第四十二章 探偵少女アレット ~こうして自分は旅に出て、空と出会ったんッス。~
ドイル邸。
リビングに、アレットの姿はなかった。
「アレットは今日も部屋か」
アーサーに、エプロンドレス姿のキングスレイが答えた。
「うん。食事のトレーを取るかトイレの時以外部屋から出てこない」
アレットはシェリングフォードの死後、葬儀には出ても涙を流せないほど終始自失呆然としており、帰宅してからは完全に引きこもってしまった。シェリングフォード探偵事務所について知っているのはアレットだけだが、物件の管理人が訪ねてきても取り合えない状態である。それが。
「今日でもう一週間だ。気持ちはわからなくもないが、いい加減心配だよ」
「そうねぇ。でもアレットがここまで敬愛した方なんですもの。探偵なんてさせるべきじゃなかったなんて思わないで頂戴ね」
「ああ。今はシェリングフォードくんに感謝している。今はアレットの心に寄り添うことが大事だ」
そして引きこもってから8日目、アレットは久しぶりに入浴して髪を整え、家族の前に出て「ご心配をおかけしました」と頭を下げたのだが、目元にはひどいクマができており、表情は最悪だった。
「大丈夫だよ、アレット。私たちは何があってもアレットを悪く言わない。でもシェリングフォードさんについてはとても残念だ。父さんたちとも話し合ったんだけど、アレットはしばらく好きにしていいと思うんだ。小説のシャーロック・ホームズに憧れただけじゃない、探偵として多くの活躍をしてきた。特に今回は、アルビオンがヤマトに侵略戦争を仕掛けるのをアレットが防いだんだ。それは生涯誇っていい、いや誇るべきことだと思うからね」
顔を上げるアレットに、父アーサーと母ジーンも強くうなずいた。
「だったら、シェリングフォード探偵事務所の片付けをしたら、あたしはしばらく旅がしたい。セイントクリフはあたしにとっていろんな意味で思い出深いところだから、それだけ師匠を思い出しちゃう」
「分かった。それなら手始めに、私とキャンプにでも行こうか」
「……うん」
女装で過保護で面倒臭い兄キングスレイだが、この時ばかりはアレットにとって誰よりも心強かった。
そして一週間のキャンプとサバイバル訓練ののち、アレットは旅荷物と学校の教材をカバンに詰めてドイル家を発った。そんなアレットの左腕には、自分とシェリングフォード、ふたり分の探偵ライセンスの腕輪が輝いていた。
アレット、十四歳から十五歳にかけ。
この頃、アルビオン王国セイントクリフ町で、海賊による荷運びギルド強襲事件が起こった。キングスレイとシェリングフォードがアレットのために作っていた成人&誕生日プレゼントであるブローチはこの時失われた。
そうとは知らないアレットはアルビオン各地を渡り歩き、冬は自宅で過ごし学校にも通い、春を迎えれば再び旅立ち、今度は海を渡ってサンティーエ共和国、そしてレアガルド王国へ。
そんなある時、レアガルド王都より東にある『イエローブリッジ町』で盗賊による強盗事件が発生。強盗は宝石の類を盗んで蒸気駆動車で逃げようとしたが、アレットは拳銃で蒸気ソレノイドの配管を破壊し、盗賊の車両を動けなくしたところで銃撃とバーティツによって5人からなる敵勢力を制圧した。
そのことがきっかけで、公務でこの町を訪れていた保安庁長官シヴァ・レリックにより王都に招かれ、国王レアガルドのもとで表彰された(第一王女アリシアにお馬さんごっこをしたのもこの時である)。褒美をとらせようと言うライノックに、アレットは「であれば」とこれまでの探偵としての実績を挙げて保安庁諮問探偵の座を望んだ。シヴァと相談したライノックは何らかの事件を自力で、あるいは自らの指揮で解決して見せよと課題を出す。
まさか数日のうちに殺人事件が起こるとは誰も思わなかったが、師匠の死と言う精神的ショックから立ち直るためにもこの殺人事件と向かい合い、わずか半日で、しかも単独で解決してしまった。犯人の遺留品探しばかりにとらわれていた保安官もアレットの現場観察力には驚き、「ぜひアルビオン式の事件の対処法を教えてくれ!」とせがまれる形で諮問探偵の座を得てしまったのである。
そんなある日、アルミス州アルミスセントラルで起こった殺人事件を解決してくれとアルミス州知事に呼ばれた。開け放たれた金庫、残った金目のもの、金庫の天井に貼り付けられた犯人も見落としたメモ、そこから『州議会議員が重要書類を盗んだ』としてその犯人を突き止め、アレットはその名声を広げることとなる。
そしてここでも保安庁アルミスセントラル分隊にシェリングフォードから教わったことと探偵としての経験による様々な手法を伝授してゆくのだが、アレットの金銭勘定の不得手もまた暴露されることとなった(アレット曰く、どうして偉人の横顔ばかりが彫られてあって価値が刻印されていないのか、おかげで支払うべき額が分からない、とのこと)。
そんなアレットのアルミスセントラルでの娯楽と言えば、屋台の食べ歩き。今日もスープ・カリルの店でレムリア料理を味わっていたのだが。
「ところでお嬢ちゃんはどなたかな?」
「この子、昨日流れ着いたばかりの記憶喪失の子なんです」
カリル屋の店主と女性陸軍士官の会話が聞こえた。そして士官のそばには、動きやすそうな服装の黒髪美少女がいた。アレットは彼女の挙動を観察(もはや一瞥)するなり、その少女が熟練の槍使いであることを言い当ててしまった。
その少女は何も言っていないのに自分のことを言い当ててしまった焔色の髪の探偵少女に驚く様子を見せるが、至って冷静に自己紹介した。
「あ、えーと……、あなたは? あ、わたしは呉空と言います」
「おっと申し遅れたッス! 自分、アレット・ドイルと言うッス」
その直後、七名の脱走犯を空の八極拳とアレットのバーティツで仕留めるという大活劇を繰り広げるのだが、これがのちの親友で旅仲間となる呉空との出会いであった。
アレット、16歳。
空、推定年齢はアレットと同じほど。
季節は春。
アレットはひと冬を実家で過ごし再びレアガルドに帰ってきて空を訪ねた。そのころ、空が所属していた陸軍を去り冒険者を始めていたことを知る(『賞金首をさらし首』発言)。一方で空は槍使いゴールドメイルが決闘を仕掛けたことに対する詫びとして勇者アルス・ライトアームズから蒸気駆動車を贈られ、運転ができない彼女はアレットに車のハンドルを託すことになる。
「今決まりました」
「何がッスか?」
「わたしの旅の目的です」
空は記憶喪失である。彼女は当然過去の自分を取り戻したい。だがそれと同時に、世界中のおいしいものを食べて回りたくもある。であれば向かうは、新鮮な魚介がそろう港町アンカーボルト。ふたりはまだ見ぬ美味に胸を躍らせ、アルミスセントラルを発った。
「よーっし! アンカーボルトに向けてアクセル全開! ぶぅーっ飛ばせ―――――ッ!」
陸士にして冒険者の空と、保安庁諮問探偵のアレット。
ふたりの旅はこうして始まった。
――師匠。
――自分は今、無二の親友と一緒に楽しくやってるッス。
――遠い未来、死んだら思い出話させてほしいんで、それまで神話のギムレーででも待っててくれないッスかね。
八拳演技 – A Saga of the Sky-Color Warrior Girl 祝福の物語
THE END.
――ああ。待ってるよ、愛弟子。




