姉様による布教の結果
「あの、」
最近、あの男を見かけない。あの糸目の男を。
ローゼに確認したところ、やはり攻略対象者はクリス、カタール、ギース義兄様、鴉であるエドだけだった。
そう、ルークなんて存在は、ゲームには出てこない。
彼に投げかけられた、意味深な質問。
なにか知っているんじゃないのか。なにかあるんじゃないのか。
そう勘ぐっていたが、入学当初以降、そう声をかけられることはなくなった。
いつのまにか顔を合わす機会は減っていき、ここひと月は彼の姿を見かけることすらない。
「あの、ウィスタンブル様!」
え、あ、私ですか?
私に声かけてくださっていたんですか?
ご令嬢方からは遠巻きにされていたから、自分に声がかかっているとは思いませんでした。
「はい、なんでしょう?」
私当社比で素敵な笑顔を取り繕う。
「あの、ロレーヌ様と懇意にされているって、本当ですか?」
話しかけてきた彼女を見ると、頬を染めて恥ずかし気に目を潤ませ微かに震えている。
「ええ、仲良くしていただいておりますけど。」
ロレーヌ姉様とは、この学園に入学する前にBLのもたらす経済効果について話をする機会をいただいた。
まさかギース義兄様の実兄様のお嫁さん(転生者)とは驚いた。
彼女のあの欲望のままに突き進む姿勢嫌いじゃないよ、むしろ今後積極的に真似していきたい。
私のその言葉に、話しかけてきた三人の女子が急にぱぁっと明るく光ったように顔をほころばせ、そして、がしっと私の手を握った。
「お仲間、ですね!?ウィスタンブル様、今お話ししてもよろしいですか!?」
もしやこれはお友達を増やすチャンス?
「もちろんです!どうぞお座りになって、お話ししましょう!」
鼻息荒く彼女たちに返事をすると、彼女たちはやっぱりとはしゃいで周りの席に腰を下ろした。やっぱり?
「見てください、ウィスタンブル様!最近になってようやく手に入れたんですよ、ギース様の本!」
とその手に持っていた分厚い袋から薄い本を数冊机に並べる。
ちょっと待て。
義兄様の本ってなんですの!?
おっと、これはMANGA!?挿絵付きの小説!?ファンクラブでもそんなの出回っていませんでしたよね!?って、そして学園で広げる類の本ではございませんよね、これ!?
ん?あれ?
さっきの『お仲間』って、そういうこと?
「えっと、貴方は」
「オルガと呼んでください!」
「オルガ。私もエルリアって呼んでね。オルガは、ギース義兄様が好きなの?」
まだ、もしかしたら単にギース義兄様が好きなだけの女子かもしれないと一縷の望みを託してみる。
「好きです!特にギース様×カタール様の絡みが!」
OH……
好きの種類がちょっと質問と答えで違うようです。
やっぱりそういうことですよね。
「……ウィスタンブル様?お顔が優れないようですけど、どうかされました?あ、もしやこういう趣味じゃなかったですか?」
「い、いえ!ええと。」
OTAKU沼はちょっと一回死んだときに脱却しまして。
(今生は)趣味じゃないのよ。
ほら、軽く言うのよ、エルリア。大丈夫、言ってもきっと彼女たちは怒ったりしないわ。ああ、でも悲しそうな顔させちゃうかしら。
悩んでいると、オルガがそうですか、としゅんとして言う。
ああああ、ごめんね悲しませて!
そしてせっかくのお友達を増やすチャンスが!
「やっぱり、殿下×ギース様の絡みの方がお好きですよね。」
伏し目がちになったオルガが、ひどく寂し気に呟く。
ちがう!
そこじゃない!前提が違う!
「ええと!」
「エルリア様、ならこちらはどうですか?私、皇国の貴人シリーズ本を手に入れましたのよ!」
どう伝えようかと悩んでいる間に、他の二人も机に本を積み上げていく。
皇国の貴人シリーズ!?なんですのそれ!?
