第1話 小さなヒーロー
古びた都営団地。まさるの家。
暗い玄関に、少年まさるの黒いスニーカーと、父親のひしゃげた黒い靴が脱ぎ散らかっている。
母親の葬式で履いた、二足の靴。
まさるの父親は、妻と使っていた部屋の床に横たわっている。
出入り口に背を向けて、父親が抱いているのは、数着の柔らかい妻の服。
魂が抜けたような表情で、じっと固まる父親の背中は、小刻みに震え続けている。
居間の窓からは爽やかな風が吹き込み、カーテンをパタパタとはためかせている。
掃き出し窓の外にまさるが一人、立っている。
明るく、突き抜けるような青空の下。
まさるはベランダに立ち、外に向かって仁王立ちしている。
強いヒーローのように、足を踏ん張り、拳を握り締め、──自分を鼓舞している。
(僕のお母さんは、天国に行った。交通事故だって。お医者さんが、お母さんは痛くも苦しくもなく行っただろうって。)
顔を険しくして、勇ましく前を向くまさる。
(僕は、お母さんの幸せを祈って生きようと思うんだ。──お母さんのことが、大好きだから。でも……。)
まさるは、混乱を静かに堪えて、祈るように言葉を探す。
(僕よりお母さんを好きだったお父さんは、壊れちゃったみたいだ。神様。お父さんには耐えられません。僕とお父さんは、これからどうしたらいいですか。)
まさるは室内に入り、両親の部屋の入り口に立つ。
まさるの足音も気配も響かず、一切の関わりを拒むように、硬直した父の背中。
(お父さんは、弱くて情けない男じゃない。)
まさるの父親は、妻の服を口元に押しあて、背中を丸めて床に沈んでいる。
まさるは、激しい慕情の目を、父親の背中に向ける。
陽の光が明るく部屋の中に差し込む。
(お父さんはお母さんを、こんな風になるほど大好きだっただけ。)
まさるは、静かに足を肩幅に開き、仁王立ちする。まさるの前髪が、風で優しく揺れる。
まさるは、真っ直ぐに父親を見つめ続ける。




