乙女心と男心
カタールのターン(=゜ω゜)ノ
クリスに婚約披露パーティーのドレスの件で文句を言おうと、王宮を歩いているとカタールから声をかけられた。
「エルリア、久しぶりだな。なにしてるんだ、お前。」
この数年でだいぶ背が伸び、声変わりしたカタールは、剣の腕を磨き側近としての知力も身に着け、着実に王宮でやっていくための力をつけて、周りに己を認めさせている。殿下が公務の帰り道に暴漢に襲われたことがあった。かなりの数がいた上に、手練れの集団だったらしい。剣の腕のみで真っ向勝負していたならもしかしたら、誰かが亡くなっていたかもしれない。けれど、地の利を活かした作戦で暴漢たちを撃退した騎士たちの中心になったのがカタールだ。その時の功績から、カタールは『紅の守護騎士』と呼ばれ敬意を示されている。
「あら、カタール。ごきげんよう。また背が伸びまして?」
目線がまた高くなった気がする。にょきにょきと伸びやがって。お前はたけのこか。私はきのこ派だ、このやろう。
「なんか失礼なこと考えているだろう、お前。」
「なんでばれますの。」
「お前の目はわかりやすいからな。ところで、お前だれかつけられてないか?」
鋭く眇められた目を私の背後に彷徨わせる。つけられている?と思ったが、ああ、気配を感じたのか、と納得する。
「エド、ちょっと来てくださる?」
と呼ぶと、どこからともなくエドが隣に跪き、ニコニコとわたくしに笑いかける。なんか、可愛くなりましたね、エド。
「呼んだ?エルリア。」
「まぁ、立って!跪くのはこれから禁止です。殿下とカタールには伝えても良いとお父様がおしゃっていたの。紹介しますわ。こちら、エド。私の護衛をしてくれているの。エド、こちらは殿下の腹心のカタール=カルタゴ様よ。」
どうぞよろしくお願いいたします、とエドはカタールに笑いかける。
「護衛、ね。なんで護衛がエルリアを呼び捨てなんだ?」
不機嫌そうに、カタールが呟く。あら?貴方はむしろ呼び捨て派でしょう?相手の立場とか気にせず気に入ったら呼び捨てていたでしょうが。
「あら。私が頼んだのよ。エドは素晴らしい人だし、様付けなんて距離があって悲しいもの。」
なんといっても、私が上から目線をしていたらゲームで彼を虐げていたのを思い出してしまう。跪かせて、言葉で叱責し、頬を張ることもあったのだ。そして様付けさせて絶対の忠誠を誓わせようとする。あああああ!そんな私の言動が最悪のバッドエンドへの第一歩!
だめよ、そんなこと。様付けなんて要らない、跪くとかやめて。むしろ私が跪くから殺さないでください。
「ふーん。」
カタールがエドを上から下まで、無表情だがなにか確かめるように眺める。どうしたカタール。確かにエドは可愛らしいが、そいつは男だぞ。そっちの道に走るのは構わないが、ちゃんと同意は得ろよ?体格的にはカタールが攻め……、いやエドが攻めもありだな。
「お前、また変なこと考えているだろう?」
「ふぁぁぁ!?」
いやいや、前世のときの腐部分が湧き出て思わず想像しちゃったなんてないよ!?
カタールの鋭さに動揺して思わず変な声を出してしまった。
「はぁ、エルリアは相変わらずだなぁ。」
呆れたように息を吐きながら、頭を撫でようと手を伸ばしてくる。いつも、彼は私を子ども扱いして撫でてくるのだ。初めのうちは子ども扱いはよしてくださいませ、と怒っていたが、今となっては日常茶飯事だ。と思ったら、その手が届く前にエドがカタールの手を掴んだ。
「……離せ。」
「失礼ながら、嫁入り前のご令嬢にそう簡単に触れられては困ります。」
エドはちょっと困ったように笑いながら言う。カタールの表情はエドを睨んだまま固まっている。
あれ?ちょっと空気が悪い?私は慌てて、エドに言う。
「エド、いいのよ。カタールは幼馴染だから、いつものことよ?」
「……だってよ。」
「……エルリアがそういうなら。」
取り繕った笑顔のまま視線を外さず、エドはカタールから手を外す。エドは掴まれた腕を軽く振る。
数秒、そのまま二人は見つめあったままだ。
おおう、恋の始まりなのかい、これ?居心地が悪いぞ。あとはお若い二人で、とかいって去るべきなんだろうか。
なんて考えていたら、カタールに腕を引かれ、その鍛えられた胸元に引き寄せられ鼻からぶつかった。いたい。逃れようともがくが、カタールの腕の中でそのまま頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。
「お前、相変わらずだなぁ!」
なにがですの!?
「や、やめてください!ああ、リリアが5回失敗した後なんとかきれいにセットしてもらえた髪がっ!」
結い上げられていた髪が解けるほど撫でてようやく満足したのか、腕から解放された。
淑女の髪をなんだと思っていますの!そう言おうとしてカタールを睨みつけると、彼は私の髪を一房掴み上げ、唇をつけた。
チュッ、とリップ音つきで。
なにを。そう言いたいのに、彼の真剣な眼差しに射すくめられて、私は目を見開いたまま固まっていた。
「エルリア!」
エドが、わたしとカタールの間に割って入った。
「冗談だ。」
カタールは、笑って言う。
あ、冗談、冗談、ね。ほほ、ほほほ。もちろん、わかってましてよ?クリスとカタールが昔から私で遊んでいるのは知っていますもの。
「乙女心を弄ぶなんて、紳士のなさることではありませんわよ。反省なさいな。」
火照りそうな頬を必死で隠しながら、カタールに苦言を呈す。
「お前の『乙女心』を弄べたなら、やった甲斐があったってもんだ。」
カタールには全く反省の色は見えない。くそう、馬鹿にしやがって。
淑女にあるまじくも、ううーと唸りながらもカタールを睨んでいると、後ろからエドに軽く引っ張られた。
「もう行きましょう。殿下がお待ちではないですか?」
「ええ、そうね。行くわ。ごきげんよう、カタール。」
「ああ、また、な。エルリア。」
私は知らなかった。後ろで、エドとカタールが静かに睨みあっていることを。
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「まったく、また変な奴に好かれて。相変わらず隙だらけだな、エルリア。」
回廊に残されたカタールが小さく呟く。
エドに掴まれた腕が痺れていた。軽く握られたくらいでは、こうはならない。外見通りの可愛らしい護衛、というわけではなさそうだ。
エルリアを胸に抱きとめた時に向けられた殺気。
エルリアの前ではにこにこと張っつけたような笑顔をしているが、彼女の視線が外れれば、表情ががらりと変わる。仄暗い、陰鬱な目で俺を見ていた。その淀んだ赤い瞳が、どろりと流れる血の色を思い出させ、正直気味が悪い。
一つ息を吐いて気分を落ち着かせ、先ほどエルリアの髪を掬ってキスを落としたことを想い返す。その髪は柔らかく、彼女が好んでつけるジャスミンを主とした香水が鼻腔をくすぐった。
「乙女心、ね。そこまで言えるなら、俺を早く男として見てほしいところだけど、ね。」




