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6-一日目・勇者の重責

 元の世界の時間に換算して、午前10時ごろのこと。繋と樹恋は兵舎の三階へと訪れていた。理由はもちろん、食堂での呼び出しがあったためである。

 異世界語で"第三修学室"と書かれた扉を繋がノックする。「入りなさい」という声が聞こえたので、繋は失礼しますと一声かけてからその扉を開いた。


 繋と樹恋が来た頃には、既に二人の『勇者』が訪れていた。

 十六夜 七夕、四季 美香。それぞれ『黒の勇者』『白の勇者』の称号を与えられた者たちだ。繋と樹恋もまた、それらと同じような称号を受け持っている。


 部屋はいわゆる大学の講義室に似た様子で、沢山の机と椅子が中央の教壇のような場所に向かうように設置されていた。

 修学室とあるだけあり、ここは本来、兵士たちの学びの場として使われるのだろう。


 その教壇に立っているのは一人の男性だった。

 背の高い、しかし細身な男性だ。金髪で、長めの髪を後ろで一本結っている。目は鋭い吊り目で、瑠璃のような青い色をしていた。顔立ちは整っているが、その鋭い視線に思わず軽い緊張を感じてしまう。

 少なくとも繋は、一目見てそれが只者ではない人物だと察した。


「……四人、か。あと一人は?」


 その男性が口を開く。

 繋が部屋を見渡すが、確かに一人、五人いるはずの勇者が一人足りない。黄の勇者──宙 快斗がそこには不在だった。

 少し考えて繋が言う。


「多分、声がかかる前に宿舎を出てしまったのかもしれません。俊輔(しゅんすけ)君たちと一緒に。彼らは結構行動的な人たちだから、生活の準備をもう始めているのかも」


「ああ、あのうるさい奴らね」


 樹恋が腕を組んで言う。


「あいつらって言うか、俊輔が、でしょうけど。でも快斗に至ってはもう他と違うんだから、勝手なことしないで欲しいわね」


 深くため息を吐いてあきれたそぶりを見せる樹恋。

 中央の男性は、それを聞いて理解したように頷くと、


「それならこのままで話を始めよう。不在の彼には、後ほど誰か内容を伝えておいて」


 そう切り出して、男は言う。


「まずは私の自己紹介を。はじめまして、勇者に選ばれた皆さま。私はアストリア・フーデン。──我が人王国が誇る兵団『国兵団』を仕切る兵団長よ」


「…………よ?」


 七夕が語尾に首を傾げる。

 そんな七夕に男は……アストリアは微笑んで、ウィンクして、


「以後宜しくね、勇者ちゃん達?」


 そんな挨拶を口にしたのだった。



 @@@



「ふふ、変な口調で驚かせたわね。でもこればっかは癖だから許してちょうだい」


「癖、ですか……。いや、リアルでそんな人と会うことにちょっと驚いただけで」


「誤解を解くため言っておくけど、あたし別に男色のケはないわよ、タナバタちゃん。……まあ、可愛い男の子は嫌いじゃないけど」


「ひっ……!?」


「ふふふっ! こういう年頃の子って反応面白くて楽しいわねぇー!」


 七夕のほうをちらりと見やる。それで鳥肌を立てた七夕をけらけらと笑うアストリア。

 ふと気になって繋が隣を見ると、苛立ちを募らせ始めている樹恋がいた。


「あー……、その、とりあえず話をしませんか?」


「おっと、ごめんなさいね。……あら、キコイちゃんはこういうのお嫌いだったかしら」


 アストリアもまた樹恋の様子に気づく。


「ええ大嫌い。無駄話も、ヘラヘラしてる人間も。だからあんたのことも嫌いになりそうだわ」


「あらそう。それじゃあ遊ぶのはここまでにしましょっか」


 そう言って、彼はすっと顔を引き締める。

 その瞬間、一気に空気が変わったのを感じた。


「……まあ、話というよりは一種のイントロダクションよ」


「イントロダクション?」


 美香がそう反復する。


「そ。あなた達が置かれている状況。私たちが置かれている状況。それらをまずはきっちり理解してもらうわ」


 そう言って、アストリアは話を始めた。


「まず、あなた達が呼び出されたこの世界について。あなた達の世界がどんな世界だったかは知らないけれど、これからここで生きていく以上はまずそのことを知らなきゃいけないわ」


