太陽が翳り宝石は輝きを失った
ヒロインちゃんのローゼ視点から始まります
私にとってフレッドは、まさに太陽のような人だった。
暗闇を明るく照らしてくれる光。
どれだけ悩んでいたって、
『ふむ、それは大変だな。それはさておき美味しいカレーの作り方だが……』
なんて言って、急にスパイシーな美味しいカレーを作り出して手伝わされて、使うたくさんのスパイスについての講義を受けていたら頭がいっぱいになって、彼が作った美味しいカレーを食べる頃には何に悩んでいたのか忘れてしまっていた。
孤児院で嫌なことがあって泣いていると、
『ふむ、笑顔が足りないな。』
と言って何か月も連絡が途絶え、なにがあったのかとやきもきして心配してそれだけで頭がいっぱいになっていると、
『見ろ、ローゼ。これが世界で一番面白い顔をした鳥だぞ?』
と海を越えた先の貴重な種類の鳥を籠に入れて持ってくる。
なんなのよ!?
そう思うが、確かに言われるだけあってその鳥は面白い顔をしていて、笑いをこらえるのが難しくてつい吹き出してしまう。
その頃には、もう自分が何に泣いていたのかなんて欠片も覚えていなかった。
自分が孤児であることも、ヒロインであることも、呪ったこともあったけど。
フレッドと出会って過ごすうちに、そんなことはどうでもいいと思うようになってきた。フレッドのように、ただ自分の思うように生きよう。ただ、目の前のことを思い切り楽しもう。
私は、ただがむしゃらに目の前のことに向き合うことを覚えて、いつも笑うようになっていた。
**********
「愛しい人からの、恋文ですか?」
放課後、誰もいなくなった教室で急いで書いたのであろう、乱れた字の手紙を読んでいたら声をかけられた。
フレッドの兄様からの至急の知らせだ。
糸のように細い目をした軽薄そうな男。
その一言で、こいつはダメ男だから近寄ってはならないと自分の中で判断する。
がさりと手にした手紙を折りたたむ。
さっさとこの場を去ろう。ナンパ男に構っているはない。
「失礼。」
そう言って、その男の脇を通り抜けて教室を出ようとする。
「大輪の薔薇に描かれた双頭の鷲の指輪。」
そう声をかけられて、思わず足を止める。
「お持ちですよね?」
「……貴方、何なの?」
男が言った文様の指輪を持っている。
シスターたち曰く、孤児院の前に捨てられたときにその指輪を手に握らされていたという。
その指輪が今生での親につながるのか。
そう思って探そうとしたこともあるが、シスターたちはその指輪の文様については口外しないようにきつく私に言い聞かせた。
なにかあるんだろうと思うけれど、私はそれを守って誰にも言わなかった。
そして、フレッドと出会ってからは、自分の出自すらどうでもいいと思って指輪に大した意味を求めなくなった。
なのに。
「よかった、心当たりがお有りのようで。」
細い目を弧にして言う。
先ほどの私の質問はまるっと無視されている。
「ローゼ嬢に、お願いがございまして」
「はっ、こちらの質問は無視して、願い事ねぇ。」
そう言うと、その男がくすりと嗤う。
「やはり、ただでは聞いていただけませんよねぇ」
「何言ってるの、貴方?やばい人なの?っていうか貴方どっかで見たことあるような。」
そうじっとその糸目の男を見つめると、きょとんとした後で
「ええ、こんなときにナンパですか。男前ですねぇ。」
と馬鹿にしたように言う。
ちっ、舌打ちをして、時間を無駄にしたと思い教室を去ろうとする。
「恋文ではないとすると、愛しいフレッドさんが拘束されたというお手紙でしょうか?」
その言葉に、勢いよく振り返る。
男は窓際に腰かけて、細い目を開いて、片頬を歪めて嗤っていた。
「貴方……」
「ああ、申し遅れました。私、エルリア様の知己でありグランベル皇国使者でもあるルーク=エヴァンと申します。」
「皇国の……!?」
まさに、彼が拘束されたかもしれないと手紙に書いてあった、その国の男。
「なんで、フレッドのこと知っているのよ?」
「なんでって」
ふっとルークが鼻で嗤う。
「エルリア様が教えてくれましたよ?事細かに、貴方の大切なフレッドさんのことを。」
「嘘ね。」
その言葉を即座に否定する。
「あの子が言うはずないわ。」
エルリアには、内緒だよって言った。だから、あの子が言うはずがない。
「そうですか。言いませんか。では、どこから洩れたんでしょうねぇ?でも、まぁ、どこだっていいですよね?大事なのは、今、フレッドさんが、皇国で、拘束されている。それだけですものね?」
