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天使の鳥かご  作者: UMA
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5、自己嫌悪

「もー、蒼ちゃん電話して呼ぼうと思ったのに切っちゃうから、何事かと思ったぞ?」

 と、嶋原 朱鷺子は俺たちの眼の前を闊歩して蒼の前に立つと、ずいっと彼女の顔を覗き込みながらそう言った。

 腰まで届く髪が歩くたびにさらさらとたなびき、着込んだ真っ白な白衣が紫の髪の色をより映えるものにしている。身長はすらりと高く、仮にも育ち盛りな俺ですらも見上げてしまう。一応、大人の女性ではあるのだが、肌も髪も顔立ちも、5歳分はサバ読めそうなくらいに若い。

 この人は、我が羽間(はざま)高校の保健室の担当教員であり、俺が嶋原家にお世話になることが決まった時以来の保護者代わりであり、そして何より、

「もう、からかわないでよ、お母さん!」

 蒼の母親である。そのせいか、普通ならそこまでの他者の接近を許せば頭がオーバーヒートする蒼も、頬を膨らませてむくれ気味に言い返した。

「私が携帯電話に馴れてないって分かってるくせに、なんで毎日携帯に電話してくるの!?」

 半分訴えるかのようにして朱鷺子さんに言う蒼。それに対し朱鷺子さんはひひひといたずらっぽく笑って答えた。

「それはもちろん、蒼ちゃんが早くケータイに馴れるように、ってね。おかーさんは我が娘のためを思って電話してるのよ」

「いやいや、あんたそんなこと言って蒼の焦った姿を見たいだけなんじゃ?」

 俺が思わずツッコミを入れる。携帯電話の使い方を教えたいのなら直接教えてあげればいいのに、家に居るときでも5メートルと離れていないような状況でも蒼に連絡を入れている。それも、蒼本人も訴えているように毎日だ。そのたびに蒼が半分泣きながら部屋や廊下を歩いているのを目撃することがあった。高校生になるのと同時に携帯電話を手に入れたので、かれこれ1か月にはなるだろうか。1か月間ほぼ毎日そんなことされて未だに携帯電話に馴れない蒼も蒼だが。

「さっすが青志くん。するどいわね~」

 楽しむような眼をこちらに向けて朱鷺子さんは俺に言った。もはや否定する気も無いらしく、俺が冷めた目で見つめ返しても楽しそうに笑うだけだった。朱鷺子さんの反応を見た蒼はちょっと口を(とん)がらせた。

「もう、お母さんのいじわる」

 むくれた顔のまま、ぷいっとそっぽを向いた。冗談話の上でさえ誰かに怒ったりしない蒼だ。ここまで自己主張をするのは朱鷺子さんくらいのものである。それも母親への彼女の愛情表現なのだろうと俺は思っている。

「っていうか、ずいぶんと良いタイミングで保健室に戻ってきましたね」

「そりゃそうよ、だって蒼ちゃんのリアクションを見るために保健室の前まで来てから電話したんだもん☆」

「……つまり、相当前から俺らのことを除き見してたと?」

本当に、この人は大人なのだろうか。起こす行動が無邪気すぎる。

「そうね、青志くんが蒼ちゃんのおっぱいの感触を堪能してたところもばっちり!」

「うわ、ちょっ、やめろ蒸し返すな!」

「そ、そうだよお母さん! あれは事故で……」

途端に俺も蒼も焦って弁解しだす。それに対し、

「うろたえる2人とも可愛かったわよ~?」

 歌うように軽い口調で俺に言う朱鷺子さん。それも瞳の中に星が見えそうなほどきらきらした、満面の笑みで。

「じ、地獄だ……」

「ひどいよお母さん……」

「あ、そうそう、さっき蒼ちゃん頭打ってたわよね。手当てしてあげるからこっちに来なさい」

 俺と蒼のげんなりした顔を無視して、朱鷺子さんは保健室の奥にある自分の事務用の机まで蒼を連れて行った。

 朱鷺子さんが包帯や薬を取り出し、消毒したり包帯を巻いたりする様子を、俺はパイプ椅子に腰かけながら眺めていた。蒼もなんだかんだ言って母親のことを好きだろうし、逆もまた(しか)りだろう。仕事の都合であまり家に居ないが、蒼の父親も同様だ。親子ともども本当に仲が良くて、見ているとこれが本当の家族なんだなと思わされる。

 対して俺はと言えば。そんな家族の中に放り投げられて今がある。今の生活でも十分幸せだけど、結局俺は嶋原家のみんなとは血の繋がらない他人だ。完全な家族、ではない。

「家族、ねぇ……」

 誰に言うのでもなく、ぽつりと呟いた。

 蒼は本当に絵に描いたような幸せな人生を送っていた。親からの愛に恵まれ、同年代の友達からも愛され、将来の夢は早々に決めて。俺には無いものを全部、蒼は持っている。それが羨ましくもあり、寂しくもある。

