない量の取引帳簿及び各種書類が見つかったことで、ドン・キュベレイをはじめとする彼の舎弟や執事やメイドたちによる殴打(拳であったりビンタであったり、ひどいものでは棍棒まであった)ののち冒険者ギルドに引き渡された。
「おぉ、若いの。何か言い残すことあらへんか?」
「ふぃ、死みらくらいれしゅ……」
顔面が腫れて言葉にならない。
「お前らの命ぁ取ったって一ガルにもならへん。まぁうちの舎弟に金〇取られたンはホンマに愉快やったなぁ。しかも銃弾で。ええやないか、ドブネズミの遺伝子残さんで済んで」
ドン・キュベレイの言葉に、その場にいた男たち全員が「ひゅっ!」と静かな悲鳴を上げた。空は「陸軍の座学で学んだのですが、そういう刑(宮刑)もありますからね……」と表情を殺していたが、ピエリーナは「下品な刑なのです!」と顔を赤く染めて叫んだ。




