今は微睡みの中で
エルリアの回送シーン(*´ω`)
「エルリア、ここにいたの。」
エドに声をかけられて、強張った体が更に強張った。
ここは王宮の片隅にある東屋だ。人通りがまったくないここは、よく私が妃教育が嫌になりぼうっとして頭を空っぽにしたいときに訪れる場所だった。
今は誰にも会いたくないし、聞きたくないし、放っておいてほしかったから、膝を抱いて顔を伏せうずくまったまま、何も返事をしなかった。
「大丈夫?」
心配そうに声をかけられ、無視しようかとも思ったがふるりと小さく首だけ振った。
「しばらく、こうしていようか。」
エドは優しく、小さな声でそう言ってくれる。
風が通っていく。周りの芝生が風になびく音が聞こえる。
10歳の頃、お茶会でクリスとカタールに会って、それから幼馴染三人集まるといつも駆けまわって遊んでいた気がする。
なんとかこの婚約がなくならないかと思ってはいたが、それでも三人でいるのは楽しかった。
二人はいたずらが多くて、私もそれに乗っていつもはしゃいで笑っていた。
王城で行われるお茶会では、ケーキや菓子をだれが一番多く見つからずに取ってこられるか競った。
カタールが両手で皿に山盛りのお菓子を持って、素晴らしいバランス感覚とすばしっこさで見事優勝した。
私は見つからぬよう匍匐前進で進んでいたら、見つかって失格となった上に令嬢としての既に地平すれすれだった評判もますます下げ地面へとめり込み、更にドレスを汚してひどくメイドのリリアに怒られた。踏んだり蹴ったりである。
クリスとカタールの活躍により、食べきれないほど略奪してきたお菓子やケーキは、初め王宮のメイドのみんなにおすそ分けした。
まぁ、そこからメイド長にばれて、国王や王妃、父様の耳に入りひどく叱責されたんだが。
まさかの、王の謁見の間で椅子を並べて正座させられるという罰を受けた。
謁見に訪れた貴族方が、「あれはなにをされているのです?」と問いかけると、「私の仕事ぶりを見たいと子供たちから申し出があってね。あの座位は東の国の修行の形だそうで、己を鍛えながら見学しているらしい。」と陛下は無表情に言い放つ。
決して、見学したいとも言っていないし、修行したいわけでもないが、盗み食いして罰を受けています、とは言えずに、私たちは何事もなかったかのように微笑んで見せた。これ以上つっこむべきではない、という空気を察した来訪者は、それはご立派ですね、とだけ言ったきり私たちを見なかったふりをした。
きっちり二時間正座させられ、固い椅子だったためひどく足が痺れ、お互いにつつき合い苦しめ合ったのはご愛嬌である。
反省はするが、美味しいケーキを食べられたし、差し入れたメイドの可愛い女の子たちがキャッキャとケーキをつつく様を見て幸せな気持ちになれたので、後悔はしていない。
その後も、このケーキ略奪競争は何度か開催され、そのたびに城を抜け出しては街の孤児院に菓子を持って行くようになった。
城を抜け出すのも頻繁にした。
私たち三人が揃う日は、護衛たちの緊張感が違う。
何度も姿を眩ませるうちに、護衛の人が増えていき、最終的には厳戒体制が敷かれるようになった。
諦めて見逃してくれたらいいのに。
だが、私たちはそんな彼らに果敢に挑戦し続けた。
窓からロープや木を伝って降りる、嘘をついて逃げる、メイドや侍従たちも巻き込んで場を混乱させる、からくり装置を作り遠くで騒ぎを起こす、など思いつくことはあらゆることを試した。
彼らが知らない王族の抜け道は私たちの大きなアドバンテージだったし、本を読んで戦術・戦略を学び相手となる護衛の情報(癖とか弱みとか好きな人のこととか)を集め、どうしたら撒けるか三人で必死に知恵を絞った。
逃げている最中に国王陛下に見つかったこともあるが、見逃してくれた。口元がほんの少し上がっていたからあれは面白がっていたのではないかと思う。
まぁ、翌日私たちはそれぞれの親から遊ぶ時間があるならこれくらいできるな、と山ほどの仕事やら鍛錬やら勉強やらを頂戴したが。
私の逃げ足はこの追いかけっこでとことん鍛えられた。バッドエンドになっても咄嗟に逃げるのに、きっと役に立つだろう。
街のみんなはお忍びできている貴族の子どもだと気が付いていたが、頻繁に訪れては質問攻めにする子供たちに困惑しつつも慣れていき、邪険にされることは少なくなった。
露天商、商人、旅人、散歩するご老人、孤児院の子どもたち、たくさん話しを聞いた。
耳を塞ぎたくなる言葉ももらったが、私たちはその言葉も、将来に生かそうと飲み込む努力をした。
どこからの輸入品が最近値上がりしたとか、どこで大雨があって橋がおちただとか、実際に耳で聞いた話と教師から教わる地理や経済状況、世界情勢をすり合わせていく。
そうやって、私たちは一緒に成長してきた。
体は大きくなったけど、私の中ではまだみんな子どもの姿のままだった。あの日からずっとふざけて遊んでいるだけの。
ずっと遊んでいたいと思った。
学園生活なんて始まらければいいと思っていた。
学園生活が始まらなければ、物語は始まらないと。
でも、違うのかもしれない。
私は気が付かない内に、なにか始まっているのかもしれない。
脳裏にちらつく。
――私が胸を刺され倒れている。
その目はなにも映し出さず、既に事切れている。
その姿をクリスもカタールもギース義兄さまもエドもなんの感慨もわかないような冷めた目で見下ろしている。
――これから追放される。
乱暴に馬車に押し込められて髪やドレスはひどく乱れ、瞳は真っ暗で、なんの光も映し出していない。
手足は縄で縛られ、いたる所に擦り傷や打撲ができている。
父様やキリス、リリアたちがひどく顔を歪ませ、清々すると吐き捨てる。
ゲームでそんな場面があったわけではない。
何度となく、夢や白昼夢に浮かび上がるのだ。
きっと私が作り出した将来の自分。単なるイメージ。
……だが、それはひどく生々しく、鮮明で、血の錆びた匂い立ち昇り、うっ血するほど強い力で縄が絞められている手足には鈍い痛みが走る。
いやだ。
まだ、いや。
まだ、今は考えたくない。
お願いだから、物語なんて、始らないで。
もう少し、微睡ませて。
回送シーンでは、クリスとカタールがいかにもやんちゃでいたずら好きのように語っていますが、実際にはむしろエルリアが率先していたり、煽ったりしています。エルリアは、前世ではたくさん大変な思いをしていたからこそ、今生はふりきっています。
因みに、クリスは初めこのようないたずらに渋っていましたが、何回かする内に羽目を外すことを覚え、オンオフの切り替えも上手に学んでいきました。大事だよね、羽目を外すのも!




