7-一日目・図書館にて
美月らがギルドを訪れてから3時間後のことちょうど昼頃のことだった。
4人の青年たちが、王城から北東に位置するその建物──ハンステル学院へと訪れていた。
ハンステル学院とは、その名の通り、学問を専門とした組織である。
"人種"と呼ばれる種族が住まう領地、人領で、最も権威を持つ国である人王国エリア。その内部において『学問』『教育』といった分野のほとんどを担うのがこのハンステル学院だ。
一区画を占めるほどの規模を持つこの学院の内部には、この国唯一の『図書館』があるという。
そして、その図書館こそが彼らの目的であった。
「図書館に行ってみないか」
話は、朝食のころに遡る。
知り合いのクラスメイトである3人を集め、そう言ったのは三村 和樹。メガネを片手で上げた七三分けの彼は、このクラスで二人を除き最も高い成績を誇る優等生である。
そんな彼に、他の四人はなぜ、と言ったように首を傾げる。その中の一人が口を開いた。
「図書館? そもそもそんなのあるの?」
「ああ。北東のほうに『ハンステル学院』っていう学園があるらしい。その中に、国内唯一の図書館があるんだそうだ」
「ソースは?」
「エルバスさん。普段は理由がないと行けないけど、昨日のうちにエルバスさんが話をつけてくれていたそうだ」
「昨日のおじいさんが? まじで?」
「本人が言っていたんだ、おそらく本当だろう。開くのは昼前らしいから、昼食のことを加味して、昼過ぎくらいにどうだろう」
「つってもなんでそんなとこ行くの?」
突っ込んだのは矢部 一樹。短髪の彼は鉄オタで、こことは違う場所で彼女と共にしているであろう西山良二、そして同じ場にいる中畑 三彦とは親友である。
愛する鉄道と永遠の別れを告げ内心落ち込んでいる彼だが、それはまた別の話だろう。
「何故って、もちろん情報収集のためだ」
「情報収集? ……ああ、そっか」
「兵の人や、それこそエルバスさんに色々聞いても良いだろうが、こういうのは自分で調べた方が色々と知れる。この世界における常識や倫理さえ知らないのは色々と宜しくない」
「幸運にも、字は読めるしな……読めるって言うのかな、これ?」
と、遠目に見える『食堂』の看板を見つめながら一樹がつぶやいた。
この異世界、当然と言うべきか、言語も文字も何もかもが違う。違うのだが、彼らには彼らが読み聞き出来てしまうのだ。
というより、それを見るだけで自然と意味が頭の中に入ってくる感覚。見たこともない文字の意味がわかるのだから、奇妙な感覚だった。
「図書館かー。小説とかあるかな?」
などと呟いたのは、一樹の友人、中畑 三彦。
鉄オタの一樹、ドルオタの良二ときて、彼らと親友である三彦は二次元オタクだ。アニメに限らず、あらゆる創作物を好み、そしてかき集める彼は自他共に認める『オタク』だ。
一樹、良二、そして三彦。好きなものに対する執着という共通点と、名前の奇跡的な繋がりから、彼らは一部の人間に『オタクコンボ』などと呼ばれていたりする。
「図書館だ、そりゃああるだろう」
「ああ、よかった。もう二度と創作と出会えないかと……」
「ラノベやマンガ、アニメこそないだろうけれどな。あったとしても、君が好むような絵柄には二度と出会えないだろう」
「……まあ、そうだよな。わかってた、わかってたよ。わかってたけどさ……言わなくてもいいじゃん現実逃避してたのに……」
「……なんだか、すまない……」
「度々『異世界行きてー!』とか言ったけど、本当になって欲しいわけじゃないのよぼかぁ……」
悲しみと共にスープを飲み込む三彦。「うめぇ……」という台詞と共に流した涙は果たして感涙か悲涙か。
「三彦くんにとってはたしかにきついよね……同情するよ」
そこでやっと口を開いた青年。彼は常沢 圭也。丸いメガネの彼は、ジャンル問わずものづくりを趣味としている。
