第五章 悪魔の仮面 ~どうして寿司屋が猫カフェなんッスか!?~
その後は、ヤマトのグルメを味わいながら冒険者ギルドに相当する『人貸し屋』に赴きクエストを探す。アレットの説明では「ヤマトの人貸し業は冒険者ギルドとは異なる点も多かったッスが、今ではシステムの連携が整えられて、冒険者ライセンスで人貸し屋での従事が可能になったッス!」とのこと。人貸し屋業も冒険者ギルドに近いため、日雇いや中~長期的なクエストを探す旅人にはおあつらえ向きである。
そのクエストのほとんどが、茶屋での接客や茶菓子づくり、馬の世話、人力車や『籠』という送迎、大工(家屋や小型船舶)といったもの。中には要人警護もあり、マグの町の『領主』の領主邸への訪問客の護衛である。しかし領主及び領主に近しい者(家族や家臣)の警護は暗殺や強襲やその手引きの可能性を考えてクエストとして発注されることはない。
ところである日、完全にクエストがなくなってしまったのだが、「お嬢ちゃんたちならここがいいんじゃないかい?」と紹介した際に男性主人は若干笑っていた。ひまりがその正体に気付いたのはクエスト発注元に到着する寸前であり、「乙女の尊厳のために、違約金を払ってでもこの依頼を破棄するでござる!」と言い出した。
「鮮やかな赤い街灯ですね。なんだか素敵なストリートだと思うのですが」
「やめるでござる! 絶対にやめるでござる、空!」
「あー、こりゃあれッスね。エッチなやつ」
「えっち、ですか?」
それはヤマト人しか使わない隠語である。
ちなみにキャンセル料発生とクエスト失敗扱いには、ならなかった。
マグに来て一週間が経過。
三人は神社でヤマトオペラ(神楽)を楽しみ、ほかにもヤマトの演劇やお笑いを楽しんだ。飽きるどころか、むしろすっかり馴染んで和んでいる。そんな自分たちに気付いた空は、「これは武人にとって危険」と、旅館で提言する。
「危険、にござるか?」
「そうです。確かにマグのヤマト文化は、いつも色鮮やかで新鮮な発見があります。しかしそれと同時に穏やかな空気に呑まれ、わたしたちは旅人、そして武に生きる者であることを忘れ始めています。事実、ここ四日ほどわたしは八極拳の鍛錬を怠っているのです!」
「然様にござるか。確かに、拙者も懐かしい空気に呑まれ始めているかもしれぬ。このままではここを第二の故郷と定めて居着いてしまうかもしれぬ。ここは気を引き締めて、旅に出るころでござろうか」
「え~? 自分は別に武人じゃないッスからいつまでも堪能していてもいいッスよ? 探偵として新しい知識や価値観のインプットは必須、むしろ飽きるまで居たいくらいッス」
意見が割れるか。空とひまりはそう思ったが。
「でもまー……、確かに自分らには旅の目的があるッスからね。せっかく日がな一日パズル解きながら探偵の依頼を待つ退屈な日々を蹴ったんッス。ここらで、また旅に出るのもいいかもしれないッスね」
「はい。そうと決まれば」
「そうでござるな」
三人はうなずき、旅荷物を背負う。
「最後にラーメンだけ味わっていきましょう」
「そこは寿司ではござらんか?」
「ちょーい! 未練たらたらッスねえ!?」
結局二軒とも回ることにした。
ラーメン屋を経て、『寿司屋招き猫』。
「で! どうして寿司屋が猫カフェなんッスか!?」
居着いた野良猫が看板娘として接客していると言うものではない。猫と触れ合いながら寿司が味わえると人気の店で、真っ昼間から老若男女問わず訪れ列を成していた。
「猫、可愛いです」
「然様。猫の愛らしさに勝てるものなしでござる」
そしてカウンターにかけた空とひまりも、膝の上に猫を乗せながら寿司のネタにならない切れ端の山盛りをつまんで猫に分け与えていた。もちろん、自分たちが食べるための寿司も注文して。
「まあいいッスけど。寿司おいしいからいいッスけど。うん。マジでうまいッス」
「そうかい、探偵の嬢ちゃん。実は最近、アンカーボルトとの交易路に盗賊が出てな、そん時に間の町の保安庁には世話になったんだ。その保安庁の諮問探偵の嬢ちゃんに褒めてもらえちゃあ光栄だ。っしゃあ、こりゃおまけでえ!」
寿司職人は小皿に刺身を盛って三人の前に差し出した。
「あー、滅多なことは言うもんじゃないッス。ありがたーく頂戴するッス」
すると、アレットの傍らにある人物が座った。
「うおっ!? こりゃまた背の高いお姉さ……、ん!?」
座高だけでも、アレットが見上げるほど大きい。
「大将、『竹のゲタ』を一皿。……ん? どうした?」
「いいいいいいいいやいややややあいいあうやあいあ、なっ、何でも、ないッス!」
「そうか。まあ、こんな仮面をつけているのだ。だいたい不気味がられること、百も承知」
その人物は、浅黒い肌に高い背、細い手足にくびれた腰、ドレスのようにきらびやかな赤いブラトップに赤い腰布にサンダルと言う姿で、一番の特徴は禍々しい仮面である。口元は開いているが、ギョロリと大きく飛び出した眼球にゴリラのように大きな鼻の穴、角のように先のとがった耳、燃え上がる炎のように赤い髪と言う彫刻が施された木製の仮面をかぶっている。
「ちょ、えー……?」
「そのように驚かれるのは久しぶりだ。だが『本当の悪魔』のように取って食ったり呪い殺したりしないから安心してほしい。だが、畏怖されるのは冒険者として長所だな」
「お姉さん、冒険者だったんッスか? てか本当にお姉さんなんッスか?」
「触るか?」
「人前でブラめくるなッス!」