 蒼は一緒にいて確かに楽しいし、いろんなモノをくれる、それは確かだ。だけど、同時に孤独を感じてしまうことすらあった。蒼のような人間は、俺にとっては遠すぎる。蒼は俺のような人間の闇にどっぷりと浸かった人間には眩しすぎた。同い年の人間なのに、こうも違うものなのかと、思わされる。俺も、両親と蒼のように暮らせたなら、蒼のようになれたのだろうか。

 もちろん、蒼本人に俺に孤独を与えるつもりが無いのは分かってる。しかし、蒼は俺のそんな孤独にも気付いている。確実にだ。だからこそ、蒼はゴールデンウィークの最後の日に、俺にあそこまで言ってくれたのだから――





――好きだよ、って。

 青志くんが、私やクラスのみんなに距離を感じちゃうなら、私がそれを(やわ)らげてあげるよ。今度こそ(●●●●)、青志くんを孤独から助けてあげるから。青志くんが、もう距離を感じる必要なんて、これっぽちも、ないんだから……

 ……お願い、付き合って。


 涙ながらに、蒼は俺に向けてそう言った。俺は、最初蒼に何を言われたのかも分からなかった。蒼の言ってることも分からなかった。今考えれば蒼は自分でも、それが自分の恋を成就させるためのものなのか俺の孤独を取り払うためのものなのか分からなくなっていたのだろう。

 ただ、1つだけ分かったのは、蒼は俺のことをそこまで考え、想ってくれていたってこと。そして俺がそれすらも気付けない馬鹿だったってことだ。いや、薄々ではあるが蒼が俺をそういう目で見ているんじゃないかとも思っていた。でも、俺は目を背けた。蒼が俺なんかにそんな風な感情を抱くわけないと、決め付けた。その結果が、これだった。


 結局、俺は蒼の告白を断った。俺が蒼を幸せに出来るなんてこと思えなかったし、現に俺は蒼を傷つけてばかりいた。泣かせてばかりいた。そんな俺に、蒼は合わない。付き合う資格も無い。そう、思ったから。

 蒼はその日の夜、自分の部屋で泣きつづけた。その泣き声を聞きながら、俺はひたすら自分を呪った。結局自分は偽善ぶった理論を振りかざして、蒼の気持ちにも真っ直ぐに付き合わずにいるじゃないか。蒼は俺に命を投げうっても返しきれないくらいの恩があるのに、その逆はこの仕打ちか、と。そして、開き直った。今は苦しんで傷ついても、いつかは笑ってくれると。蒼にとっても俺とは友達以上の関係にならない方が幸せだと。自分に嘘をついて、そう言い聞かせて。またしても、そう決め付けて。

 そして、翌朝。そこには今までと変わらない蒼がいた。俺とも普通に話し、接してくれ、笑ってくれた。そうして今日まで至った。全てがうやむやなまま。だからこそ、今日蒼が携帯越しに謝ってきた時は本当に驚いた。お互いが暗黙の了解でこの話は無しにしよう、と思っていると俺が思っていた(●●●●●●●)からこそ、部活で泣きだしてあそこでいきなり話の上にポンッと出された時、俺はまた間違っていたんだと思わされた。あの謝罪で、俺は全てを察した。


 蒼は、自分が泣いていては俺を傷つけると思い、自分を押し殺して笑っていたのだ。


 俺は、どこまで蒼に負担をかければ気が済むんだろうな、といま自己嫌悪に浸っていた。そして、俺にはもはや蒼にどうしてやればいいのかも分からなかった。蒼は健気(けなげ)すぎた。俺のそばに居ても離れても傷ついてしまう。俺と蒼にとって一番良い距離も境界線も分からない。でもこのままでいるわけにももちろん行かない。今度こそ蒼を心から笑えるようにしてあげたいともがくがどうにもならない。それがなおさら、今まで他人を不幸にすることしか考えて来なかった自分を憎ませた。

 ――俺は……最悪だ。



「何考えてるのー?」


 俺は、急に聞こえた声にハッと目を見開いた。俺の視界には、碧い二つの瞳しか見えない。

「…………」

 非常にスローペースではあったが、徐々に現実に頭が追いついてきて、状況を飲みこむことができた。籠内ことりが俺の顔をほぼゼロ距離にまで近づけて覗き込んでいたのだ。自己嫌悪に浸りまくって沈んだ気持ちをなんとか無理に浮き上がらせて、口を開いた。

「一旦離れようかー、ことりちゃん?」

「何考えてたの?」

 俺の話を無視して再び問うことり。見ると、ことりは俺の膝の上に自分の両手をついていた。体の一部に触られても、ここまで接近されても気付けないほど俺は自分の考えに集中していたのか、と今更ながらに自覚する。

 そして、ことりはことりでさっき蒼にもやったことといい、人の顔を覗き込む癖でもあるのだろうか。

「いや、なんでもない」

「そう? じゃあ、せめて楽しいことか苛立たしいことか、悲しいことか辛いことか、どんなことなのか教えてよ」

 俺はなんでそんなことを聞くのかと眉をひそめたが、それでも答えた。

「悲しいことと、辛いこと、両方かな……」

「ふーん……」

 ことりは、それに対し探るような目で俺を見つめ、そして俺から降りて離れた。彼女は俺の言葉から何を感じたのだろうか。悲しいことと辛いことを考えていたと聞いて、詮索は無用だと思ってくれたのだろうか。出会って早々、恐るべきハチャメチャっぷりを見せた彼女もそのくらいの気遣いはできる人間だったのだろうか。

