入学式 その一
暗雲が空を覆い、雷鳴が轟く城の中に俺はいる。
その後ろには見目麗しい姫が居る。
金髪碧眼、着ているのは純白のドレスを着た夢の様なお姫様。
そんなお姫様を庇い、俺は純黒で頑丈な鎧を身に纏い、身の丈ほどの大剣を構え、身の丈十メートルを超える魔王と向き合っている。
魔王が口を動かすと、その手には魔法陣が輝き触れた物をなんでも凍らせる氷の矢が生まれる。
放たれる氷の魔法を俺は剣で華麗に全て弾き飛ばす。
「これで終わりだ魔王! やああぁぁああ!」
完璧なタイミングだった。
魔法を使った後のわずかな硬直を狙い、伝説の聖剣を構え魔王に向かって行く。
しかし、俺の足は思うように動かず転倒する。
それを好機と見た魔王は俺の何倍もある拳を俺にたたきつけた。
†
「うおっ! あれ?」
勢いよく跳ね起きると俺は自分の部屋のベッドの上に居た。
目の前に魔王もいないし、後ろには壁しかない。
暗雲も雷鳴もなく、カーテンからは朝日が差し込んでいる。
聖剣を握りしめていた手には、布団が握り締められ、床には脱ぎ散らかした洋服が散乱している。
「夢かよ……」
目が覚めてくると、夢の記憶は薄れどんな内容だったか思い出せない。
姫と魔王が居たのは覚えてるけど、それだけだ。
おそらく内容は、中々寝付けずに考えていた妄想か、最近読んでいる漫画の内容だろう。
スマホを見ると、まだアラームが鳴る十分前。
予想以上にすっきりとした目覚めに、二度寝する気にはなれず俺は学校に行く準備を始めた。
誰もいないいリビングでトースターで焼いた食パンを食べ、三日前に届いた新品の制服に腕を通す。
中学はブレザーだったが、進学してからは学ランだ。
この首の部分って止めた方がいいのか? でも町を歩いている学生って閉めてないよな。
何か言われたら閉めたらいいか。
†
準備も予定より早く終わり、俺は早めに家を出た。
雲一つない快晴だからか、春の陽気のせいか、今日が入学式だからかはわからないが、俺の気持ちは高揚している。
俺は今日から私立真宵学園に入学する。
進学、スポーツ、果ては芸術まで幅広く扱っている学園で、田舎特有の広い敷地を大体六百人程度で広く使える。
昔は敷地に見合った学生が居たらしいが、今では似つかわしくない程の学生しか通っていない。
卒業生から聞いた話だと、学食や購買も人数が減ったからか別に取り合いになったりはないらしい。
新しい学園に向かう通学路で、俺と同じ学園の制服に身を包んだ女子生徒がスマホを片手に周囲をきょろきょろしていた。
その女子に俺は見惚れてしまった。
スカートから伸びる細く綺麗な足、ちらりと見える横顔も非常に整っている。
スマホを覗くために耳にかけた前髪は黒く艶があり、長い髪は邪魔にならないように花の簪を使い方側で小さな団子を作ってまとめている。
和風なお姫様の様な彼女を見つめていると、視線に気がついたのか俺の方に近寄って来た。
「すいません、道をおたずねしたいのですが、真宵学園の生徒ですよね?」
「はい、そうですけど」
風鈴の様な涼しい声音、近くに来た時に風に乗る果実の様な匂いに俺の心臓は激しく動揺する。
近くで見てその美しさに、余計目が離せない。
濡れ羽色の髪に、空色の瞳。
今までに一度も会ったことのない綺麗な人だ。
「あの、聞いてますか?」
「すいません。えっと学園までの道ですよね? まだ時間もありますし案内します」
「ありがとうございます」
笑顔まで可愛いとか、この人芸能人とかモデルとかだろうか?
でもこの辺に芸能事務所とかなかったはずだけど、どこの人なんだろう?
