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入学式 その二

 ここは、大照町(おおてるまち)だよな?

 あそこの店の爺ちゃんにはよく怒られていたし、あそこは母さんが働いている病院だ。

 この道を曲がれば小さな電気屋があるし、その先には電気屋の主人と仲の悪い古本屋がある。

 ここにある建物は全部知っている。

 でも、ここがどこかわからない。

 紫色の空も、誰もいない町並みも知っているのに俺は何も知らない。


「とりあえず、学校に戻ろうかな」


 声は出るらしい、でも、誰も返事をしてくれない。

 俺は学校のある方向に走り出す。

 夢の様に足がもつれもせず、俺の足は俺の意思でしっかりと動く。

 不自然なほどに不自然さはない。

 百メートルほど走り、周囲を見渡すが誰もいない。


 もしかしてここは異世界って奴だろうか?

 だとしたらメニュー画面とか、ゲームっぽい何かがあるんじゃないか?


 ありえないとわかりながらも一応試してみる。

 しかしいくら念じても自分の体力すらわからない。

 やり方が違うのか、そもそもここは現実なのか……。

 あまりの意味不明さに嘆く俺の耳に、足音が聞こえた。

 人がいるのか?

 音のした方向に向かうと、俺と同じ真宵学園の制服を着た男子が居た。


「おーい!」


 人がいた事にホッとしながら、遠くに見える男子に向かい俺は大きく手を振った。

 顔は見えないが、男子は確実に俺の方を向いた。


「同じ学校の生徒だよな? なんでここにいるんだ?」


 男子は近づき俺の元に来てくれた。

 制服を見て同じ学校の生徒だとわかったらしく、少し面倒くさそうに質問してきた。

 染めているのか、地毛なのか彼の髪は金髪で、目つきもきつく見た目が不良っぽく、正直かなり怖い印象だが、胸元の校章は俺と同じ緑色ってことは、同じ一年らしい。


「わかんないんだよ。昼休みが終わる前に千歳さんにこのスマホを返そうと――」


「千歳さんって、胡ノ宮さんのことか?」


「もしかして、君もA組……?」


 話の途中で俺の頬を何かが掠めて行った。

 そして彼の手にはいつの間にか一丁の銃が握られ、銃口からは煙が昇る。


「マクロ無しだと照準が狂うな。【錬成:銃】(アルケミー・ガン)


 手に持っていた銃は粒子の様に、一度姿を消したかと思えばまた新しく姿を現す。

 銃口は再び俺に向けられる。

 俺はすぐに駆けだす。

 あれが何かを考えるより、逃げないと殺されると頬の痛みが訴える。

 そしてそれは被害妄想ではなく、先ほどから銃声が響き壁や地面に当たる音がする。


「逃げるなよ当てられないだろ?」


 当たりたくないから逃げてるんだよ! と叫びたくなるが、少しでも足を止めると撃たれてしまう。

 とりあえず学園だ。

 学園からここに来たなら、学園に逃げれば戻れるはずだ。

 そこまで離れてないし、この辺は住宅街で曲がり角も多いし逃げ切れるはずだ。


「移動しながらの射撃はやっぱり当てられないか」


 後ろから執拗に打ち続けるあの男の銃はやっぱり異常だ。

 詳しくないから正確にはわからないけど、なんであの銃には弾切れが無いのか。

 さっきから三十近く打ち続けているのに、一度も途切れていない。

 一度途切れてくれれば楽なのに……。

 不規則にジャンプや左右に無駄な動きを入れているせいで、かなり疲労も溜まっている。

 それでもこの角を曲がれば学園が見えてくるはずだ。

 そう思いながら角を曲がる。


「えっ?」


 角を曲がると柔らかい何かにぶつかり、しりもちをついてしまう。

 ぶつかったのは千歳さんだった。

 千歳さんは「気をつけてよ」と転んだお尻をさすりながら俺を見上げる。


「あれ、唯久くん。なんでここにいるの?」


「千歳さん? ダメだ、早くここから逃げないと! 今銃を持った男に追われてて!」


 そんな短い問答をしていると、背後から足音が聞こえ、男の足が角から出てきた。

 拙い、今撃たれたら俺だけじゃなく、千歳さんにも当たってしまう。

 俺は千歳さんの前に立ち、銃の男と向かい合う。


「千歳さん、早く逃げて!」


「千歳さん、だと……?」


 角から姿を現した男は俺達の状況を見て、額に青筋を浮かべ俺に銃口を向ける。

 撃たれても千歳さんが逃げる時間くらいは稼げるはずだ。

 足が震える、歯が噛み合わない、怖い、死にたくない、逃げ出したい。

 でも、ここで女の子を置いて逃げるわけにはいかない!


