第14話「大食堂で夕食を」
大食堂に入ると、恵子とゲンさんが料理などの仕度を終えており、二人を出迎えてくれた。
通常の洋館のダイニングルームと違い、広い空間を確保しているのは宿泊施設としての特徴といえた。
そして一際、大きく長いダイニングテーブルの一角は、食の宝庫とも言うべき料理が所狭しと並べられていた。
「本来であれば、お客様とご一緒に食事を頂くのは憚られますが、今日は若旦那様の歓迎会も兼ねておりますので、ご理解頂ければと思います」
恵子がアルヴァーを席に案内した後に頭を下げると、アルヴァーは少々恐縮した様子を見せた。
「いや。こちらこそお邪魔している身として客扱いも不要に願いたい。……それにしても凄いご馳走が並んでいるが、見慣れないものばかりだ。――興味深いな」
ゲンさんが、喜びつつも不満げな微妙な表情を見せたが、優希や恵子は敢えて見なかった事にして、ワインや日本酒をグラスに注ぐと、それぞれが席に着いた。
「それでは、初めての異世界からのお客様と、坊ちゃんの若旦那就任を祝って――(ほら坊ちゃん)」
「え~と乾杯!?」
「チン」とグラス同士の澄んだ音色が響くと、それぞれが中身を口に含んだ。アルヴァーと恵子はワインを。ゲンさんは日本酒をグラスで。優希は――炭酸水だった。
並べられた食事でも特に目を引いたのは、何といっても美しく盛り付けられた刺し身の一皿だった。
アルヴァーへの配慮からか敢えて和食のセオリーを外して洋風に仕上げられたそれは、柑橘系ベースのソースとワサビを効かせたグリーンソースの二種類のソースに加え、花を模った白身魚とエディブル・フラワーを添える事で、一層華やかさを増していた。
最初、口に入れるのを躊躇していたアルヴァーも、一口食べ、その美味しさを知ると自然と食べるスピードが上がっていった。
「初めは、もっと生臭いものかと思ったが全く感じない所か驚くほど鮮度も高いようだ。他の料理にしてもそうだ。ソースが素材の味を誤魔化すものではなく引き立てるものになっている。そして、調理の腕だけではない、最終的には素材そのものの味も違う事に気付いた。こちらにも同じような食材はあるが、くせがなく、より洗練された味のものが使用されている」
「ほう、アルヴァーさんは、なかなかに舌の肥えた御仁のようだ。どうですか、こちらの日本酒はそちらの料理との相性がとてもいいのです」
ゲンさんが日本酒を勧めると、ワインにも関心していたらしいアルヴァーとお酒談義が始まり、その後も料理に関して様々な意見が交わされた。
「なるほど、あちらの世界で栽培されている殆どの作物は品種改良されたものなのですね」
「ええ、農業試験場などの研究センターで行政主導で行うものや、農家個人で技術を開発したりしています」
「ゲンさん和食以外も作れたんだ。賄いが中華多いのは知ってたけど」
「――坊ちゃん。一応、イタリアンシェフだったんだけどな、俺」
優希にトルタサラータを取り分けながら、ゲンさんは苦笑した。ゲンさんというあだ名や、細身だがキッチリと七分刈りにした髪型の見た目まで、洋館に居ながら完全に和食料理人にしか見えなかったが。
その後も食事は進み、四人では食べ切れないほどあった料理の数々も驚くほど消化され、残りは朝食用にと纏められた。
食後は軽いデザートや食後酒のリキュールやコーヒーなどが饗され、ゆったりとしたムードが漂った。
「しかし、今は恵子さんとゲンさんしか従業員が居ないなんて驚きだよ。これまでどうしてたの!?」
「一応、外からの通いや村の人達に手伝って貰って維持していました。幸いと言うかお客様はお越しになれない状況でしたので」
「ほら、榛名ちゃん居ただろ。榛名ちゃんのお母さんにも手伝って貰ってるんだ。それで良く遊びに来るんだよ。本人もお手伝いしてくれるしな」