「そうでした。私は胡ノ宮千歳といいます。真宵学園の一年A組です」
胸元にある校章は確かに俺と同じ緑色だった。
あんまりの綺麗さに細かい所に気づいていなかった。
「俺は夜市唯久。同じ一年でD組。胡ノ宮さんA組だったんだ」
「はい。それと千歳で良いですよ。私も唯久くんって呼んでも良いですか?」
「それはご自由に呼んでください。でも残念だ、千歳さんと折角仲良くなれそうなのに」
「どういう意味でしょうか?」
真宵学園には今現在A組からG組までがある。
A組は芸術クラス、B組は特進クラス、C組からE組が普通クラスでF組とG組がスポーツクラスだ。
基本的に同じクラスの人としか接点が無い。
スポーツクラスは一般授業は同じになることが多いらしいけど、A組とB組は一般授業も全て別々で、ほとんど接点がない。
真宵学園について知らないらしい千歳さんに俺はそう説明した。
「そうなんですか。私も唯久くんと仲良くしたいんですけどね」
本当に残念そうにしてくれているらしく、落ち込んだ姿も可愛い。
「そうだ。今日のお昼一緒に食べませんか? 道案内のお礼に私がお昼おごります」
「いいの? 同じクラスの人と食べた方がいいんじゃない?」
「もしかしてご迷惑でしたか?」
「俺は寧ろ嬉しいですけど」
「それなら決まりですね」
「それならA組の校舎の入り口まで迎えに行きますね」
「ありがとうございます」
入学初日からこんな綺麗な人とランチの誘いを受けるとか今日の俺はついているらしい。
俺は心の中でガッツポーズした。
†
千歳さんをA組のある校舎まで案内し、昼休みの事を考えながら意気揚々と教室へ向かった。
真宵学園に在籍する普通クラスの面々は、中学時代からほとんど変わることはない。
この町にある高校はここだけで、町に住む同年代は特別な理由でもない限りここを選ぶ。
見知らぬ顔も多少はいるが、ほぼ見知った顔だ。
「おっす、六輔。また三年間よろしくな」
「三年同じクラスなのは確定かよ」
「腐れ縁だし、卒業まで同じクラスだろ」
中学どころか小学校から同じクラスの幼馴染の宮内六輔に声をかけ、適当な席に座る。
黒板にも席については何も言われていないので、自由でいいだろう。
それからチャイムが鳴るまで、クラスメイトと適当に話しながら時間を潰す。
それから入学式の段取りを聞き、入学式が始まる。
見た目が子供の様な学園長の長い挨拶に、生活指導の教師が学園生としての基礎を話したり、ごく普通の入学式は終わる。
教室に戻ると、教科書が配られたり、自己紹介をしたりして、気がつくともう昼休みの時間になっていた。
「唯久、学食行こうぜ」
「悪い、俺これから用事があるんだよ」
六輔達に断りを入れ、俺は急いでA組の校舎があるA棟に向かう。
この学園は広すぎるため、校舎もそれぞれ独立している。
芸術クラスの使うA棟、特進クラスが使うB棟、スポーツクラスが使う施設をまとめたC棟、普通クラスの俺達は特殊な施設が無いため、学食や職員室など誰でも使う施設がある本棟にまとめられている。
本棟から各棟は歩いて五分ほど離れているため、俺は小走りでA棟に向かう。
A棟の入り口ではすでに千歳さんが待っていてくれていた。
「遅くなりました」
「私も今来たところですから、気にしないで」
「それじゃあ、学食か購買に行きますか?」
「それだと唯久くんが二度手間だし、外に行かない?」
「良いですね。そうしましょう」
この学園は昼休みに外に出ても問題はないので、俺達は学外で昼食をとることにした。
近くの食堂で適当な定食を食べながら話をする。
クラスの雰囲気や、学園の雰囲気など、新入生らしい会話をする。
そこでわかったのは、千歳さんは町外どころか県外からの人らしく、先週から一人暮らしを始めているらしいことと、使っているスマホが同じことだった。
楽しい時間はあっという間に過ぎるというのは本当らしく、時間を見ると急いで戻らないといけない時間になってしまっていた。
「もうこんな時間なんですね。急いで戻らないと」
それぞれ荷物を持ち、急いで校舎に向かう。
A棟まで送り、俺も遅刻しないように本棟に向かう。
間に合うかとスマホを開くと、見知らぬホーム画面があった。
「これ俺のじゃない……」
他の人と間違わないようにとスマホケースを着けていない俺だが、今回はそのせいで間違えてしまった。
機械音痴で一人暮らしのためにと最新のスマホを買ってもらったばかりだという、千歳さんもケースを付けていない。
見た目は全く同じスマホと急いでいたせいで間違えてしまったらしい。
あんまり時間はないけど、届けた方がいいよな。
ロックもされていない女子のスマホを長時間持っているのも気が引ける。
仕方なく俺はA棟に向かう。
ギリギリだが、何とか昼休みの内に届けられるはずだ。
急いで一年生の教室がある二階に向かう。
こっそり教室を覗くと、教室内に教師はいないらしく他の生徒もまだ雑談を続けている。
どうやら、A組の担任はチャイムと同時に授業を始めるタイプではないらしい。
「すいません。胡ノ宮千歳さんはいますか?」
そう言って俺は昼休み終了のチャイムと同時にA組の教室に入る。
そう、俺はA組の教室に入ったはずだった。
それなのに、俺の目に映ったのは紫色の空が広がる、俺の生まれ育った大照町だった。