「貴方、何を知っているのよ!?」
「さぁ?でも、私なら貴方の大事なフレッドさんを解放できるかもしれませんよ?」
ぎり、と歯を噛む。
「……なにが、狙いなのよ?」
「素直な女性は好きですよ。では……」
**********
「私に、友達を裏切れっていうの?できるわけないでしょう!?」
そう言ってルークを睨みつけると、彼は困ったように首を傾げる。
「そうですか。できませんか。」
はぁ、とこれ見よがしにため息をつき肩を竦める男を忌々しく睨みつける。
「『友達』かぁ、素敵な響きですよねぇ。私、『友達』なんていたことがないのでわからないんですけど、きっと大切なんでしょうねぇ。」
それこそ、恋人であるフレッドさんよりよっぽど。
その言葉に、エルリアとフレッド二人の笑顔が脳裏に浮かぶ。
「フレッドさん、投獄されて無事でいますかね。こちらの国と違って、皇国の兵士たちは乱暴だからなぁ。五体満足で解放されるといいですね?」
心の中で、天秤にかけられた二人の片方が重く下がるのを感じて胸が軋んだ。
「……わかったわよ。」
そう小さく呟くと、ルークが糸のような目を弧にして、手をぱんと叩く。
「よかった。では早速、今日からお願いしますね!ああ、それと。」
腰かけていた窓際から立ち上がり、つかつかとルークが近寄り耳元で囁く。
「貴方が裏切ったり、不要なことをすれば、フレッドさんの命は保障しませんから。」
ルークを睨みつけるが、まったく意に介した風もなく彼は飄々とした表情でしー、と口に人差し指を当てて見せ、それが腹立たしかった。
「あんた、本当に下衆ね。」
「突然のお誉めの言葉、ありがとうございます。」
唾を吐く気持ちで言った言葉をさらりと躱されて更にいら立ちが募る。
「一つ、言っておくわよ。」
「なんでしょう?」
「私は貴方に屈したかもしれないけれど、エルリアは絶対そうはならないわよ。なに企んでいるのか知らないけど、あの子は絶対貴方に負けたりしないわ。」
そう言うと、ルークが虚を突かれたように薄い目を開けて、その後で口元を上げてそうですか、と言う。
「素敵な捨て台詞をありがとうございます。では、エルリア様のお手並みはこれから拝見させていただきますよ。」
ちっ、そう舌打ちして、教室のドアを開ける。
そこに、すごいタイミングでエルリアが立っていた。
「あれ、ローゼ!?」
「エル、リア。」
今は、会いたくなかった。そう思って、顔が歪む。
「大丈夫?なんか顔色悪いよ?」
「ローゼ嬢?」
ルークに声をかけられて振り向くと、彼は念を押すようににこやかに笑っていた。わかっているわよ。
「エルリア。ごめんね。」
「え?」
「もう、私のことは友達なんて思わなくていいから。」
それだけ告げて、彼女の脇を通り抜ける。
「ローゼ!?」
後ろから私を呼ぶ声がするが無視して、廊下を駆けていく。
遠くで、エルリアがあの男をルーク、と呼ぶ声がした。
彼女とルークが知己だったのは本当だったのかと、思う。もしかしたら、本当に彼女がフレッドのことをしゃべったの?だから彼がこんなことになっているの?
ぶるぶると首を振る。
エルリアのせいじゃないとわかっているのに、どこかに不安や苛立ちの気持ちぶつけたくて、エルリアを疑ってしまう自分が、嫌だった。
こんなとき貴方だったらどうするのよ、フレッド。
そう考えるが、私には彼の魔法のような馬鹿みたいで、幸せな解決方法は思いつかず、歯を食いしばるしかできなかった。
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友達なんて思わなくていいから。そう言われて、自分の耳を疑った。
「ローゼ!?」
追いかけようとした私を、ルークが腕を掴んで留める。
「エルリア様」
「ちょっと離してよ。というか、ルーク、貴方ローゼになにか変なことしたんじゃないでしょうね!?」
「ええー、私って信用ないですねぇ。変なことなんてしてないですよ。」
「じゃあなんであんな様子がおかしかったのよ?」
「さぁ。私は彼女の恋の相談を聞いていただけですから。」
「恋の相談?」
以前に聞いた、フレッドさんとの?なんでルークに?
「ええー噓くさい。」
「ひどい、エルリア様。」
がくりとルークが項垂れるような仕草をする。
「本当ですって。どうやら、こちらの学園に来て心変わりしたそうで。」
「え?」
あんなとろけるような顔して、フレッドさんのことを話していたのに?