あ、見たことあります、この方々。
皇国で噂の美形の騎士様や聖職者様や、うわぁ、皇子様まで模しているじゃないですか。
どっからこの姿を知った!?って思ったけど、犯人はロレーヌ姉様ですわね?
欲望に忠実で社交界でも話題の彼女でしたら、やってのけますわね?
……てかこれ、皇国に知られでもしたら国際問題では!?
ごくり。
思わぬところで思わぬ国際問題への原因が現れて背筋に冷たい汗が流れる。
おいおい。
綱渡りの世界情勢の中でこんな本を出しているロレーヌ姉様はなにを考えているのか、いやきっと欲望のままに動かれているだけだろうけど。
その面白おかしく人生を歩んでいく姿勢はご立派ではあるが、今度お会いした際には苦言を呈したい。
……まぁきっと聞いてもらえないだろうけど。
「エ・ル・リア・様♪」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
後ろから突然声をかけられ、しかも耳に息を吹きかけられて思わず悲鳴をあげる。
「相変わらず慣れてないご様子で。驚いていただけて嬉しいです。」
ひょっこりと嗤って現れたのは、糸目の男。
「え、ルーク!?ってなにするのよ!」
「お久しぶりです、エルリア様。」
「あ、お久しぶりです。って貴方まだ学園いたの!?」
「ご挨拶ですねぇ。ちゃんといましたよ。」
「最近姿が見えないから国に帰ったかと。」
「まぁ確かにちょっと国に戻ったりはしていましたけど。」
そんな話をしていたら、オルガたちがでは私たちはこれで失礼します、またお話しましょうね~とささっと波が引くように去っていく。
はっ!友達を増やすチャンスが!
振り返ってルークに一言文句を言おうとして、彼が机に広がった薄い本を見ているのに気がついてダイ〇ン並の吸引で息を飲みこんで思わずむせた。
「あ、これうちの皇子様たちじゃないですか。よくこんなうまく描けますねぇ。」
ごほごほっ。
ま、待って……!
あろうことか、ルークは皇国の貴人シリーズと言ったあの本を手に取ってパラパラとめくって眺める。
あああああああああああ!
やばいやばいやばい!
もしやこれをきっかけに皇国との関係悪化なんてなったら……!
尋常じゃない汗が流れ、どんどん体が冷えていく。
「あれ、これってこちらの婦女子方の間で流行ってると噂のビー、エルとかいう本では……?」
「いえ、あの。ちがっ!それはえっと!」
何を否定したらいいのかわからずに、あわあわと彼に手を振ってみせる。
ぱたんっ!
やや大げさな動作でルークが本を閉じ、ふーっと重々しく嘆息する。
これは怒っている!?
もしかしたら、
本当に、国際問題に発展……!?
体が大きく震えだす。
「ああ、そう、そういうことですか。大丈夫ですよ。」
ルークは、小さく息を吐いて口角を上げる。
「女性の嗜みに、男が口出すなんて野暮ですものね。大丈夫です、エルリア様のご趣味にとやかくなんて言いませんから。しかしすごい数ですねぇ。」
うううううううう────────ん!
国際問題へは発展しなさそうかな!?うん、それは良かった!
だがなんだろう。
思わず唇をかみしめ、掌を握りしめ、自分の中の何かが納得いかないと声にならない声を上げている。
淑女としてのなにかかな!それともオタク魂かな?!
全く知らない人に知られるのってやっぱりちょっと恥ずかしいよね?っていうか、私の本ではないんだよ、それ!
でも彼女たちのプライドも守らないといけないよね!?
こんちくしょうめ!
「ああ、そうだ!先生がエルリア様をよんでいらっしゃいましたよ!」
ルークが、今思い出しました、というように手をぽんと叩く仕草をする。
「え、なんで?」
「知りません。さぁさぁ、早く行きましょう。」
なにしたっけ、私?
考えているうちに、ルークが私の背を押して教室をさっさと出ることになった。
ええー最近はなにもしていないけどな。思い当たる節がない。なんだろう。
呼び出しの理由を考えて、しばらくそのまま歩いていたが、ふと立ち止まる。
と、そのままルークがぶつかってきて私はころりと転がる。
ええー!