その後、ゲンさんの孫バカっぷりが再燃しだして、優希と恵子が呆れ始めていると、
「――少し気になったのだが」
とアルヴァーが話の途中で疑問を口にした。
「皆は、私が初めての外からの正式な客だという認識で良いのだろうか。だが、私は最初、この集落は隊商を率いて来る猫妖精や、ミラーレとの取引があると思っていたのだ。話を聞くと違うと分かったが――」
「そうですね。少しずつ変化はあったのですが、ここ一週間位で急に変わりました。多くの人がここには住めなくなってしまいました」
恵子は優希を見た後、少し悲しそうに答えた。
「その辺の事情は――優希から聞いている。この地の魔力濃度が濃くなり過ぎている事が原因のようだ。今は水の流れを利用して魔力を希釈しているので、その内に改善されるだろう。……外は騒がしくなりそうだが」
それを聞くと恵子は安心していいのか微妙な表情を見せて、ゲンさんも難しい顔をしていた。
優希は、魔力濃度が濃いという中でも平気そうな二人を不思議そうに見ていたが、気になるキーワードが会話の中にあった。
「その猫妖精は、あの猫妖精ですか? つまり長靴を履いていたりする?」
「?……まあ、隊商というのは長旅だからブーツは履いているな。――話を戻すと、では何故、猫妖精かと言うと、私は、ここに来る際に猫妖精の足跡を辿ってきたからだ。そちらの世界には一般的な人間種以外は居ないようだが、実は、この村の住人として暮らしているのではないかという疑問だ」
ゲンさんと恵子は顔を見合わせ何とも言えない微妙な表情をしていたが、アルヴァーに詳しい話を聞いた。その結果、外部からの来訪者の線が濃厚になった。
「つまりは、その隊商からはぐれた猫妖精が、広瀬村に迷い込んだ可能性があるという事ですか――」
「その可能性が最も高いだろう。というのは丁度、猫妖精の隊商が訪れる時期だからだ。隊商は、森林地帯沿いに迂回するルートを必ず通る。東側はそのルートしか無いからだが……」
「大丈夫なのでしょうか。……その危険な可能性は?」
恵子の懸念にアルヴァーは自分の考えを纏めると口を開いた。
「確信は無いが結界を通れるならば、安全と考えても問題はないと思う。猫妖精は、内輪での序列にはうるさい事があるが、文明的で、素早いが腕力はあまりないからだ。ただ、ここはそれなりに森の奥にあるので、どうしてここまで深く入り込んだかという疑問はある――」
アルヴァーが考え込むと、優希は広瀬村に入ってからの一時的な体調不良を思い出した。
「じゃあ、魔力濃度の件はどうなんでしょう? その猫妖精さん、体調悪くなったりしないでしょうか?」
「――その点は心配ないだろう。猫妖精の内在魔力量は多い。今の濃度でも十分対応できるはずだ」
「へぇ~。それじゃあ猫妖精は魔法使いが多いのかな。猫魔法とか使ったりして?」
優希は未知の存在に心躍らせていたが、アルヴァーの答えはにべもないものだった。
「……いや今代の王女は例外的に魔力の扱いに優れているらしいが、殆どの猫妖精は内在魔力を上手く使いこなせないため『猫の持ち腐れ』と言う言葉が猫妖精社会にある位だ。ただ、魔道具を使う分には有利なので、ミラーレにも魔道具の取引のために訪れているようだ」
「……そうですか。魔道具も気になりますけど、じゃあ、本格的な魔法使いは居ないんですか?」
アルヴァーは、魔力を使いこなせるが自分自身を学者だと言っていた。優希は自分の考えるファンタジーの魔法使いらしい魔法使いは、あちらの世界にも居ないのではないかという疑問が湧き上がった。
優希の質問に、少しの間、沈黙を守っていたアルヴァーだったが、
「――……いや本物の魔法を使いこなす者も、この世界には存在する」
やがて低く否定的とも取れる声で答えた。





