プロローグ 同情するなら金をくれ
はじめましてです。
【*注意*】
この作品はフィクションです。登場する人物、団体、組織などは実在するものとは一切関係ありません。また、犯罪、過激思想を助長させる意図はなく、あくまでもエンターテインメント作品であることを明記します。
感想・ブクマなど頂ければ幸いです。
プロローグ 同情するなら金をくれ
「君は真面目に仕事をするつもりがあるのかね?」
「はい。当然です」
俺は、詰問されていた。
「そうかね。まあ、口で言うのは誰でもできる。しかしだ、私の目には君が真面目に仕事をしているようには見えんのだがね? 私もそろそろ老眼だろうか?」
そうだ、と言ってやりたかった。耄碌爺が、と口汚く罵倒することは容易だ。
「そのように思われるのは心外ですが、私の不徳の致すところです。今後は気をつけます」
そう取り繕ったのだが。
目の前の耄碌爺は、感情を伴わない声で言った。
「君に”今後”は用意されてない。もう、会社に来る必要もない」
俺は僅か三ヶ月の間勤め上げた大手印刷企業をクビになった。
*****
2000年代末期。
世界は急速な一体化--グローバル化を推し進め、2000年代中期に全ての国家は消滅した。これによって、国家世界--アースが誕生した。全ての言語は、新たな言語「ユニバーサルランゲージ」に統一され、世界は大きく動いた。
2070年代初期に、世界政府が「ITの極地」という談話を発表。インフォメーションテクノロジーが限界まで開発されたことを公式に発表した。また、未だに残る反資本主義勢力--共産主義的勢力を一掃するために、通貨制度の拡充を決定。文言通り、『全てを購える』時代へと突入した。
“幸せ”すら、金で買うことができる時代となった。
それが、西暦2097年の世界である。
*****
サハラ南縁--大ナイジェリア地方の大手企業を解雇された俺は、長らく帰っていなかった日本地方に帰ることに決めた。
アース建国以前には、世界でも稀に見る治安の良さを誇った世界第3位の経済大国の面影はどこにもない。世界の資本の85%は大西洋沿岸に集中し、そこから最も遠い「極東」には、世界中のアウトローが集まっていた。
大ナイジェリア地方唯一の空港から、ヨーロッパユニオンと呼ばれるヨーロッパ地域のハブ空港、シャルル・ド・ゴール国際空港に到着。
長時間の窮屈な姿勢のおかげで凝り固まった全身の筋肉を動かしながら、タブレット端末を操作して、ロシア地方の中心都市サンクトペテルブルクへの移動手段を捜すが--ダメだ。埋まってやがる。
仕方がないので、モスクワ行きの飛行機を確認しようと空港窓口へと歩く。モスクワは治安が悪く、共産主義的勢力が未だに力を持っている地域であるので、ユニバーサルネットワークに接続された端末上では飛行機が運行していても、コロコロ予定が変わるのだ。聞くに限る。
「ようこそ。どうなさいましたか?」
「モスクワ行きの便は運行してるか?」
「情報手数料を頂きますがよろしいですか?」
「ああ」
そう言って、550レインの支払いを求められる。高くねえか?
大人しくそれを支払うと、据置型ホロウィンド投影機によって宙空に浮かんだ画面を操作した窓口係は、答えを簡潔に述べた。
「明日早朝、7:21発の便は運行が決定しています。ですが、既に全座席予約されています。その後は、13日後の13:00の便までありません」
「…………わかった。ありがとう」
「ご利用、ありがとうございました」
嫌味にも聴こえてしまう窓口係の声を背に、空港の出口へと足を向けたとき。
「にいちゃん、モスクワへ行きたいのかい?」
小綺麗な若い男が声をかけてきた。
その汚い笑みと、言葉の内容で男の身分を察した俺は、露骨に舌打ちをした。
そして、媚売りなど無用であることを伝えるために簡潔に問うた。
「いくらだ」
そう問いかけると、男はその笑みを一層深くした。
「十八万」
その言葉を俺は鼻で嗤った。
「巫山戯るな。ふっかけるにも限度がる」
強い口調で言うと、男は少し気圧されたように言った。
「なんだよにいちゃん。親切な俺が、座席を譲ろうかって言ってんだぜ?」
「転売屋が何を言ってやがる。十二万、これが最高額だ」
そう言われた転売屋は、少し考え込んだが、俺の態度を見て諦めたのか、一つ頷いた。
「わかった。十二万、即金で」
俺が財布から十二万レイン紙幣を取り出すと、転売屋は驚いた表情をした。
「リアルマネー? 珍しいね」
「ああ、ついさっきまでナイジェリアにいたからな」
「ああ、理解したよ。はい、チケットな」
「確かに」
「まいど」
転売屋は紙幣を無造作にポケットにねじ込むと、窓口に近いベンチに腰を下ろした。きっと、同じように窓口にやって来る人をターゲットに転売しているのだろう。
それは悪いことではない。真っ当な商売ではないが、生きる糧を得るためである。褒められたことではないが、間違いでもない。金がなければ、何もできないのだから。
ユニバーサルネットワークシステム(UNWS)に接続した端末が震える。
UNWSとは、旧世代のインターネットの接続基盤を強化したものである。通信基地として世界で32の静止動衛星を利用し、世界政府管理下のユニバーサルネットワーキングブロバイダーが運営している。国家管理に近いため、ごく稀に情報統制が敷かれることもあるが、基本的になんでも情報と呼べるものは存在している。
また、通信手段としても優秀で、回線周波数を統一することで繋がりにくいという事態は殆どない。
俺は端末の画面上に表示された名前を見てげんなりした。
「…………もしもし」
渋々、といった体で電話に出る。すると、向こうはその圧だけで耳が吹き飛ぶような勢いで言葉を発した。
『もしもし!? あんた、またクビになったって!?』
「…………ああ、悪いかよ」
情報が早すぎるだろう、という文句は旧世代的だ。今はあらゆる情報が手に入るのだから。
俺の憮然とした声が気に入らないのか、はたまた開き直った態度が気に入らないのか、相手はさらに語気を荒げる。
『あんたねぇ! これで何度目なの!? いい加減、定職に就きなさい!』
「ちょ、五月蝿いから」
『五月蝿いィ!?』
しまった。火に油を注いでしまった。
『私はあなたのことを心配して--』
「そっち帰るから」
『--はあ!? あなたそんな急に--』
ブツッ。
ああ、帰ったらかなり叱られるだろうな。つうか、怒られる。
空港を出て、近くのビジネスホテルに泊まる。素泊まり一泊8000レイン。まあ、相場通りってところか。
これが、パリ市内とかの観光地だったらまた違うのだろうが。生憎、パリを観光するほどの裕福さは持ち合わせていない。
この辺りなら、寝込みを襲われることもあるまい。
そう思い、俺は目を閉じた。