「やっぱりお前は気に喰わないな」


 男は引き金を引く。

 一瞬の閃光、その後に破裂音が響き、ブラックホールの様な銃口から銃弾がゆっくりと回転しながら跳び出すのが見えた。

 この近距離では外れるなんて奇跡は起きるはずもない。

 俺は強い気持ちを持って男を睨みつける。

 これで死ぬかもしれないけど、それでも最後まで抵抗しようと思った。

 だけど、その銃弾は俺に届くことはなかった。


 銃弾は俺の目の前で速度を落として停止する。

 銃弾はただの鉛に変わり空中で停止し地面に落下した。

 目の前で見ていたのに、何一つ理解できない。


「危ないでしょ、猪川(いのかわ)くん」


「ここを一般人に見られたんだ、これはしょうがないことだと胡ノ宮さんもしってるでしょ?」


「だからっていきなり殺しにかからなくてもいいでしょう?」


 茫然としている俺を挟み、二人は休み時間に雑談をしている様な、そんな気さくさで話をしている。


「私が止めなかったら唯久くんが死んでたんだよ?」


「ここなら死んでも失踪扱いだ。一般人が魔法使いに近づくからでしょ?」


「魔法? それって魔法なのか? 俺にも使えるのか?」


 魔法使い? あの銃も魔法なのか?

 こんな状態なのに、ワクワクしてきた。

 何度も銃で狙われて、死にかけているのに、魔法だと知ると急にワクワクしてきた。

 漫画を見て憧れた魔法、幾度となく使う妄想をしていた魔法、実在しないと諦めていた魔法。

 それが使えると思ったら恐怖よりも好奇心が上回った。


「死にかけて頭がおかしくなったのか?」


「教えろよ。俺にも魔法は使えるのか?」


「使えるよ。魔法はイメージ、創造力があれば誰でも使える」


 男の代わりに千歳さんが答えた。

 イメージか。

 こいつの銃に負けないイメージ。


「胡ノ宮さん、一般人にそんなことを言っても……」


 目を閉じ、イメージする。

 銃弾を弾く皮膚を、弾速よりも早く走る足を、銃さえも砕く硬い武器を、誰にも負けない強さを。

 俺のその想像に応え体が変化する。


「自分の体を書換た、教えてすぐにできるなんて……」


 下半身の筋肉は圧縮されながら密度を増し、上半身は脂肪が筋肉に変わり、それでも足りなければ肥大し増殖する。

 増え続ける筋肉に二足は耐え切れず、両手を地面に着き獣の様に四足に変わる。

 肥大化を続ける肉体はやがて鋼の様に硬くなり皮膚に変わる。


「行くぞ」


「化け物かよ!」


 さっきまで避け続けていた弾丸も、今は避ける必要もない。

 何発も打ち続けられる銃弾は鋼の皮膚に阻まれ、傷一つ付きはしない。

 俺は殺さないよう慎重に足に力を込める。

 そして四本の足を使い地面を踏み抜く。

 予想よりも遥かに踏み込む力が大きく、突進に威力が付いてしまう。

 この男子を殺してしまう。

 そう思ったのに、俺の体は地面を抉っただけでその場から動くこともなかった。


「猪川さん、胡ノ宮さん、これは何の騒ぎですか?」


 目の前にある家を突き抜けると思っていた突進は、突然現れた女性に片手で止められた。

 スラリとモデルの様な高身長、眼鏡の奥には知性を感じる鋭い目、整ったスタイルがスーツとよく似合っている。


「一般人が紛れ込んでいたので退場してもらおうと……」


「こちらの彼ですね。しかし一般人が魔法を使っているんですか? 胡ノ宮さんの物とは違って見えますが」


「はい、全て唯久くんが使った魔法です」


「なるほど、わかりました。三人共、放課後に私の所に来なさい。今後の処置はその時に決めます。あなたは外まで送りますので、自分のクラスで授業を受けなさい」


 気がつくと、俺の魔法は解けていて俺は女性に頭を掴まれている状態だった。

 何も教えられないまま俺は女性に連れられ自分の教室に戻った。

 唯一教えてくれたのは名前だけ。

 彼女はガリウス・草部(くさべ)という一年A組の担任だということ、さっきの出来事をクラスで吹聴したら命はないと脅され、その恐怖で午後の授業は全く頭に入っていない。

 何をしていたのかは六輔にしつこく聞かれたが、屋上で寝てたら寝過ごしたと適当なことを言っておいた。

 そして放課後、俺は再び一年A組の扉を開けた。

 そこには、千歳さん、銃の男、草部先生、それと学園長が座り俺が席に着くのを待っていた。

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