「何言ってんだよ、お前だってもう二度とアニメ見れないんだぞー」
「あー……、まあ、確かに残念だけど、もう仕方ないと割り切るしか」
「くっ、この苦しみはぼくにしかわからないと言うのか……!」
「それで、ちなみに圭也はどう思ってるの? 行く?」
と、会話を断ち切るようにして一樹が言った。
「ああ、うん。行く。やっぱりなにも分からないことにはどうしようもないから」
「そうかぁ。じゃあ、俺も行く。三彦は?」
「ぼくも。良二はどうする?」
「良二には後でさりげなく伝えておいてくれるか?」
和樹がそう言うと、一樹、三彦がうんと頷いた。和樹は「ありがとう」と伝え、
「じゃあ、昼過ぎに兵舎の入り口前に集合しよう。それで良いか?」
そうやって、後程の計画を伝えたのだった。
「それで、良二は結局来なかったのか」
和樹がそう尋ねた。
「来なかった。飛鳥さんから離れるわけに行かないからーとか言ってた」
「惚気てんなー」
「そういう話でも無いだろう。みんな、本音のところでは不安を抱えているんだから」
「……まあ、そうだな」
圭也が嘆息する。確かに実際のところ、どれほど表面を繕ったところで、全員がこの異世界召喚に対して不安を抱えているのだ。
帰れるのか分からないという悲しみ。あと5日で生き方を決めなければならない迷い。先の見えない未来への恐怖。
それらを、彼らは『知り合いがいる』という事柄だけで耐え、せめてそれを失わないために平静を取り繕う。
「彼女を一人にするのは、確かに良く無いわな」
「わかったは後で良二に伝えよう。じゃあ、行こうか」
圭也のその言葉に全員が頷き、そして彼らは学院の門をくぐった。
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学院図書館は、和樹たちが思っていた以上に広大で、かつ大規模だった。
図書館は木造でできていた。机、床、壁や階段に至るまで、そのほとんどが丁寧に細工された木製だ。
その所々に美しい意匠が施されており、その全てが幻想的に見える。
一階のエントランスホールからすでに、彼らの身の丈の3〜4倍は高さのある本棚がいくつも立ち並んでいる。もちろん壁側も本で埋め尽くされた状態だ。
所々には、高い場所の本を取り出すためであろう長い梯子が立てかけられている。
中央にまっすぐ伸びた道と、2階に登るための湾曲した階段のみを避け、とにかく置ける場所に詰め込んだといった様子だった。
その階段から登れる2階はバルコニーのような作りになっており、ここから様子がある程度見て取れる。
とはいえ、2階も1階と同じような風景だ。強いて言うなら、バルコニーのそばにのみ机と椅子が備え付けてあるくらいのことである。
2階がバルコニーのようになっているためか、天井がとても高く感じられた。この光景に圧倒されてしまうのは、ただ本棚が高いことのみでなく、そのことも理由に含まれるだろう。
「………すげえ」
一樹が思わず声を漏らす。
前の世界でも見たことがない、むしろ一線を画すほどの広大な智の宝物庫を前に、そうやって圧倒されるのは当然であった。
「そんなに感動されますと、わたくしとしても非常に喜ばしいというものです」
と、白い顎髭を撫でながら言うのは、この図書館の館長「ロクイステル・ラロード」である。
黒いシルクハットを被った長い髭の男は、嬉しそうな様子で話した。
「本来は学院に所属する者でしか利用できないのですが、勇者様……ではないのでしたな。召喚者様がたにおかれましては特別に解放させていただきます!」
「だけど、ここまで広いと欲しい本を探すのも一苦労だな……」
「ご安心ください!」
三彦が小さくそう呟くと、ロクイステルが胸を張る。
