第三十二章 彼女はその高みへ ~心が晴れない時は、体を動かすに限るものよっ?~
王都商店街。
アルスはヴィントを連れ、観光がてら武器屋や飲食街や役場や商会などを練り歩く。ヴィントが退屈しないように、空から預かった『おやつ代』で串焼きなどを食べながら。特に肉屋直営『爆弾メンチ』の主力・爆弾メンチは、食べ応え充分、肉汁たっぷり、ヴィントが大口を開けてかぶりつけばそれは本当に爆発(形象崩壊)を起こし、アルスはその様に腹を抱えて震えて笑った。
「勇者、いつも真面目なのな。こういう時くらい本当に観光すりゃいいのに」
「まあね。でもシュトラルラント王国はあのバカ親父の知り合いや取引先が多くいるから、その関係を無碍にはできないんだ。父は勇者としての剣術や太陽手ではなく、社交で我が家を維持し発展させてきた根っからの商人だからね」
「そうなんだ。ただの自己中ってわけじゃないんだね」
「そうさ。だからそういう面では父を尊敬しているし、父が築いたものを僕の代で終わらせたくはないんだ。ライトアームズ家は今後も発展してゆく。これまで武力と養蚕業を主にして国や王家を支えてきてばかりだったけど、父の代からはさらに幅を広げた。そして僕も、缶詰業で成功を収めてみたくなったんだ」
「そっか。缶詰が流通するようになったら、私もお小遣いで買わせてもらうよ」
「おっ、さっそく新規取引先ゲットだな。よろしく頼むよ、未来の王妃様」
「任しといてくれ!」
すると、アルスに声をかけてくる人物がいた。
「その服装にその胸の紋章、レアガルド王国の勇者様ですね!?」
「ああ。貴殿は?」
「申し遅れました、私……」
今回はアルスを応援する息子の代わりにサインをねだりに来たようだ。だがアルスの方がそれで終わらせず、あなたの仕事先は何をしているのか、この町あるいはこの国のいいところは何か、困っていることはないかを聞くまでが勇者の仕事だ。そして最後に、機会あらばご子息にお会いしたいとも。
「ふーん。未来の王様を応援するためにも、こういうのはちゃんと見とかなきゃな」
再び、シュトラルラント城。
城の人々はあくせく働いている。兵士たちは陸軍兵を交えて戦闘訓練に励み、メイドたちは洗濯物を干し、庭師は庭園の手入れをし、城には兵士に連れられて貴族や豪商らが出入りする。
その様子を、空はただ眺めていた。
「平和ですね。戦争とは無縁の穏やかな時間がゆっくり流れる。戦闘訓練に励む騎士の方々もどこか楽しげで、自らの職務に誇りを持っているのが離れていても感じられます。しかし、このような穏やかな時間は度重なる戦争の度に結ばれてきた国際条約があってこそなのでしょうね」
人は再び戦争を起こしてしまうのだろうか。この穏やかな時間はいつまで続くのだろうか。その時、フォーマメント州はどのような出来事に直面してしまうのだろうか。戦う力を持った我々領主は戦争に駆り出されることがあるのだろうか。穏やかな時の中にいるのに不穏な考えばかりが浮かんでしまう。
そんな空に、ある女性が声をかけた。
「ご機嫌よう、呉空子爵。呉卿とお呼びしても?」
「えっ? あっ、ごっ、ご機嫌麗しゅうございます、フレイヤ・ワーグナー陛下。……ん? 陛下ッ!?」
空は大声こそ控えたが大きく一歩下がって身構えてしまった。だが当のフレイヤは「そんなにかしこまらないでくださいな」と口元に扇を当てて空に警戒を解かせた。
「たっ、大変失礼致しました……」
「何かお悩み事かしら?」
「悩みと申しましょうか、いろいろ考えが巡ってしまっただけです。先ほど、バルムンク様ことジーク殿下に気持ちを落ち着かせるおまじないを込めた麦茶をいただいたばかりだというのに」
「まあ、そういう時もあります。こういう時は体を動かすのが一番。私は武術をたしなんではおりませんが、公務に疲れた時や気分が晴れない時はこうして庭園を散歩しているのです。呉卿もジークと同じように武術をなさってみては? ちょうど騎士団と陸軍が合同訓練を開いておりますので、ご一緒なさるとよいでしょう。あるいは八極拳なる武術を我が国にご教授いただければ、それ相応のお代も差し上げましょう」
「では、お言葉に甘えまして。八極拳の伝授は基本だけにとどめさせてください」
そしてフレイヤは空を連れて騎士団の『裏庭訓練場』にやってきた。一同はフレイヤの訪れにすべての訓練をやめて敬礼した。その中にはガリオンとクリスティアもおり、クリスティアだけが唯一の海兵である。
フレイヤが兵士たちに言った。
「皆さん、お疲れ様です。本日はレアガルド王国からのお客人、呉空子爵をご招待いたしました。呉子爵はレアガルドの陸軍中尉、Bランク冒険者でもあり、その実力と武功で若くして貴族となった実力者です。この度我が騎士団の訓練をご覧いただき、呉子爵がお修めになった武術の基礎をご教授いただく運びとなりましたので、皆さん、よろしくお願いしますね」
そして空も、よろしくお願いしますと頭を下げた。
空は見学に飽き足らず自ら騎士団の戦闘訓練に参加し、様々な障害物を乗り越える訓練からロープを使った障壁昇降訓練、サバイバルや行軍キャンプで役立つロープの使い方、騎士団の基礎である剣の振るい方などを学んだ。
そして小休憩を挟んだら空の番。空は八極拳の基礎として『金剛八式(基礎となる8つの技)』及び八極拳の戦闘理論を教えるのだが。
「『8×4×8の法則』、と覚えてください。まず、八極拳には8つの攻撃手段があり、それを4つの行動を以って形にします。そのための8つの技があるということです。ちょうど女性の兵士がいますね。先日に引き続きクリスティアさん。お相手願えますか?」
「いいわよ。ちょうどあなたから教わりたいと思っていたの」
クリスティアの言葉に、空はしっかりとうなずいて答えた。
「では、8つの攻撃手段を教えます」




