第六章 踊銃使いの錬金術師 ~お酒も飲めないなんてお子ちゃまなのです。(笑)~
その頃。
ジェフリーの店、『ベール製革工房兼ダンス練習スタジオ』。
仕留めた獣の解体、精肉と製革を家族に任せ、ジェフリーは大きな鏡を前にピエリーナと並んでタップダンスを踊っていた。
「そうそうその調子。いいぞ。どんなに疲れていても、笑顔とリズムは絶やすんじゃねえ。多少ミスってもそのあと愛嬌とカバーで盛り上げりゃいいんだ。大事なのはお客さんを楽しませようって気持ちだ」
「はい、師匠!」
「よし、そのまま拳銃を抜け。今度は赤玉十五個ノーミスに挑戦だ」
「はい!」
先日、クラヴィアで披露した赤玉撃ち落としの記録更新を狙う。リズム、笑顔、振る舞いの華麗さ、銃撃の正確さ、そのすべてを要求される高難度演目だ。
だがその時、私服姿のロッソが店に駆け込んできた。
「大変なの! 誰か力を貸して!」
ライブ居酒屋クラヴィア前。
少し離れた場所に車を停め、武器を手に向かいの裏路地から店を伺えば、サングラスをかけ黒く立派なスーツを着た男たちがロングバレルリボルバーを構えて店の入り口に立っていた。また、店の前の路地にはやはり漆黒の高級車が三台も停まっている。運転席前の蒸気機関がむき出しなのは、それが大きいだけ出力も高く、それだけの車が買える財力を有していることの誇示である。
「あれはどういうことッスかね?」
「何か分かったのですか、アレット?」
「あれはどう見ても強盗だとかじゃないってことッス。身なりからしてもそれなりに立派な職魚に就いている、そして武器として構えているものはメリクスの名銃『バントライン』ッス。どこかの軍人さんとかッスかねえ? あるいは……」
ひまりのその疑問に答えたのは、彼女の背後に現れたピエリーナだった。
「ギャングなのです。町長さんがさらわれたのです」
「えっ!? って、ピエリーナ殿!」
ガンマンスタイルのピエリーナのそばには、ロッソとジェフリーもいた。
「お願いよ、冒険者のみんな! ノノ(祖父)を助けて!」
「……あなたは、あの時ピエリーナにナイフを向けていた子ですね」
「そっ、その節はどうも! でも今は私のノノを助けて! あとで謝礼は必ず!」
そんなロッソにジェフリーが言う。
「そのノノにレッスン代払ってもらってるガキンチョが何ナマ言ってやがる。だが俺からも頼む。町長だ、町長が『ルペシッサ錬金術組合』の連中にさらわれてこの店に押し込まれたんだ。あの車の紋章を見ろ」
高級車のドアには、『七芒星を囲う竜』の紋章がある。『七芒星』は『蛇が巻き付く十字架』と『太陽を背にする獅子』と並ぶ錬金術の紋章であり、竜は力の象徴で正義にも悪にも転じられる。
「てことはその、ルペ何とか組合ってのは錬金術を悪用しようとするマフィアってことッスか?」
「ああ、ここ二~三年でこの町の端っこから力をつけてきている悪徳会社だ。だがどうしてこんな表通りの店なんかに……」
すると、アレットは少し考えてひとつの推理を述べる。
「普通、町長なんていう名のある人物をさらうとしたら、人気のない倉庫に閉じ込めてさらに上の立場の人間、例えばイフリクス・イオ・アルミス辺境伯あたりに身代金を要求するとか出るはずッス。こんな表通りの店に白昼堂々連れこむとか、普通の拉致じゃないッスね。そしてあまり疑いたくないッスが、クラヴィアの店長さんも多少なりとも関与しているかと」
「マジかよ、探偵の嬢ちゃん!?」
「あいつらの仲間か、強制的に協力させられているか、連中がたまたま選んだ店がクラヴィアだっただけか。いずれにしろ、組合は町長を人質に取るのではなく、直接町長と交渉がしたいようッス」
「となりゃあ……、やっぱり錬金術に関することだろうなあ。あいつらが錬金術に関する組織である以上、その一切の利権だろう」
「それも、街を巻き込むほどの」
するとアレットは、ロッソに尋ねた。
「町長の孫娘さん、確かロッソって言ったッスか?」
「リッコよ! リッコ・ロッセリーニ! ロッソは友達からのあだ名、軽々しく呼ばないでちょうだい!」
「分かったッス、ロッセリーニ嬢。町長は錬金術の事業に関して、この町に独占的な法律を制定したり、あるいはどこかの工房を贔屓したりとか、そういう錬金術事業に関する不正、あるいは妙な行動をしていたりする言動を見たことはあるッスか?」
「ないわ。それどころか、ノノは全ての錬金術師に対して公平だもの。我が家は先の戦争の前、サンティーエ帝国においてアイアンゴーレム事業で成功し、国が破綻した後はこの国この州で新しい事業を立ち上げ、その事業を弟である大おじさんに引き継がせて町長になったの。社会勉強として私にも仕事を見せてくれるから、ノノは絶対にそんないかがわしい事なんてしないわよ!」
「分かったッス。クラヴィアの店長については?」
「さあ? 先週初めて使わせてもらったお店だもの、そもそも居酒屋なんて、お酒が飲めない私のいくところじゃないわ」
そこに、ピエリーナが「私と同じ十五歳と成人しているのに飲もうとも思わないなんて、お子ちゃまなのです」と茶々を入れてロッソを苛立たせる。
ちなみに、レアガルド王国では満年齢十五歳の誕生日で成人(飲酒解禁、選挙権取得。喫煙はまだ)である。
「へぇ、ピエリーナ嬢は自分の一個下なんッスね。まぁそれはさておき、何ッスかねぇ、この妙な感じ? 大型の事件としてはいつもとは違う感じがするッス。何が、何が違うんッスか? ……そうか。そういうことッスか!」