「図書館の本は、種別ごとに一定の間隔でまとめられております! あそこに見取り図があるでしょう?」
指さす方向を見ると、確かにそこには線が彫られた金属の見取り図が埋め込まれる形で存在していた。
「各階ごとにあの見取り図は存在します。それを手掛かりにすれば、皆様の必要とする本がそこにあるでしょう!」
「おおー! それめちゃくちゃ助かる!」
「で、結局何探すのさ」
一樹が和樹の方を向いてそう言った。
和樹はそれに一度頷き、
「ああ。僕が考えているのは、この世界がどういう場所なのかを改めて理解しておきたいというところだ」
「それはいいけど、具体的にさ」
「それでしたら、『文化』の本棚はいかがでしょうか」
一樹の疑問に答えたのはロクイステルだった。
「この世界がどういった世界なのか……どういった構造をしているのか。そうした疑問は『文化』の本棚が答えてくれるでしょう」
「なるほど……確かに良さそうだな」
和樹が頷いて言うと、ロクイステルはやはり楽しそうなで続けた。
「文化の本棚は5階にございます。ぜひごゆるりと。ああ、本を汚したり傷つけることだけはしないように。ここの本はどれも代えの効かない貴重品なのです」
ロクイステルがそう言ったので、四人は互いにうなずいてから、その本棚があるという階に上ることにした。
5階についた彼らは、さっそく案内板を探し、それをもとに『文化』の本棚を見つけ出した。
当然ではあるが、それらの本は異世界人である四人が知らない文字で書かれていた。
本来なら読むことは叶わない書物のはずだが、不思議なことに、四人はそこに書かれている文字の意味が理解できる。
文法がわかる、というのではなく、書かれている文字の意味が自然と頭に入ってくるようなイメージ。そんななので、読むことはできても書くことはできないだろう。
前日、そのことに気づいた三彦が友人たちに確認したところ、召喚されたクラスメイト達はみながこの能力を得られているらしいことがわかった。
そうなる理由はよくわからなかったが、とにかく文字が読めるのはありがたい。さっそく、四人は書籍をあさり始めたのだった。
「……むずい」
そうぼやいたのは一樹だった。
「まあ、そりゃあ大学図書館だからな」
「俺、実をいうとあんまり本読まねーから……、こういうの苦手なんだよ」
「なんで来たんだよ一樹」
「仲間外れは嫌だろー! 三彦、お前だって本読むっつってもラノベだけじゃねーの? 実際どうなんだよ?」
「……むずい」
「だめじゃねーか」
「一樹、三彦。声を抑えてくれないか」
もくもくと、何冊も積まれた本をペラペラと読んでいた和樹がそう注意したので、二人は申し訳なさそうに本に視線を落とした。
「和樹くん、そっちはなにかわかった?」
圭也がそう訊き、和樹が頷いた。
「とりあえず……三つの種族がそれぞれ別々の領を作ってる、って話を再確認していた」
「んあ、人領、獣領、魔領、だっけ?」
一樹がふと顔を上げてそう言ったので、和樹は「ああ」とうなずいた。
「今読んでいたのは、それぞれの種族……領の特徴についてだ」
「特徴?」
「まず人種。僕たちがいる領と、そこに住む人たちだな。これは僕たちの知ってる人間と変わらない。ただ領全体の特徴として、魔法器という道具の技術が発達しているそうだ」
「魔法器……?」
ぴくりと反応したのは圭也だった。
「道具そのものが魔法を使うことができるらしい。兵舎でも見ただろう、あそこのライトや、エレベーターも全部魔法器だ」
「あれマジでびっくりしたよな。異世界なのに現代文明があるのかと思った」
「次に獣種。体の一部に獣の特徴を持つ種族らしい」
「ケモミミ?」
「らしいぞ。よかったな三彦。……で、だから身体能力が他と比べて突出しているらしい。その分、文明的というよりは自然と共生するような生活様式らしいけどな」
