プロローグ 究極の兵器 ~すべては我が野望のためだ。~
『セレニス共和国』。
パダーノ共和国領土の内部にあり、建国以来一切の戦争を起こしても巻き込まれてもいない平和で小さな国である。また美と芸術の国でもあり、国民性もまた世界で一番穏やかとも諸外国からは評されている。
そんな国を、漆黒のドレスに同じデザインのつばの大きなレディースハットとエナメルの靴をまとい、やはり黒い手提げかばんを手に提げて古く趣のある街を歩く。
「ここはよい。世界に真の平和があるのなら、まさにこのような国であろう。そうだな。かの神話のような『世界の終焉』ののちに残りしギムレーにも例えられようか。海がないのが残念ではあるが、世界が滅んだ後、海へと向かって領土を広げるのもよかろうな」
物騒なことを言いながら、黒衣の女性はカフェに立ち寄る。注文したのはブラックコーヒーと肉野菜サラダ。手元を誰日も見られないように光のパーテーション『マジックウォール』を展開し、コーヒーとサラダを味わいながら書類仕事にいそしむ。
そんな彼女の前に、トレーを持ってひとりの大男が掛けた。
「ごきげんよう、シニョリーナ・バルサモ」
「待て」
「へいへい」
黒衣の女性『フランソワ・バルサモ=カリオストロ二世』は、男を見ずになお書類を片付ける。男は彼女の隣の席にかけるが、フランソワはマジックシールドを展開する様子は見せない。
男がコーヒーを飲み終え、店員を呼んで注文したのはチョコレートパフェであった。
「案外乙女なものを頼むのだな」
「うっせえ。口を開いたと思ったら嫌味かよ」
「余裕が出てきた。少しだけ待て、もう終わる」
「そのフレーズを聞いて一時間以内に終わったためしがないんだが?」
男はゆっくり少しずつチョコパフェとビスケットを口にしてゆくのだが、一時間は長い。
ひたすら長い。
ようやくフランソワがすべての書類を片付けマジックシールドを解除したときには、「もう口に入らねえ」と男が顔を青くしているところであった。
「待たせて済まぬな」
「いいよ。どーせいつもの真っ当な側からの顧客からの無茶振りだろ?」
そして男は、カバンから大きな紙封筒を取り出した。それを、また別の紙封筒をフランソワと交換する。
「『例の錬金術工房』からの重要書類だ。あんた、今度は何を作ってるんだ?」
「すべては我が野望のためだ」
「はいはい、ただのクーリエには関係ない話ってんだろ? わーってらい。けどいいのか? あんたんとこの工場や取引先が次々抵抗勢力に潰されてるって話じゃねえか」
「『金づるを失った』と言う意味では大変惜しい。だが奴らに一定の成果を収めてもらえればそれでもう用はない。そして吾輩の野望は間もなく形となる。この錬金術工房が潰されなければそれでよし。潰されたら、そうだな。どこからも疑いのかからないこのセレニスにでも新しい工房を建てるとす、いや」
そう言ってフランソワは、この国のシンボルである『ガファイタの山頂城』を見上げた。かつての議会庁舎、裁判所、刑務所であった山頂城は現在、観光地として人気を集めているのだが。
「幼き日の故郷に、そのようなことはしたくないな」
そう言って、フランソワは封筒と書類の束をカバンにしまった。
「んじゃ、お暇しますかね」
「ああ。……永遠にな」
フランソワが二人分の会計をして店を出た一時間後。
ひとりの大柄の男が、道端で急に苦しみだしそのまま息絶えた。
所持品は、ポケットの中の財布以外になかった。
セレニスより西、パダーノ共和国西方・某所。
海に面する断崖絶壁に位置する『株式会社エルカレール錬金術研究所』。
アークル加熱式蒸気駆動乗用車に乗ってフランソワが赴けば、厳顔細身の中年男性が待っていた。
「ごきげんよう、シニョリーナ・バルサモ」
「この度は御社との提携の調印を感謝する、エルカレール錬金術研究所『社長ドミ・エルカ』」
その男ドミ・エルカは、ドレスシャツ、赤いネクタイ、黒のスラックスの上に白衣と言う、社長にして錬金術師である。
エルカはフランソワと握手を交わして尋ねる。
「最後にお会いしたのは半年前でしたな。その後はお元気でしたか?」
「元気と言えば元気だな。変わりないかという質問をされず助かった」
それを問われれば「いや、いくつもの会社や取引先を潰された」と返さなければならなくなるからだ。
エルカは賓客室にフランソワを招き、紅茶を差し出した
「心中お察し致します。弊社も社員を食うに困らせぬため、ひとさまの前で声を大にして言えぬことも手がけておりますれば」
「お互い様だな。うむ、良い香りの紅茶だ。……よいか、エルカ。この先も、御社がカリオストロ協会とかかわりを持っていることを知られてはならぬ。知られたら最後、他社と同じ末路をたどると思え」
ビスケットとともに紅茶を口にし、フランソワは言った。
「はぁ。しかしシニョリーナはなぜ、ほかの取引相手と違い、我が社をここまでごひいきくださり、お守りくださるのでしょうか?」
「そうだな。社長を含め、この会社には吾輩と多少縁のある者が多く働いている。吾輩としても御社の社員に手を下したくはなく、またつまらないことで穏やかな営みを失われたくはないのだ」
「『詐欺師・戦争商』とは思えないお言葉にございますが……。しかし、シニョリーナのお心に報いるため、この不詳ドミ・エルカ、シニョリーナのお気に召す最高の品をお約束いたしましょう」
「感謝する。では紅茶もいただいたことだし、それを見させてもらおう」
エルカはフランソワを連れて工房の奥へと向かう。
表向きには、この錬金術工房は軽作業用ゴーレム(ミニフォークリフト、四足式運送台、それらの技術をコンパクトにまとめた機械義手・機械義足)を製造している。ちなみにエルカの左腕も自社製の機械義手であり、彼の本当の左腕は十数年前の『エイゼル西方混戦』で失っている。
そんなエルカが、社員にも秘密のラボで製造しているもの。
「あちらにございます」
それは、誰が見ても異質な存在。
何に使うのかわからない奇妙な機械の羅列、青白い水槽、その水槽の中で眠っているひとりの少女、そんな彼女の手足や胴にまとわりつく甲冑のような手足と胸のゴーレムコア。まるで、人間とゴーレムが融合した姿。
それを目にしたフランソワは、まるで古の海賊が遺した金銀財宝でも見るような表情で感動のため息をついた。
「素晴らしい……。まさに、これこそが……」
「ええ。シニョリーナ、ご覧ください。これぞシニョリーナがお求めの『究極の戦闘兵器・サイボーグ』にございます」
「……ああ。想像以上の、完成度だ!」
そして、水槽の中の少女はゆっくりと目を開けた。
「……あなたは、だあれ?」




