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自分の目指すもの その六

 猿弥は勝利を確信していた。

 銃弾の雨を浴びせ、突撃して来ればレールガンで距離を取り、遠距離から動かなければ魔法ならではの連鎖爆発、その後に五感と思考能力を奪う閃光弾を使う。

 一つ一つでは完結させない動きは粗削りながら上手く機能した。

 その結果イメージを保てなくなった唯久の体は硬化できずに生身に戻り、猿弥の蹴りを受け気絶した。


 この二か月猿弥は必死に練習した。

 目標である姉の瑠衣から認められ、好意を持っている千歳とも仲がいい。

 そんな私怨もあったが、自分がライバルと認識しているこの男に勝ちたかった気持ちが一番大きい。


 今足元で倒れている唯久を見て自然とガッツポーズをした。

 出会ってから二か月、ただの一度も勝てなかった男から初めて勝利を勝ち取った。


 周囲から見ていたクラスメイトはたった今行われた決闘に賞賛を与える。

 しかしそれを見つめる草部は障壁の解除をしていない。

 勝負がまだついていないことを知っていた。

 勝負が始まる前から、その魔法が発動していることには気づいていた。


「猪川さん、総評は後で行いますので非難してください。夜市さんはまだ戦うつもりです」


「でも気絶してますよね?」


 そう話す猿弥の足元で唯久は立ち上がる。

 しっかりと両足で地面に立ち、猿弥に向かって進んで行く。


 蹴りが甘かったかと、猿弥は再び戦う構えを取るが、唯久の目がおかしいことに気がついた。

 その目は焦点が合っていない。


「たぶんあなたでは今の夜市さんには勝てません。下がっていてください」


 草部の言葉に一瞬怒りがこみ上がる。

 しかし、その言葉が事実だと知る。

 唯久の手は炎に包まれていた。

 太陽のように眩い炎は、唯久の肘まで侵食し獣の爪のように変化した。

 炎の爪の凶暴さに自らの姉を重ねた猿弥はすぐに逃げ出す。

 意識の無い唯久は、背中を見せる猿弥に狙いを定め腕を振る。

 そのひと振りで数メートルの地面が削れ、爪痕から炎が噴き出す。

 辛うじて逃げる猿弥を追うように、唯久はもう一方の爪を構えるが、草部によって防がれる。


「生徒に任せるには少々強すぎました」


 意識の無いまま唯久は防がれていない腕を動かそうとするが、未然に防がれる。

 両手を塞がれた唯久は大きく口を開ける。

 口内には白い球体があり、その球体は熱線となり草部の顔を掠る。

 その熱線に触れた地面や校舎は一瞬で融解する。


 手加減は難しいですね。

 一気に制圧しないと、夜市さんにも負担がかかってしまいます。


「痛いですが、我慢してくださいね」


 そう宣言してから草部の動きは速かった。

 唯久の手を離し、即座に両肩、両足に放たれた四連打は音を置き去りにし、一つの音で行われた。

 関節を打たれた唯久の体は瞬時には動けない。

 反応しても防げない状態で、草部は追撃する。


 逆手に手を構え限界まで引き、そのままねじるように唯久の胸に掌底をぶち込む。

 スーパーボールのように跳ねながら唯久の体は校舎の壁を破壊した。

 完全な心停止。

 それと共に、唯久にかけられていた夢の魔法が解ける。

 意識が無い時に高価を出す魔法。

 夢の中のように荒唐無稽で常識が入り込む余地がない魔法だった。

 その魔法の中で唯久は負けないための魔法を、唯久は無意識のうちに使っていた。

 一番強いと思っていた猪川瑠衣の魔法を真似て炎を出し、砂塵を吹き飛ばす力を真似た。

 

 他の生徒たちから悲鳴が上がるが、草部にとってここからが本当の勝負だった。

 急いで心臓マッサージを始める。

 それと並行して正常だった時の唯久をイメージし傷を治す。

 運良く十秒ほどで唯久は息を吹き返した。



 目が覚めると白い天井が見えた。

 ボーっとしたまま数秒してようやく意識が戻って来た。

 視界が広がり、ようやく自分が保健室に居ることがわかった。

 ゆっくりと体を起こす。

 頭痛もするし、体が重い。

 寝不足だったはずだけど、保健室で寝てたのか?