私だって体幹鍛えているのに、こんな簡単に転がされるなんて!
さてはこいつ、着痩せしているけど意外と鍛えてやがるな?
っていや、今はそんなことはどうでもいい。
……しまったか?
しまってないな?
今あの例のブツが私の机の上で存在を主張しまくっているんだな?
大丈夫ですかと差し出されたルークの手を無視して、勢いよく立ち上がって教室に最速の速足で戻る。
教室に飛び込むと既に私の机はクラスメートたちの目を集めていた。
おうふ。
「……ウィスタンブル様?これって……」
クラスメートのご令嬢が、戻ってきた私にやや困惑した様子で声をかけてくる。が、その質問には答えられん!
その本を何事もなかったかのように机の中に仕舞いこみ、何事もなかったかのように皆に笑いかける。
「皆様、ごきげんよう」
口を開けて惚けるクラスメートたちを後目に、いたたまれない気持ちで教室を出るとドアのところでルークが立っていた。
「気がついちゃいましたか。」
もしやお前、確信犯か?本が出しっぱなしになっているって知ってたな!?
「ほら、ああいう意外な趣味をさらけ出したら親しまれやすくなりますよ?」
要らないから、そういう気遣いは!
むしろドン引きされるだけだから!
「ところで、エルリア様。質問の答えをいただきに来たんですけど。」
「質問?」
「ええ。……貴方様はどなたが好きで、どんな思惑をお持ちなのか?」
言われて、ああ、と思い出す。
そういえば、だいぶ前にそんな質問をされたよね。
「貴方に答えるようなことではありません。」
きっぱりとお断りする。
「ふふ、つれないなぁ。まぁでも、お変わりはないようで。」
糸目の彼は楽し気に嗤う。
「ああもう。そんなことよりほら、先生に呼び出されているんでしょう、どこ行けばいいんですか。」
ルークの脇を通って廊下を進むが、彼は動かなかった。
「さて?」
首を傾げるルークに、疑惑が浮かぶ。
「ねぇ、もしかして先生からの呼び出しって嘘……?」
あんな本を机に出しっぱなしにしていたら、クラスメートからも注目される。
そして、だれかが先生に言ったら……?
「ひどいなぁ、エルリア様。疑うなんて。あ、ほら、後ろ。」
そう指さされてみた先で、ヒュー先生が手をひょいひょいと動かしてこちらに来いのジェスチャーをする。
「ウィスタンブル嬢、ちょっと教員室に。」
「ほら、呼び出されたでしょう?」
ルーク!謀ったなぁ!貴様!
「ではまた。失礼いたします、エルリア様?」
ルークは糸のような細い目を弧にしながら、恭しく一礼して去っていく。
くっ、私とてウィスタンブル侯爵家の娘だ!
無駄死にだけはしない!
「ウィスタンブル嬢、ん、君の趣味を否定はしないが……。ただ、な。やはり学業に必要のないものを持ち込むのは教師としては叱らなければならないから、な。」
ヒュー先生が怒られる理由となった件のブツを持って来いといったくせに、それらからちょっと目を背けて、そわそわと体を動かしながらそういう。
「あ、すみません。以後気を付けます。はい、すみません。」
違うんだよ!そんな言葉は言えるわけもなく。
こみ上げてくる否定の気持ちも、いたたまれなさもすべてを飲み込んでただ心を無にして謝り続ける。
お説教から帰ったら、オルガたちがごめんなさい~!私たちが机に置いて行っちゃったからと泣きつかれた。
「ふ、いいんですのよ。だって友達☆でしょう?」
そう優しく言って彼女たちの涙を拭く。
「エルリア様……!ええ、ええ!そうですわね!」
そう、無駄死にはしないわ。これを機会に友達を作ってみせる!
「私たち、ずっと腐女子☆友達でしてよ!」
「普通の!普通のお友達でお願いしますっっっ!!」
思わず絶叫してしまった。
ぼっち歴が長すぎて友達づくりに疲労困憊なエルリアであった☆
お読みいただき、ありがとうございます☆




