第八章 王家の加護と迷惑な武人 ~これは武士の誓いにござる。~
王城南側。
太陽も高く上り、雲ひとつない晴天。庭を一望できる四阿に集められた空たちは、一国の主たるライノックとともに紅茶を……、
「味わえるとでも」
アレットはつぶやく。それは空もひまりも同様で、ピエリーナに至ってはフリーズしていた。
「まあ緊張しないでもよい。だがアレット、貴君の思うとおり、この度の貴君らの保護の目的はカリオストロに関している。カリオストロ協会幹部がひとりヴォーバン、幹部直属のスパイであるソルト、この二名を拿捕してくれた実績は大きい。そして貴君らには、これからも引き続きカリオストロ協会を探ってもらいたいと思っておる」
「やはり、ですか……」
「やはり、だな。無論それはレアガルド王国議会保安庁諮問探偵であるアレットに任せるとする。空、ひまり、ピエリーナ三名についてはこれまでの武功を評するとともに、旅仲間としてアレットを守ってもらいたいと思っておる。無論、可能な限りで構わぬ」
「御意のままに」とひまりは返すが、この前まで戦いに身を置かなかったピエリーナはただうろたえるばかりである。
そこに、空が口をはさむ。
「そもそもの話なのですが……、我々はカリオストロ協会というものをあまり知りません。陛下、カリオストロ協会とは何者なのですか? どこまで悪事を展開し、こうまでして我々をつけ狙うのでしょうか?」
「そうだな。では我が知る範囲で説明しよう」
カリオストロ協会。
『本来のカリオストロ協会』とは、『錬金術師アントニオ・ディ・カリオストロ/本名:ジョルジョ・バルサモを筆頭とするパダーノ共和国にある錬金術協会』を指す。
しかしそのカリオストロ=ジョルジョがシュトラルラント王国の王妃に投資話を持ち掛け、それが額の大きな詐欺であることが発覚してシュトラルラント王国から追放、彼の出身国であるパダーノ共和国においても錬金術師としての資格と協会運営資格を剥奪、しかもその詐欺がなかなか悪質だったため役員ともども逮捕、バルサモは今から三年前に獄中で病死している。
現在のカリオストロ協会はジョルジョの妹『フランソワ・バルサモ/便宜上呼称:カリオストロⅡ世』が継承しており、自らも錬金術師ライセンスを取得して兄に代わって軍事用錬金術事業を中心に手広く展開している。他にも傭兵部門で軍事力の提供、宗教団体の設立、各種薬剤メーカー、スピードラーニングのノウハウを用いた早期人員育成など様々な事業に着手している。当然これらの事業に関しては合法だが、それをよろしからぬ方面に提供していると言う黒い話ばかりを、ライノックはよく耳にする。それはもう根拠のない噂から立証された事実まで。
空たちが討伐したアルケモートの錬金術協会や陸軍に潜入していた男など確かにあくどいことはやっているが、彼らを逮捕することができても所詮は『トカゲの尻尾切り』。フランソワは兄ジョルジョ以上に狡猾である。悪事の証拠が出なければ逮捕も資格剥奪もできず、今カリオストロ協会を失えば軍事力の供給元が絶たれ、そこを狙われる国や自治体が現れる可能性も否めない。
「あまつさえレアガルドも食い物にされていると言うのに本拠地がここより遠いパダーノ共和国にあるという点でも我が国から手が出しづらく、カリオストロ協会は頭痛しかもたらさん。要するには『ぶっちゃけめんどくせえやつら』だな」
アレットは思った。「国王たる者がぶっちゃけめんどくせえとか言うんだ」と。
ライノックは続ける。
「つまりその王家の庇護を持つその短剣を諸君らに持たせると言うことは、ドイルに対しては旅先の地にてカリオストロ協会の撲滅ないしそのための協力を要請すること、呉と河上に対しては旅の道中のドイルの護衛、マルゲリータに対してはドイルの護衛と共に身分の保証を意味する。実家もまた錬金術事業に携わっているのだろう。これはマルゲリータ家への守護でもある。マルゲリータは女子の身でありながら武術を以って悪徳錬金術組織を討伐した功績がある。これは王としての感謝のしるしと思ってもらいたい」
「はいなのです。心から感謝申ちあげつ……っ」
噛んだ。
「はうぅぅぅぅ……っ!」
「うむ。さて、せっかくの紅茶ももう冷めてしまった。リューン、紅茶を淹れ直してくれんか?」
空たちは美しい庭園で二杯の紅茶を味わい、ライノックとリューンに深く礼を述べた。
夕方。
この日は城下町の宿に泊まるとよいと、ライノックは王都の高級ホテルへの紹介状を書いて空たちに手渡した。そして出発前、ひまりはライノックに言った。
「国王陛下。少しお話がございます。二分で構いません」
「よかろう。申すがよい」
「はい。……お茶会でも申し上げました通り、拙者の旅の目的はジグラス巡りであり、今は亡き主の遺骨を最後のジグラスに奉納することにあります。現在、アレットと空には拙者の旅に付き合ってもらっております。拙者の目的を果たした後、今度は拙者がアレットたちについてゆくことを約束しています。……それに際し、アレットがカリオストロ協会との戦いに身を投じるならば、拙者はアレットと肩を並べて戦いたいと存じます。これはそのための決意にございます。……『金打』」
ひまりはライノックから賜った短剣の鞘を持ち、ほんの少しだけ抜いて音が鳴るほど強く納刀した。鍔と鞘を打ち鳴らすこれを金打と言い、武士が命を懸けて約束を守るための誓いの所作である。
遥か東の戦士の礼儀に、ライノックはひとつ頷いた。
「頼んだぞ。若き戦士」
そして今度こそ、一同は退城した。