 違った、確か猿弥と戦って……、そうか負けて気絶してたのか。


「おはよう。随分と滅茶苦茶な魔法を使ったらしいね」


 カーテンを開けて入ってきたのは見覚えのない人だった。

 小柄な体の割にスタイルが良く、シャツや白衣の皺からあまりかっちりした性格ではなさそうだ。

 それに保険医のくせに煙草を咥えている。

 一応気を使っているのか火はついておらず煙も出ていない。


「どちら様ですか?」


「私は久慈祈(くじ いのり)。この学園の保健医だ」


「そうなんですか」


 学園で一度も見たことないな。

 広い学園だし見たことが無くても不思議じゃないけど。


「不思議そうだが、私はこっちの医者だからな。魔法の怪我か余程の重体じゃないと私は見ないよ」


「はぁ」


 言わんとしていることはわかる。

 魔法の傷は特殊な物が多いし、普通の医者に見せたら変に勘ぐられそうだしな。

 今回は魔法の傷ってことか。


「要は私に出会えるのは希少ってことだ。だからって私に会いたくて怪我をするなよ? 面倒だからな」


 久慈先生はそう言って火の付いていない煙草を口に咥えると深く深呼吸をする。

 するとなぜか先生の口から白い煙が吐き出される。


「保健室で煙草ってどうなんですか?」


「安心しろ癌になったら私が治してやる。煙草の匂いもしないだろ?」


「まあ、そうですけど」


 なんかこう倫理的と言うか場所的と言うか……、保健室で煙草はあまりよくない気がするんだけど。

 先生はもう一度深く煙を吸い込む。

 そして煙を吐き出すと煙は形を変え鳥の姿に変わる。


「凄いですね」


「凄くないさ、ただの暇つぶしだからな」


 吐き出した煙の形を書き換えてるのか。

 煙の鳥が本当に生きているように羽ばたいている。


「祈、何をしているんですか。保健室で煙草を吸わないでと言ったでしょ?」


 突然保健室のドアが開き、草部先生が入ってきた。

 煙で作られた鳥たちは突然開いた扉のせいで元の煙に変わり霧散した。


「この子の気分転換だよ。この子最近まで一般人だったんだろ? 余興代わりに見せてやったんだよ」


「今は煙草に嫌悪感を抱く人もいるんですからやめろと言ってるんです」


 久慈先生を叱る草部先生は俺達に教えている時よりもどこか子供っぽい。

 もしかしたら仲が良かったりするんだろうか?


「私よりもそっちの子だろ?」


「そうですね。祈の事はどうでもいいでしょう」


 草部先生が背中を向けた瞬間、久慈先生はこっちに向けて肩をすくめおどける。

 俺はその姿が少しおかしくなってしまった。


「夜市さん、目が覚めるまでで覚えているのはどこまでですか?」


「猿弥と戦って顎を殴られた? 辺りまでです」


 目が見えなかったから正確なことは言えないけど、顎を攻撃されたことは感覚でわかる。


「そうですか。ではその後のこともお話します」


 草部先生から聞いた事実に驚きを隠せない。

 夢の魔法を使ったこと、炎を纏い魔法を使ったこと、そして一度心停止していること。


「どうやって魔法を使ったかは覚えていますか?」


 全てを話し終わった草部先生はそう聞いてきた。

 俺はただ首を横に振る。

 昨日、瑠衣先輩に勝つために色々と考えていた。

 その時に一瞬入学式に見た夢を思い出しはした。

 なんでもできる勇者で強大な敵を前にして姫を守る夢。

 その夢のようになんでもできたらいいとは思っていたのが原因かも知れない。

 俺は自分の考えを先生に伝える。


「なるほど。では、その夢の魔法は二度と使わないようにしてください。今回はまだ私が対処できました。しかしこれから新しい魔法を見て作って行けば、いつの日か私を超えてしまうでしょう。その時にあの状態になってしまえばあなたは周囲の人間を全員殺してしまうでしょう」


 とても、そんなことはないとは言い切れない。

 何せ俺はなにも覚えていない。

 何があったのか、どうしていたのか暴れていた記憶が一切ない。


「あなた達はまだ強大な力を手に入れるべきではありません。強い力は誰もが欲しますが、使うためにはそれよりも強い力で抑える必要があるんです。心身共に未熟で弱いあなた達生徒が手に入れるのはまだ早いんです。わかりますか?」


 俺は頷く。


「なので使わないでください。少なくともあなたが誰かを守りたいと思っているのなら使うべきではない」


「わかりました」


 改めて釘を刺され頷いた。

 草部先生がそこまで言う魔法が急に恐ろしくなってしまった。

 それからニ三小言を言われ、草部先生は帰って行った。


「そんじゃ、もう少し寝ていきな。昨日は大して寝れてないんだろ? その間私はここに居るから」


 久慈先生にそう言われ俺は再び横になると、ゆっくりと意識が微睡に沈んでいった。

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