第二部 蒼白
第二部 蒼白
「そう言えば、報酬をまだ、貰ってなかったな」
「え? このタイミングで言うこと?」
ま、約束だからね。そう彼は言って、向き直った。
「何が欲しいんだい? 大した物は積んでないんだけどね」
「アレだ」
「え?」
俺は生き残った奴隷を指差した。
別に娯楽小説なんかである、下らない正義感からではない。
ただ、普通でない自分が、群れることを許されない自分が、ただそばに置いておきたいだけだ。
「…………処分しなきゃならないから、引き取ってくれるって言うなら嬉しいんだけど…………いいの?」
「ああ」
俺が即答すると、彼は苦笑いのような表情をした。
「まあ、そう言うならいいんだよ。この死体の山を片付けるから、今日はこれ以上進まないから。お詫びじゃないけど、今日のご飯は僕がご馳走するよ」
「そいつは有難い」
「じゃあ手伝ってね」
「……………………」
「この子のサイズなら一通りのものは積んでるよ?」
「…………わかった」
シャベルを持ってくるから、そう言った彼は命のやり取りの直後だというのに軽快な足取りで先頭車輌に向かった。
俺は仰向けで倒れている奴隷の枕元にしゃがみ込んで、その目を覗き込んだ。
「…………生きてるか?」
その声に反応するように、薄っすらとしか開いていなかった目が開いていき、焦点を結ぶ。そして、ゆっくりと頷いた。
「なら行くぞ」
俺はそう言って、奴隷の少女を抱えた。彼が戻ってくる間に、俺の根城と化している車輌に寝かせてけば良いだろう。
「寝ちまえ」
奴隷というものに輸送中、どれほどの精神的負担がかかるのかはわからないが、そう言った途端に人肌の温かさでか、疲労でか、こてんと眠りこけてしまった。
俺は荷物の中から毛布を二枚取り出すと、起こさないように包んでやった。なぜ自分が、これほどの優しさを見せているのか、まったく見当がつかなかった。
必要な処置を終え、丁度戻ると、向こうからシャベルを二本担いだ彼が戻ってくるところだった。
片方を受け取ると、線路脇の大きな樹の袂を二人がかりで掘る。とにかく掘る。
話を聞けば、百近い奴隷らしい。
是非とも休息が欲しいところだが、死体はこちらの様子など御構い無しに、死後硬直という腐敗を急ピッチで進めていく。人肉の腐った臭いほどキツいものはない。
止まっていて、別の列車に迷惑でないのかと尋ねれば、どうせ週に一本しか運行しないから問題ないと答えが返ってくる。極東と大西洋沿岸を結ぶ交通の動脈はこのシベリヤ鉄道を含めて三本あるが、どこもやはりそれほどの流通量はないみたいだ。
*****
全ての奴隷の骸を土葬したのは、大きく西に陽が傾いた頃だった。シベリヤ鉄道はシベリアでもやや南寄りを走るため、夏といえど夜はやってくる。夜になれば、氷が張るほどには冷え込む。
先頭の機関車輌に招かれた俺は、奴隷の少女の様子を見に一旦戻った。因みに、25輌編成の列車の、前から14番目が俺の根城だ。8番目が奴隷の輸送車輌だ。
少女はずいぶんぐっすり眠っているようで、穏やかな顔で寝ていた。その寝顔に、らしくない感情が湧くのをどこか醒めた自分が見ていたが、俺は少女を起こさないように抱きかかえると、機関車輌へ向かった。
既にストーブに火を入れていた彼--プレハーノフは、俺が少女を連れていることに目を丸くした。
しかし、それは奴隷を抱えているという事実でなく、他の訳で驚いているらしかった。
「ずいぶんぐっすりだね」
「ああ」
車内電力は小型のディーゼル発電機で賄っているらしく、エンジンの稼働音が外から聞こえる。
白色電球の下で少女の顔をよく見る。