「あ、えっと、大体のことは王様から聞きました。種族が三つくらいあって、それによって国……じゃなくて領地も三つに分かれてて。そしていまその二つが戦おうとしてて……」


 美香の解説にアストリアは頷く。


「ええ、その通りよ。およそ一年前、突如獣領から宣戦布告をつきつけられたの。こちらとしても、黙って侵攻を認めるわけにはいかない。つまり今回は我々『人領』と『獣領』の戦いになる。それが話の大前提」


「……前提ってことは、続きがあるんですね?」


 繋がそう訊くと、アストリアは「ええ」と肯定した。


「突然だけど問題を出しましょう。今回のような、領を跨いだ戦争は、何年ぶりか分かるかしら?」


 と、アストリアは問いかけた。


「何年振りって……そんなの、知るわけねえし」


「正直でよろしい、タナバタちゃん。でもちょっとだけ考えてみようかしら。正確な年数は言わなくて良いわよ」


「……もしかして、ほとんどしばらく起きてない?」


 美香のセリフに、アストリアが指を鳴らした。


「ミカちゃん大正解。具体的にはおよそ1000年前だそうよ?」


「せんね……っ!?」


「むしろ、種族の違いなんていう幾らでも争いのタネになりそうなものがあったのに、ずっと戦争にならなかったことの方が不思議じゃない?」


 にやりとしてアストリアが言う。


「……戦争にならなかった、理由があった」


 そこで、繋は気付いたことを口にした。


「ケイちゃん大正解、流石ねぇ。そう、1000年前の種族間戦争ののち、当時の三種族の王はある条約を締結したわ。それが『不可侵条約』」


「不可侵条約……」


「名前の通りよ。『それぞれの種族は基本、互いの種族に干渉しない』っていうような条約。それは1000年に渡り堅く守られていた。──けれど、それが今、破られた」


「でも、なんでそんなことが起こるんですか!? 1000年も守られてきたんですよね!?」


 美香が声を上げると、アストリアは難しい表情をして、


「まあ……、関係性の悪化というところかしら。人種あたしたち獣種かれらには価値観の相違がある。それがいつしかどこかでこじれて、千年の月日の中で種族単位に険悪になって、ついには些細なきっかけで戦争に至った。もっとも、詳しいことまでは私の口からは言えないけれど」


「そんなに仲が悪いんですか」


 繋が尋ねる。


「ええ。一般的に人種は獣種を、獣種は人種を見下しているわ」


「そんなはっきり言うんですね……」


 事実だからね、と、アストリアは困ったような顔をして言った。


「そして、ここであなた達に理解して欲しいことがある」


 そう言うアストリアの眼光が、さらに鋭くなった。


「それはつまり、この戦いは決して負けてはならないということよ」


「………………」


「1000にわたって守られた条約を破って行われる戦争。それによって失われるのは『種族間の太平』であり、それによって生まれるのは『種族間の差』よ。獣領より弱い人領という立場。それが何を意味するかは、流石に分かるわよね?」


