弱さ
エドのお話です。ちょっと病んでます。苦手な方がいらっしゃっいましたら、退避お願いいたします。
帰ったらリリアが駆け寄ってきた。
「おかえりなさいませ、エルリア様!その首の服従の印!クリストファー殿下なんか振って私を選んでださったのですね!」
ん?なんかちょっと色々引っかかる言葉が!?
服従?なんか?選ぶ?誰を?今の言い方で言うとリリアを?
あれれー、よくわからないなぁ。疲れすぎて頭回らないなぁ。
「……え?」
主人への態度ではなかったと思ったのだろう。
「おっと、失礼いたしました。その首の飾りは、クリストファー殿下ではなく、ギース様のものですよね?どうされたのですか?」
なんか嬉しそうですわね、リリア。
「……なんでもないの、気にしなくていいのよ、リリア。疲れたから、もう寝るわ。」
どうしたって言われてもどう説明したらいいんだ。もういいんだ、私はもう寝るんだ。
考えるのを放棄して、ギース義兄様にお休みの挨拶後のろのろと自室に向かう。
身支度をリリアに整えてもらい下がらせると、すぐにベッドに飛び込んだ。
ちなみに、リリアは髪が解けていることはまったく気が付かず、しきりに首の巻かれたリボンだけを気にしていた。
疲れたぁぁぁぁぁ!
色々あった気がするよ。最初のダンスからもう、体力奪われたもの。
『エルリア』
耳元にクリスの声がよみがえる。
『君が必要だと思った。』
そう彼は言った。必要だからそばに置きたかったと。ただ、それだけのことだ。
──必要だったから、そばに置いた。
──そして、必要なくなったら、切り捨てる。
それだけ。
また、白昼夢の中から、幻の縄が現れて私の手足を縛る。現実ではない、そう思うのに、荒縄がこすれて血が滲むように痛んだ。
**********
「エルリア。」
「……ん、エド?」
いつの間にか寝入ってしまっていた。
「寝ているところ、ごめんね。お客さんが来ているみたいで。ちょっと物音がするかもしれないけど、絶対に扉あけないでね。いいね、なにがあっても、この部屋から出ないで。」
いつものんびりした口調のエドが、早口にそう告げる
「……危ないの?」
不穏な空気を感じて、体が強張る。
「大丈夫だよ。エルリア、君は僕が守るから。」
優しい笑顔でそう言い残して、エドは消えるように部屋から出て行った。するとすぐに、小声でなにかを言い争う声がしてきた。
ぎゅっとシーツを握って深呼吸をする。いつでも、動けるようにしておかないと。呼吸を整えるんだ。
ベッドを下りて、部屋の真ん中に立つ。扉に近づいては、もしかしたら誰かが押し入ってくるかもしれない。
カキン、と刃をぶつける音がして心臓が波打つ。
大丈夫。父様に、まだまだだがまぁ及第点はやれると言わせるくらいだ。エドは強いもの。心配は要らないはずだ。私は部屋から出ずに、ここで待てばいい。
そう思うのに、飛び出して行ってエドの無事を確認したくなる。
「え!?きゃっ!!!!」
突然、女性の短い悲鳴が混じる。
「リリア!?」
体が勝手に動いていた。ドアを開けて見まわし、廊下で蹲るリリアに近づく。
「エル、リア、様。」
「大丈夫!?」
「あ、はい。大丈夫です、驚いただけで。」
外傷はなさそうでほっとする。
「……開けないでって、言ったのになぁ。」
ぼそっと、低い声が夜の闇の中に響く。
エド?