年の頃は15か6くらいだろうか。或いは、痩せているからでもう少し上かもしれない。どういうわけで奴隷になったのだろうか。
明るい金髪は、汚れてくすんでいる。顔も手足も、汚れいている。
「なんか意外だね」
ストーブの上の鍋になにか調味料なのか固形物を落としていたプレハーノフは突然そう言った。
「ん? 何が?」
「いや、最初に見たときにさ、って言っても昨日だけど、随分冷たい人だなって思ったのさ。でも、今彼女を見てる時には、随分優しそうな目をするんだなって」
「余計なお世話だ…………と言いたいが、俺もいまいちわかってない」
「ふふふ、恋とか?」
「馬鹿ぬかせ、鍋が焦げるぞ」
「わ! そういうことは早く言ってよ!」
慌てて鍋の中身をかき混ぜるプレハーノフ。しかし、その顔はどこか嬉しそうだった。
「いやぁ……こんな風に誰かと会話するなんて久しぶりだよ」
「? そうなのか」
「うん、両親はもう雲の上だしね。こんな仕事だから。積荷と会話できれば良いんだけどね、生憎ものは喋らないからね」
ま、仕方ないね。そうプレハーノフは言った。
鍋の中身はシチューだった。丁度それを椀によそう時に、匂いにつられるように少女は目を覚ました。
「お目覚めか、お姫様」
「あはは、待ってよ、もう一つ器を持ってくるから」
少女はキョロキョロと周囲を見回したが、俺を視界に捉えると、じっと穴が開くほど見つめた。こっちがなんだかいたたまれない気分になる。
「なんかあったか?」
そう言うと、彼女はこくりと頷き、毛布の中から手を出すと、俺の頬の傷に触った。
途端。
優しい光が視界の端に映ったと思ったら、暖かな感触が頬を撫でた。同時に、神経を蝕むように続いていた疼痛も引いた。
「お前………………」
「ん? どうしたの? あれ、そう言えばお兄さんの頬の傷ずいぶん綺麗になったね」
「あ、ああ……」
生返事しかできなかったが、それは許してほしい。
何せ--。
少女は俺の腕の中で、シチューの入れられた木椀を見ている。
何せ--彼女が俺の同類だとわかってしまったから。
*****
車内にプレハーノフの朗らかな笑い声が響いた。
「ははは、落ち着いて食べなよ。まだあるんだからさ」
しかし、プレハーノフに差別意識はないようで驚いた。普通にコミュニケーションが成立しているし、少女のお替りを笑顔でよそっている。
「…………食べ過ぎるなよ。体がビックリするぞ」
そう言うと、彼女は素直に頷いた。
きちんと座って食べている様子を見るに、初見の時よりもう少し年が上のような気がした。
「じゃあ、僕は約束の諸々を揃えてくるから」
「ああ」
プレハーノフは軽い足取りで、車輌を降りて行った。
言い方は悪いが、邪魔者がいなくなったところで、俺はシチューに息を吹きかけながら食べている少女に体を向けた。
「さて…………名前を聞こうか」
それを聞いた彼女は、その体をこちらに向けた。それでも、木椀と匙は握ったままだ。食い意地が張ってんな。
「…………ユーリア、と言います」
それでも彼女--ユーリアはそう名乗った。
「そうか、俺はユリトだ。で、本題だ」
プレハーノフが戻ってくる前に聞いておかなければならない。彼の耳に入れば、彼に迷惑がかかる。
「ユーリアは……新世代人類創造計画の被験体か?」
ユーリアはその単語に目を見開き、その手から木椀と匙が滑り落ちそうになる。
「おっと、落とすなよ」
俺はその二つを支えるように手を出した。
ユーリアはそれすら意識の外にあるようで、焦点を結んでいた瞳は中空を見つめたまま固まってしまった。
ユーリアがなんのリアクションも返さないことから、俺は彼女が新世代人類創造計画の被験体であることを確信した。