 そのことは、理解度の鮮明さにばらつきこそあれど、戦争の経験などない五人にも理解できた。

 不干渉という均衡が破られ、さらに他の種族との戦争に敗北したとあれば、負けた種族がどのような立場に置かれるかなど想像に容易い。

 戦争に負けた種族は、他の二種族に対し『搾取される側』となる。それだけは絶対に避けなければならない事象だ。


「それを踏まえた上で、あなたたちの立場を振り返ってほしい。あなた達がなぜ召喚されたのかを思い出してほしい」


「……俺たちは、戦うために召喚された……」


「分かってくれたかしら。あなた達に課せられている責任の重さを」


 数秒。彼らの間に沈黙が流れた。

 曖昧だった現実が急激に形をとり、その鋭利な形で彼らの胸を貫く。


「どうしても……戦わなきゃいけないんですか?」


「ええ。少なくとも戦場には赴いてもらうことになるでしょう」


「俺たちはそんな、戦争なんてもの、知識でしか知らないってのに……」


「ええ。それでもよ」


「……こんなの、ただの無理矢理な徴兵じゃない。それなのにそんな責任なんか押し付けて……!」


「ええ。分かっているわ。実際のところあたしたちは、召喚という魔法が何をする魔法なのか、理解していなかったのかもしれないわね」


 首を振ってアストリアは言った。


「けれど安心して。あたしたちは、あたしたちができる限りの方法で、あなたたちをサポートするわ」


「サポート………?」


「まずは衣食住の保証、これは当たり前ね。兵舎での暮らしにはなってしまうけれど、基本的な自由は与えられるわ。上級兵士と同等の給料も与えられる。加えてエリア国内は自由に行き来できるし、兵団の所有する施設はもちろん、国立施設の一部も無償で利用できるよう掛け合うつもり」


 そしてなにより、と、アストリアが指を立てて言った。


「あなたたちを戦えるようにしてあげる」


「それは、どういう……?」


「勿論、訓練よ。……そんな嫌な顔しないの。ちゃんと戦えるようにならなきゃ、戦争のことだけじゃなくて、国の外に出ただけでも死んでしまうわ」


「く、国の外に出ただけで!?」


「ええ。国の外には『魔物宮ダンジョン』から湧き出た魔物がウヨウヨしてる。奴らは他の生き物を殺すように出来てるみたいだから、それと戦う術も必要になるわ。あとは暴漢とか盗賊とかね」


 この辺は特に盗賊が多いから、と、付け足すように彼は言った。


「そのために私達が鍛えてあげる。戦争まではまだ少し時間があるわ。その期間であなたたちを『上級兵士』級には育て上げて、兵士として遜色ない人材にしてあげる」


「どうして……、どうしてそこまでして俺たちが必要なんですか!? どうせ戦いなんてできっこない、所詮お荷物になるだけの──」


「──忘れたの? あなたたちの『魔法』のこと」


 そう言われて、俯きかけた七夕の顔が上がった。


「勇者の魔法。五色の魔法。それは普通の魔法じゃない。清朝聖術でも、闇夜の力でも、黎明の加護でも、黄昏の魔法でもない、あなたたちだけが使える第五の規格外」


「……規格外」


「ええ。扱い方によって救いも滅びも与えられる力。作ることも壊すこともできるでしょう。神にも匹敵する力をあなた達は持っているのよ」


 真剣な目でアストリアは言った。そこまで言われた勇者たちは、自然と自分の掌に視線を向けてしまう。

 ──神にも匹敵する力。

 それが、こんな平凡だったはずの身に宿っているのだと。


「召喚した私達は、あなたたちを還すことができない。力を持っている以上野放しにもできない。けれど、元の世界に帰る可能性を掴むための支援はできる」


「可能性……」


「戦いに勝ち、あの『石板』の片割れを得て、元の世界に戻る方法を知れる可能性を。……まるでマッチポンプのようになってしまっているけれど、どうか許してほしいわ。その上でどうか頷いてほしい。あなたたちの力を借りる、その許可をくれないかしら」


 アストリアが、鋭い眼光で勇者たちを見つめる。

 ……未だ、勇者たちには迷いがあった。

 戦いたくない──死にたくない。傷つきたくないし、責任も負いたくない。それは普通の人間が持つごく普通の感情で、本来は保証されるべきものだ。

 だが今この時はちがう。戦わなければならない。責任は既にのしかかっている。傷つきたくないなら、平和に戻りたいなら、死ぬ覚悟で戦うしかないのだ。

 ゆえに勇者たちは頷くことしかできなかった。それを見て、アストリアは満足げにうなずき、


「……ありがとう。じゃあ、これでイントロダクションは終わり。あとはこれからのスケジュールを話すわね」


 そう言って柔らかい笑顔を作った。

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