月明かりの中で、エドが立っているのが見えた。その片手には短剣が握られている。
ぽたり、と剣先から液体が落ちる。
足元には、黒づくめの男が倒れている。手を伸ばして、武器を拾おうとするその男の手を、エドが思い切り踏みつける。
隣でリリアが小さく悲鳴を上げた。
「動くなよ。」
もう一度、エドが男の手を踏み抜く。ぐしゃっと、嫌な音がした。男から、声にならない悲鳴が漏れた。
「どうしようかな。グラード様はいらっしゃらないし。まぁとりあえずキリス様のとこにでも持っていくかなぁ。」
呟きながら、もう一方の手も同じように踏み抜く。先ほどと同じように、掌から低くて鈍い音が鳴り、今度は声を我慢できなかったのが男が喚いた。
「もう大丈夫だよ。お休み、エルリア。」
にっこりと、エドがいつものように笑う。何事もなかったかのように。
ああー床汚しちゃった、また怒られるなぁ、なんて呑気なことを言いながらその男を引きずっていく。
しばらく呆然としていたが、リリアに声をかけられて我に返った。
「エルリア様」
「リリア、こんな時間になにしていたの?」
誤魔化すように明るくリリアに聞く。
「あ、いえ、あの。定例の見回りです!」
「見回り?今日みたいなこともあるし、危ないからだめよ?」
「はい、気を付けます。」
もう帰って寝なさいと言うと、私が心配だから一緒にいたいと申し出てくれた。優しいなぁ。
「大丈夫よ。すぐにエドも戻ってくるし。」
そうですか、とリリアは肩を落として戻っていった。
**********
「エド」
エドが男を引きずっていき、時計の長針が一回りした。一人自室で、声に出してみる。
「なに?」
応えは返ってきた。
「エド」
「なぁに、エルリア。」
姿を現したエドを見つめる。赤い目が、弧を描いて笑っている。いつものように。
気が、つかなかった。
彼はずっと、笑っていなかったのだ。ただ笑顔の仮面を張りつけていただけで。
ずっとこんな顔を、私は笑顔だと思っていたんだ。
ずっと私は、エドから目を反らしていたのか……。
「今日は、揺らがないね。」
「え?」
「いつも、なにかに怯えたように目が泳いでいたけど。」
赤い目が私を見据え、私も応えるようにその瞳を見つめる。彼には、気が付かれていたのか。
「貴方はずっとああいうことをしてきたのね。」
一瞬、きょとんとした顔をした後で、エドは顔を傾げてそうだよ、と微笑む。
「……ずるいよ、エルリア。僕は君に触れられないのに、そんなに無防備に泣かないでよ。」
涙が流れた。私が泣くべきじゃないってわかっている。けど、我慢することができなかった。
「あの時、私が貴方に道を選ばせてあげられなかったから。だから……!」
私は弱くて、エドの強さに甘えて、彼の道を決めてしまった。
もっと私に力があったら、彼はこんな風にはならなかった。
他人を傷つけることに慣れて、感情を押し殺して、張り付けたような笑みで全部を飲み込む。
もっとちゃんと笑えていたのに。孤児院の仲間たちと、笑いあって暮らしていけたはずなのに。
「ちがうよ、エルリア。僕が自分で選んで、歩いてきたんだ。」
──だって、そう思わないでどうしてやっていける?
彼が優しく微笑む。
胸が痛い。
ゲームも、今も、彼をこうしてしまったのは私だ。ああ、これじゃあ私、彼に殺されてもしょうがない。彼から奪ったものが、大きすぎる。
部屋に私の嗚咽が響く。
「……一つ、僕と約束して。」
涙で滲んだ彼の顔が、苦々し気に歪んでいる。
「隣に立つことも、君に触れることもできない僕に、一つだけ、ちょうだい。」
「な、にを、」
「ずっと僕の主であり続けて。」
もうその道しか残されていないから、望ませてよ。そう囁く。
「誓って?」
主?そんな道に突き落とした本人を、ずっと?疑問が頭をよぎるが、その言葉に、ただこくりと頷く。
エドが望んだにも関わらず、それを見て苦笑する。
「もし破ったら、殺すよ。」
あのスチルのように私を殺すんだろうか。殺されてもしょうがないと思う反面、心がひどく凍えていく。
「君の心の中にいる人たちすべて。グラード様も、ギース様も、キリス様も、リリアさんも。カタール様も、クリストファー殿下も、すべて殺して、君だけ残してあげる。」
声がでなかった。
血が全部下がっていく。
全身が震える。
「もう夜明けは近いけど、お休み、エルリア。」
それだけ言って、彼は姿を消した。
私の目に、チェシャ猫のように、赤い目を弧にしたエドの笑い顔だけが残っていた。
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エルリアの罪悪感につけこんで
僕の主であることを強要し
恐怖を植えつけて
縛りつける。
最悪だな。
望むものは、なんだっただろうか。
孤児院の仲間たちの笑顔であり、エルリアの笑顔だったはずなのに。
どうしてこうなってしまったのかな。
ただ、ままならないこの世界でも、エルリア、君だけは自分で望んだのだと思いたいんだ。
ごめんね、君は僕のことを『強い』って言ってくれたけど、そんなことない。弱くて、君に縋っていないともうまともに立っていられないんだ。
だから隣でなくてもいい。
君のそばにいさせて──
定例の寝ているお嬢様を愛でる会を開催中のリリア。Sへのなり方がわからないのが、目下の悩み。
そして、重いよエド!エルリアへの愛や執着が育ちすぎて毒になってしまっています。




