第32話 これから
未明。あいの私室。
あいは穏やかな寝顔で、ベッドに丸まって寝ている。
私室の引き戸は、開け放されている。
上階から見下ろす、古い急な階段。
居間に置かれた、荷物が入ったままのあいのバッグと、まさるのカバン。
夜が明けて、ひときわ明るい光が、ガラス戸から居間に差し込む。
畳の上、仰向けに伸びているまさるの、ゆるんだ寝顔。
ちゃぶ台の下からは、まさるとはるみの並んだ素足の裏が覗いている。
二人とも、昨夜の服のまま寝ている。
壁の端に寄せられた、はるみの大きな荷物。
部屋の隅で丸くなっている、はるみが脱いだ靴下。
腕を枕に寝る、はるみの横顔。
玄関に、三足の靴が並んでいる。
はるみのきれいな革靴と、まさるのくたびれたスニーカー、あいの揃えられたパンプス。
部屋にみるみる、光が濃く強く溢れていく。
朝。
居間の畳を、あいの足が静かに踏んでいく。
まさるとはるみの枕元。その間に、あいが座る。
はるみが眠そうな顔で目を開き、間の抜けたあくびをする。
「おはよう、はるみ。」
あいがはるみに微笑みかける。
「おはよう。」
あいを見上げるはるみ。
「……あいが、まさるに言ってくれたんだって? 俺たちがまた、一緒に過ごすこと。」
「うん。おかえり、はるみ。」
「まさるがさ。俺と一緒に暮らそうって言ってくれた。」
「……え?」
「あのマンションを解約して、実家に戻ってたんだよ、俺。──あい、まさるとの家は、ここから近いところを探すからね。」
「はるみ……。」
「俺、頑張るよ。今は父さんの会社で働いててさ。俺、絶対頑張るよ。」
はるみがあいに笑いかける。
「絶対に、まさるにもあいにも、俺は美味いものを食わせるからね。俺はもう、父さんが辛くないんだ。俺は変わってやる。人を幸せにする男になるんだ。」
「うん。」
あいは、正座に座り直してはるみに向き直る。
「はるみ。まさると私と、ここで暮らそう? 私も、家族に加えて?」
はるみが、あいを見上げる。
「私たち、ずっと一緒に暮らそう?」
「あい……。いいの……?」
あいがコクリと頷く。
「これからずっと、一緒にいよう? ね? ──お願い。」
「うん。ありがとう。あい。──嬉しい。」
はるみは顔を腕で覆う。
まさるは二人の傍で、ぐっすりと眠っている。
「よーっし!」
元気な声を出して、はるみが跳ね起きる。
「まさる。起きろ! お前風呂入ってこいよ。」
「まさるー。起きて? ご飯食べよう?」
起きる気配がないまさる。
ゆるんだ顔のまま、気持ちよさそうな寝息を立てている。
あいとはるみは、顔を見合わせて笑う。
「まさる! おい、起きろ。ほら。」
「ご飯作ってくる〜!」
はるみは、まさるに声をかけながら体を揺らす。
あいは楽しそうにはしゃいで、キッチンに歩いていく。
繰り返し揺らされても、起きないまさる。
泥のように眠っている。
「まさる。俺の隣にいて!」
笑うはるみ。
朝の光が、居間に柔らかく差し込む。
(完)
この物語は、「不可侵領域」(はるみ視点)と対になる作品です。
『不可侵領域』はこちら
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