「なんでそんなこと聞くんだよ?」

 俺は、思わず聞いた。やはり、さっきから目の前の少女は質問の意図が見えない。

 俺の質問に対して、ことりはビクッと肩をあげた。まるでベッドの下に隠しておいたエロ本でも見つかったかのようなリアクションだ。なんでこの質問でそんな反応を取るのか。やっぱりこの子はよく分からない。

「……だって、あたし、は……」

 瞳を左右に動かし、しどろもどろになりながら少女は俺の質問に対する上手い回答を模索しているようだった。どう答えたらいいのか分からなくなるのは本来この場における俺の立場のはずなのに、なぜかことりが今その立場に立っている。本当に謎だ。

「いや……そんな無理して答えなくてもいいぞ?」

 このセリフも、さっき暗にことりから受け取った気遣いと同じものだ。完全に立場が逆転していた。

「うん……ごめん」

 少女は、数分前の変態なキャラが嘘のように、しおらしく謝った。やっぱり、普通に振る舞えばこの子もそこそこの可愛らしさがあるんだな、と思わされる。やはり、ことりにも何らかのトラウマなどの触れられたくない部分があるというわけか。今の会話のどこでそこに触れたのかはわからないが。

「……ん? そういや、お前今まで何してたんだ?」

 思い返せば、朱鷺子さんが保健室に入ってきた辺りからことりは空気と化していた気がする。俺の質問に、ことりは見て分かるほどギクッと肩を震わせた。

「……無理して答えなくていいんだよね?」

「それとこれとは質問が違うぞ」

 その受け答えは、つまり俺に言うとまずいことをしてたということだろうな? そう思ってことりをよく見ると、さっきよりも髪がボサボサしていることに気が付いた。毛先がピンピンといろんな方向にはねている。まるで、寝癖のように。

「……寝てたな?」

「うぐ!?」

「寝てたんだろてめぇ!」

「そ、そんなことないよ、誰も見てないからってこれがチャンスだとか思ってないよ!」

 ……と、思いっきり自首してくれた。

「こっちはお前のせいで完全下校時刻を過ぎても居残り状態だってのになんでてめぇが寝てるんだコノヤロウ!!」

 俺は叫びながら、ことりのこめかみを両手で握った拳でグリグリする刑罰を執行した。ことりはじたばたともがき始めて、そして口を開いた。

「やめて許してやめて、せいじっちィイイイッ!! 激しいよ、もっとやさしくしてよ!! あたしまだそんなとこ攻められたことないんd 

「うっせぇ黙れてめぇえええええ!!」

 チクショウ、少し油断するとこれだ。俺は一段と力を強めたがその分ことりの口も増えるというカオスな状況になってしまった。

「あ、ちょっと青志くんなにやってるの!?」

 驚いた声に振り向くと、蒼が張り詰めた顔で俺たち2人を見つめていた。頭には髪の毛の間を縫うようにして包帯が巻いてある。仮にも元医者の朱鷺子さんの手当てだ。その手際は蒼以上に良い。

 蒼に気を取られたせいで俺の拳の力が緩んだのだろう。ことりが俺の腕からするりと抜け出して蒼にぽふんと抱きついた。

「あおいっち~、せいじっちがいじめる~!」

「お前は幼稚園児か」

 甘えるような声をあげたことりにツッコミを入れる。対して蒼はよしよし、と言った感じでことりの頭を撫でている。これじゃ、俺が悪者みたいじゃないか、と思う。

「あ、でも……」

「ん、どうしたの、ことりちゃん?」

 ことりが急に何かに気付いたように顔をあげ、蒼が少しびっくりしたような顔をする。

「あおいっち……おっきいね

「だから黙らんか!!」

 俺は、胸を見つめて頬を染めながら言ったことりの頭にチョップを入れた。蒼も、そんなことを言われてまた真っ赤になっている。耳から蒸気でも吹き出しそうだ。

「酷いよ、せいじっち……突っ込むなら上じゃなく下にだね……」

「待ってろ、その減らず口を今塞いでやるから!」

「せ、青志くん、ほどほどにね……」

「と、止めてくれないの、あおいっち!」

「みんな元気ね~。私も参加しちゃおっかな!」

「止めてください朱鷺子さんッ!」

 怒りまじりに俺は叫ぶ。再び始まった(と、いうか俺が始めた)どんちゃん騒ぎの中で、俺は思う。

 俺と蒼、どうなるのかは分からない。どうすればいいのかも分からない。けど、絶対に見つける。2人にとって一番良い方法を見つけ出す。そう、心に誓った。それが、俺の蒼に対する恩返しだ。

そして、まさかのこの恋愛の鬱である

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