「ふうーん。じゃあ、魔領は?」
一樹がそう尋ねる。すると和樹は四角い眼鏡を片手で上げて、
「魔種は……よくわからなかった」
「は?」
「情報が少ないんだ。考察は多くても事実が少ない。強いて書いてあったことは……角や翼を生やしてることと、ほかの種族では使えない魔法が使えることだ」
「それはそれでロマンあるけどな」
三彦が腕を組んでそう言った。
「まあ、今はそんなところだ。次は宗教の本を読む」
「すごいな和樹くん、もう三冊目じゃん」
圭也が感心したようにそう言うが、和樹は首を振り、
「そうでもないさ。不要そうなところは読み飛ばしながら読んでいるからな、実際読んでいる量はそれほどでもない」
「そうなの?」
「それで言えば圭也、君の方は一つの本をだいぶ熟読しているように見える。それは何の本なんだ?」
「え? あ、ああ。実はね」
圭也は少し苦笑いしながら答えた。
「これは『魔法器基礎』ってやつ」
「魔法器……?」
「文化について調べたいって言われてたのに、全然違う本読んでてごめん。でも、すごい興味惹かれて」
「あーそっか、お前そういうの好きだもんな」
一樹がそう言った。
「ってか、そんな本どこにあったんだよ」
「『魔力工学』の本棚。この階にあったから」
「魔力工学! ってことは魔法の本とかもあったのか?」
と、横から三彦が食いついてきた。
「いや、それはなかった」
が、残念ながら望むものはなかったようだ。
「……ちょっとさ、読みながら考えてたことがあったんだ」
「なにを?」
「これからのこと」
──圭也がそう言ったとたん、三人はすっと真面目な顔をした。
空気感が変わったのが圭也にも分かったが、あえてそれを読まずに話を続ける。
「王様は……戦うか、国で生活するかを選べって言ってたよね」
「戦いたい奴なんて居るか?」
「少なくともここには居ないっしょ。おれだって嫌だもん」
「それとも圭也、君は違うとでも言うのかい?」
「いいや、僕だって戦うのは嫌だよ。……ただ、それでもどうやって生活するかは考えないといけない」
それは確かに、と、三彦がつぶやく。
戦えない、死にたくない。言うのは容易いが、それを選ばないということは、それ以外を見つけなければならないということでもある。
「……だから僕、魔法器についてちょっと勉強したいと思ったんだよね。そしたらそれ関連の仕事につけると思うから」
「偉いなぁ。そんな具体的になんて俺は考えられねえよ」
「好きなことの延長線ってだけだよ。それで、みんなはどうなのかなって聞いてみたくなって」
「……僕は、圭也みたいなことはできないな」
と、和樹が言った。
「僕はギルドに行くつもりだ。そこで仕事を探して、職について、それで生活する」
「ギルド?」
「職業安定所のようなものだ。君たちはどうする?」
和樹が、一樹と三彦に問いかける。
一樹が「そりゃあ」と言うと、
「同じだろ。ハロワ行って仕事探して、あとはなるようになれってな」
「おれも。ぶっちゃけ圭也みたいなやりたいこと明確なやつってレアだと思う」
三彦も一樹に同意して言った。
それを聞いて圭也は「そっか」と言い、
「まあでも、みんなそんなもんだよね」
「けど圭也、お前はそれでいいと思うぞ。俺たちと違って、お前にゃ知識と才能があんだからな」
「才能なんて無いよ」
「バカ言え。自作のラジコンの動画見た時には驚いたんだぜ俺。お前はマジでものづくりの才能がありまくる」
三彦と和樹も同意するように頷いた。
圭也は少し唖然とした顔をして、そのあと顔をはにかませ同じように頷いた。
「……さて、宗教の本はこのくらいか。次は……」
「え。和樹、お前今の会話の間で一冊読み終えたのかよ!?」
お前こそ才能の塊じゃねえかと、一樹、三彦、圭也は声を荒げたのだった。