「誰だか気になりませんか?」
ふふと口元を隠してルークが笑う。
「……なんでそんなに楽しそうなのよ。」
「だって、私の好きな、王子様とお姫様の恋のお話ですよ?」
なにを言っているんだ、こいつ。
そう思って首を傾げる。が、その様子にルークが薄い目を開いてあれ?という顔をした。
「ああ、聞いておられないのですね。」
「なにをよ?」
「いえ。それより、ローゼ嬢ですよ。どうやら、クリストファー殿下に心変わりしたようですよ?」
「えええ?嘘だぁ!」
だって、あんなにも興味がないって、お子様過ぎて嫌だって言っていたのに。
いや、クリスに魅力がないっていっているのじゃないよ?心の中でクリスに弁明する。
「悩んでいらっしゃいましたよ。貴方に悪いって。」
先ほど聞き間違いかと思った言葉を思い出す。
──もう、私のことは友達なんて思わなくていいから。
「……ローゼ?」
彼女がかけていった方をなんとなく見やる。
彼女が残していったミュゲの香りが漂った気がしたが、やはりそこはただひんやりと冷えた空気と、廊下が広がっているだけだった。
**********
「最近、クリスとローゼ、仲が良いな。」
そうカタールに言われてみた先でローゼがクリスの服を掴んで上目がちに何か話しかけている。
ゲームで、悪役令嬢にいじめられたヒロインを思い出す。エルリアに抗議すると怒るクリスの服をそっと掴んで、上目がちに良いのです、と言うシーンがあったはずだ。それに似ている。
「そうだね」
あれ以降、ローゼに話しかけようとするがすべて無視されてしまう。目すら、合わせてもらえない。
ルークの言うことは嘘だと思っていたけれど、もしかして本当にそうなのかな。
「お前、ローゼとなにかあったのか?」
その言葉に、私はちょっと困って笑うしかなかった。
初めてローゼと会った日に、恋を応援するよって言った。その言葉は嘘ではなかったはずなのに、今では二人が寄り添う姿を見ると、なぜか胸が小さく痛む。
「エルリア、クリスは……」
「え?」
カタールがなにかを言いかけて、いや、なんでもない、と静かに笑う。
「変なカタールね。」
微笑むと、カタールがぐしゃりと頭を撫でた。
いつもなら子ども扱いして!と怒るところだが、今日はなぜかそうされるのが嬉しかった。
*********
「エルリア」
数日後の放課後にローゼから声をかけられた。
「ローゼ!」
いつもキラキラと輝いていた彼女のピンクの宝石なような瞳が薄暗く翳り、チェリーのように艶やかだった唇は一文字に引き結ばれてかさつき青くなっていた。
「ローゼ、どこか具合悪いの?大丈夫?」
そう言って駆け寄ると、
「なんで!」
そう怒鳴りつける。顔を歪ませて、優しくしないでよ、と小さく呟く。
「……ローゼ?大丈夫?ローゼ……?」
しばらく俯いたままだったローゼが、ぱっと顔を上げる。
「エルリア、私皇国の王族の血が流れているんだって。」
そう明るく言って、さすがクソゲーじゃない?と笑う。
「ヒロインが王族の血を引いているって、ありきたりすぎるよね!はは。……でも、そんな裏設定見たことなかったけどなぁ。」
目を伏せて、そう、彼女が小さく呟く。
「ロー、ゼ?」
「ねぇ、エルリア。クリスを諦めてほしいんだ。」
なんで、どうしたのって、頭で叫ぶけど、重たい何かが胸につかえて、言葉が出てこない。
「私とクリスが結婚すれば、皇国との関係は良くなるんだよ?ゲームでもそうだったじゃん。エルリアと結婚するより、よっぽどいい条件だもの。」
「だって、フレッドさん……」
「やめて!」
やめて。私が出した名前を強く否定するように、悲鳴のように、彼女が言葉を遮る。
「気持ちが変わったの。エルリア。言ってたよね、私がクリスを好きなら応援するって。」
──だから、エルリア。クリスを諦めてよ。
彼女が静かに、そう告げる。
「……ずっとエルリアと友達でいたかった。ずっと笑いあっていたかったけど。ごめんね。」
彼女が一歩下がって、寂しそうに微笑む。
「バイバイ、エルリア。」
去っていく彼女を、今度は誰に邪魔されたわけでもないのに、追うことができなかった。
*********
ぱちぱちと拍手の音が聞こえて、誰かなんて後ろを見なくてもわかった。
「ありがとうございました。とてもお上手な演技でしたよ?」
叩く手を止めて、ルークが近寄ってくる。
「途中よくわからない会話がありましたけど、どんな意味だったんですか?エルリア様もよく、貴方をヒロインと呼びますよね?」
そう問われた言葉は無視して睨みつける。
「これで、フレッドを解放してくれるのよね?」
「……ええ、もちろん。きっとご無事で牢屋から解放されますよ。まぁでも、皇国から出ていただくのはまだ先になるでしょうけど。」
ぎりっ、と歯を噛む。
「約束が違うわ。」
「牢屋から解放したじゃないですか。皇国内ではご自由にしていただけますよ。ちょっと監視つきですけど。」
首を傾げてルークが言う。
「もうちょっとですよ、ローゼさん。もう少しで、完全にフレッドさんも、貴方も、自由にしてさしあげますよ。」
だから、もう少しだけ、この茶番にお付き合いくださいね。
そう、ルークが嗤う。




