Think of me
目の前には白、白、白。果てしなく白が広がっている。
その白が心地よくてずっとここにいたくなる。けれどそれは駄目だ。戻らなければ……。あの辛い世界へ。
私は白の世界を歩き続ける。
しばらくすると真上に一点の黒を見つける。だが前に「こちらに」と私を導いてくれた声はない。
一人ぼっちは嫌だけれど、でも行かないと。
私は恐る恐る、それでも確実に背伸びをして黒へ指を伸ばす。
指が暗闇に触れると暗闇は白を急速な勢いで呑み込み、私の体すらも黒に同化していった。
「エリック――」
名前を呟いても彼は私の目の前に現れない。
私が『歌学』の世界に行ってから数年が経った。あの頃は高校生だったけれど、今の私は社会人だ。
『歌学』の世界から現実世界に戻ってきて最初に見たのは、病院の天井だった。私はどうやら通学路の途中倒れ、意識不明の重体だったらしい。
あれから両親は離婚、私は母親に引き取られることになった。社会人になってしばらくしたら一人暮らしをし始めて、地元の近くのアパートに引っ越した。本当は母と離れて過ごしたかったけれど、あまりに離れるとエリックと会えない気がしてわざと地元にした。
私はラベンダーを手に持って、高校の頃の通学路を歩いていく。鞄の中に入っているポーチには『歌学』のキャラ、ファントムの缶バッチがついている。
エリックのことはもちろん好きだが、ファントムのことは長年推しだし。それに『歌学』の世界に行ったことを忘れたくはなかった。
「そろそろ仕事に行かないと」
私は一人ポツンと呟いてラベンダーを道の端に置く。
仕事はかなり辛い。上手くいかないことが多いし、毎日怒られてばかりだ。正直こんなに辛いなら『歌学』の世界にずっと居たかった、とも思う。
それでもエリックが来てくれると信じている、いや確信があるから――。
『歌学』の世界では裏庭は草にまみれているという文だけだった。つまりエリックがラベンダーを植えていない世界ということになる。それに『歌学』にはエリックのキャラデザどころか名前さえ出てこなかった。それはエリックは『歌学』の世界では存在していなかったから。
だから来てくれる。……まぁ、そう信じて現実から逃げたいだけなのかもしれない。
私は高校の通学路から背を向ける。
黒光りするヒールでカツン、と音を鳴らして一歩目を踏み出した。その瞬間、右肩を掴まれる。
「!?」
「私は来た」
「っ!」
その冷たい印象を与える声に勢いよく振り返る。
「すまない。待たせたな」
「本当に。どれだけ待たせるんですか。――エリック」
私は今まで待たせた分の腹いせに、と強く強くエリックを抱き締める。
「……苦しいんだが」と言う声が聞こえてくる。と同時にラベンダーのキツイ香りが鼻についた。
ついに完結です!
ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました。
書いていてまだまだだなーと実感する部分が多々ありました。
次の作品では克服していけたらなと思っています。




